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2015年01月19日

億万長者と精神病〜『じゅうぶん豊かで、貧しい社会:理念なき資本主義の末路』ロバート スキデルスキー (著), エドワード スキデルスキー (著)を読んで〜

 以前から読んでいて、生放送でも何度か紹介させてもらっている『じゅうぶん豊かで、貧しい社会:理念なき資本主義の末路』ですが、かなり面白いです。

 筆者のロバートスキデルスキーはケインズ研究の大家ということで、現在の経済状況に照らして、ケインズ主義的な経済政策の有効性などを説いた本なのかな?と想像していましたが、全然違っていて良い意味で期待を裏切られました。一番の主題は、ケインズが描いた、人々の生産性が向上し十分に豊かになり、労働時間が現在の半分以下になるような世界の構想と、なぜそれが実現しなかったのか?という問題について経済思想や哲学的な面から解説しています。つまり、よく人々が思い浮かべる素朴な疑問ですが、「なんで日々技術は進歩し様々な業務は効率化し、生産性は格段に向上しているにも関わらず、現代人はこんなにも慌ただしく生きているんだろうか?」という問題について、様々な思想家や哲学者の考えを参照しつつ読み解いていきます。

 それで、まあ、やはりその原因の一つとなっているのは強欲なんですね。

 アリストテレスからケインズにいたるまで、交換価値、あるいはまさにそれを体現する貨幣は、追及の対象としては疑わしいとされてきた。ヴェルギウスは憎むべき金への執着を語り、ケインズは「現実の生活や楽しみのための手段」としてではなくひたすら「所有する」ための金銭愛を「半ば犯罪的で半ば病的な性癖であり、精神科医に見てもらうほうがよい」代物だと述べた。

 うーむ、なるほど。そういえば、私は、最近「億万長者専門学校」なるセミナーに参加して、「一体、なんで、そもそもそんなに金が欲しいと思ったり、億万長者になりたいと思うんだよ!?」という疑問を抱いたということを説明しましたが、まあ、少しは、ケインズが述べたような精神科医にみてもらうべき病気から離れた地点にいるということなんですかね(そういえば、当のケインズ本人は、莫大な財産を死後はほとんど全て寄贈したとか)?

 それから、この本ではまた、人びとが飽くなき富の追求や、やたらと金銭に執着する傾向を示すようになった原因として他にも、「善き生のモデルの喪失」を挙げています。つまり、この善き生、望ましい暮らしというもののモデルが機能している状況においては、人びとがそれ以上の富の過剰な追及に走る傾向は抑止されるのですが、善き生のモデル、つまり生活や人生における価値基準が喪失した時に、その尺度を金銭の多寡に求めることとなり、人間を飽くなき富の追求に向かわせるということです。

 実は奇遇なことに、これまた最近読み始めた施光恒さんの『リベラリズムの再生―可謬主義による政治理論』という本でも、この「善き生」という問題が最重要のテーマの一つになっています(ちなみに、現在4冊ぐらいいろんな本を並行して読んでいます(^^; )。まあ、この辺りの問題も自分の中で考えがまとまってきたら発表したいなと思います。




応援よろしくお願いします(σ≧∀≦)σイェァ・・・・・----☆★




ASREADに寄稿しました!!今回も文学論について!!⇒『金閣寺』から見る三島由紀夫の美の追求 | ASREAD http://asread.info/archives/1374
posted by 古谷経衡と倉山満による不当な言論弾圧を許さない市民の会 at 17:36 | 神奈川 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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