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2014年12月31日

文化的学究的風土の破壊

 前回記事(『ハイパーインフレ怖いお((((;゚Д゚))))〜リフレお坊ちゃん達のための算数のお時間〜』http://achichiachi.seesaa.net/article/411581679.html)で、現在の日本の、特に知識人の知的水準の低下について解説しましたが、もうこれに関しては、ほとんど回復不可能な状況に陥っているのではないかと思います。

 かつてオルテガは、『大衆の反逆』の中で、「大衆は偉大な人物になりそうな芽を全て摘んでおきながら、世の中には偉大な人物がいないと嘆いてみせる」というようなことを書いていましたが、現在の知的な世界で言えば、「真の知識人なんていないし、仮にいたとしても、そんな人間はまともに活躍の場を与えてもらえない」というような状況になっているのではないかと思います。

 最近では、出版業界でも「そんな難解な本は売れない」という理由で、難解な内容の大著の出版は見送られるらしいですし、どんな状況では読者の方もお軽いハウツー本を読むか、もしくは、少し勉強熱心な奴なら岩波文庫の古臭い古典を買い漁ったりする。まあ、古典を読み込むのは素晴らしいことだと思うのだけど、もう少し中間に丁度いい難易度であって、かつ最新の情報や理論について触れられている本があった方が良いに決まっている。

 一方で、実学や実践性を過度に求めたり、拝金主義的な世界観のもと、成功した実業家を神のごとく崇めるような気味の悪い風潮もあって、そういう中でホリエモンとか家入とか孫正義とか与沢翼みたいなのも出てくる。

 何か、すぐに金儲けに役立ちそうな知識が素晴らしいもののように捉えられ、一方で、もっと基礎的な歴史観や思想哲学などが軽視される中で、市場原理主義経済学だとか、リフレ派みたいなどうしようもない学問とは到底言えないようなゴミ学問が浸透してくる・・・。本来、社会の土台となるべき思想や知識の根本の部分にまでヘドロのようなものに侵されて、気づいたときには、もう自分で何かを立て直すことが不可能なほどに骨格がスカスカになっている。

 ヤバい!!もう、どうしようもない (´д゚`ll)

そういう危機感から、ますます、今この状況をなんとかしてくれそうな知識や技能を求めて、さらなる悪循環にはまりこんでいく。

 せいぜい思慮深い人間に出来るのは、「やはり、最初の軽薄さや危機感のなさこそが問題だったのだなぁ(ーー*) ン-...」などと考えながら、「あるいは、フンこんなものあまりにも近視眼的で、欲にまみれて、あまりにも軽率に過ぎたアイツ等の自業自得さ!!」などと思いながら、ズブズブと悪循環の沼の奥底へと沈みこんでいくことぐらいなのかもしれないですね・・・




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posted by 古谷経衡と倉山満による不当な言論弾圧を許さない市民の会 at 17:50 | 神奈川 ☀ | Comment(3) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
http://ameblo.jp/masato1982/entry-11971094198.html
見てくれてる人は見てくれてるぞカツトシ
虫けら共なんか相手にせずに三橋さんみたいに淡々と
ブログ更新生放送していこうぜ
Posted by at 2015年01月01日 01:05
↓こちらの記事に対する人々の反応の違いに感慨深いものを感じました。

「大型店のせいで商店街が潰れたというくだらない同情論はやめにしたい」
http://blogos.com/outline/91108/

同情論で矮小化するのも的外れだし、
「時代は変わる。昔はよかった。新しい物が悪いという思考停止から、いい加減、脱することが必要だと思う。」
「生き残っていく上で必要なのは変化への対応。変化を拒む人間に将来はない。」
などと抽象論でもっともらしいことを言っているが、そもそも変化が良い事か悪い事か以前に、急激な変化に対応できないからシャッター街の様なしわ寄せが出来ているのであり、その変化を緩やかにしたり、変化自体が害になる場合規制したりするのも変化への対応なのに、その程度の簡単な理屈で論破できる様な事をなぜこんなにも偉そうに語っているのか理解に苦しみます。
極めつけは
『潰れるものは潰す。衰退するものを無理に助けない。それを同情論から助けるためにムダ金を使っているから、未来世代への借金というツケがたまっていくのだろう。』
などとこの人は一体神様かなにかになったおつもりなのでしょうか。
「潰れるものはつぶす」と簡単に言いますが、潰した後の事は考えているのでしょうか。
『変化を拒む人間に将来はない。』で済ませるおつもりなんでしょうか。助けるために使うお金がこの人には無駄金のようです。では何に使う金は無駄金ではないのでしょうね。
「未来世代への借金とゆうツケ」ですか?では、失業した人はそのツケを生活保護に切り替えるだけなんじゃないですか?
社会保障のために税金増やすって時にまた社会保障を増やすんですか。
馬鹿なんですか。
まったくそれ自体が感情論じゃないですか。いやそもそもまともな感情があるなら「潰れるものは潰れればいい」なんて言えませんよ。感情が
無いんじゃないですかね。
Posted by at 2015年01月01日 02:20
倉山満の砦のコメントに興味深いものがあったので転載します。

・・・・・・・・・・・・・・


1.

朝日新聞ですらない国士舘大学

古谷経衝君、私も陰ながら応援いたします。バルカン近現代史での倉山先生とのやりとり、素晴らしかった。
古谷君をうつの状態まで落とし込み、最後はしっかりと力強く学び収めている。戦う力を、理屈を超えて伝授している。国士舘精神そのものだ。

最近、天長節後に国士舘OB会がありました。

最近知ったのですが、国士舘にあの、朝日に富士山の舘旗がなくなって、横文字のロゴに変わっていました。

あの朝日新聞でさえも、日章旗を模した旗は残っているというのに、、、

そして、さらに愕然としました。倉山先生、講師は来年3月で任期満了!?

私は逆らえるはずもない大学OBである先生方に訴えました。国士がいなくなればもはや国士舘ではないですよと。なんで思い留まる説得をしなかったのですか?

「決まったことです、本人の意向だと。」

無念です。かつて、ある先輩が言った言葉を思い出す。「本物はなあ、あそこには残れないんだよ」

もう一度考えなおしてはくれませんか?どんなかたちであれ国士舘との絆は切らないでください。

以上です。

Comment by コミン テル夫 2014年12月29日(月曜日) @ 19時20分58秒

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

上の文の「倉山先生、講師は来年3月で任期満了!?」に注目ください。これはカツトシさんを有利にすると思います。例えば4月に裁判が行われるとしたら裁判長が「倉山さんの職業を教えてください」となりますよね。

でも倉山は答えられないわけですよ。
なぜか。
国士舘大学講師の肩書きは既に失われ、憲法史家という職業も自称であり一般的に認められていないからです。

つまり倉山は「無職」として法廷で戦うのです。

会社員のカツトシ 対 無職の倉山

どちらが裁判長のイメージが良いか分かりますよね

この勝負勝てますよ!!
Posted by at 2015年01月01日 13:03
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