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2014年12月20日

世界破滅論〜厨二病妄想局序章〜

 先日書いたうんkの記事(『続・カレー味のカレーVSうんk味のうんk』http://achichiachi.seesaa.net/article/410917252.html)に面白いコメントが書き込まれていたので紹介。

むしろ、カレー派に感情移入するしかなくなる。食の合理化進みすぎたんだろうか、食や職の楽しみが消え失せ、自由貿易の上で経済戦争でもしていて、でもなんやかんやでカツトシが革命成功してカレー利権に走り老害化して、新たな勢力パスタやらパンやら、なぜお米に必ずルーをかけないといけないのかという輩が出くるとこまでは妄想した。

最近この物語を思い出す。ゲーマーには有名な蛇が出てくるゲームのデジタル生命体が主人公(人間)を説教するシーンで
「世界のデジタル化は、人の弱さを助長し、
それぞれだけに都合の良い「真実」の生成を加速している。
社会に満ちる「真実」の山を見てみるがいい………。」
「高価な兵器が人道的に人を殺し――」
「犯罪者の人権は被害者のプライバシーより丁重に扱われ――」
「稀少動物保護の寄付金が集まる傍らで、貧困に苦しむ人達がいる………。
誰もがこういわれて育つわ。」
「他人には優しくしよう。」
「でも競争相手は叩きのめせ!」
「「お前は特別だ」「信じていれば夢はかなう」
「だけど成功できる人間が一部だけなのは、初めから明らかよね………。」
「君達が「自由」を「行使」した、これが結果だ。
争いをさけ、傷つかないようにお互いをかばいあうための詭弁――
「政治的正しさ」や「価値相対比」というキレイゴトの名の下に、
それぞれの「真実」がただ蓄積されていく。」
「衝突を恐れてそれぞれのコミュニティにひきこもり――
ぬるま湯の中で適当に甘やかしあいながら、好みの「真実」を垂れ流す。」
「かみ合わないのにぶつからない「真実」の数々。
誰も否定されないが故に誰も正しくない。」
「ここでは淘汰も起こらない。世界は「真実」で飽和する。」
「それが世界を終わらせるのだ。緩やかに。」
「私達はそれを食い止めてあげようって言うの。」
「我々には支配者としての責任があるからな。亅

 2002年のゲームなので古臭い問題提起、当時は小学生でネット批判かな?程度でした。これに対しゲーム内の主人公が出した答えは"人間の愚かで切ない歴史伝えるのにデジタルと言う魔法(道具)がある"ということであんまり答えになってないw
でも人間の愚かさを伝えると言うの点は気に入っていて、
革命後老害化まで妄想してしまったのはうんk派潰すだけの人間は自浄作用やバランス感覚があるみたいな作品を見すぎた反動かなと思いました。
Posted by at 2014年12月20日 10:49


 一応、ブログでは、政治ネタと経済ネタを中心に書いているのですが、結構最近の自分自身の関心は宗教とか精神世界の領域だったりします。まあ、ただ、ブログの更新頻度を上げたいので、書きなれているし、情報収集もしやすい政治経済ネタを中心に書いてるっていうのと、あとアレですね、こういう政治経済ネタを中心にすることで、「しっかりと論理的な思考もできるんですよ」というポーズを取っておくことで、仮に精神世界的なネタに移行しても、別に頭がイカレておかしな方向に突っ走ってしまったと思われないための予防措置だったりもするかもしれません(笑)まあ、もっとも、論理的な思考ができることとイカレてることは全く両立しうるんですけどね。それが、前回記事(『ギルバート・チェスタートン×狂人×リフレ理論』http://achichiachi.seesaa.net/article/410926051.html)の主題だったり。

 いやぁ、現代社会ってのは、先のコメントで書かれているような矛盾が結構行き着くところまで行き着いて、ついでにすでに倫理的な歯止めなんてものはほとんど機能しなくなってるんじゃないかと思うんですね。

「犯罪者の人権は被害者のプライバシーより丁重に扱われ――」

とありますが、実際に、長崎佐世保高1殺人事件では、被害者の女の子の名前は公開されましたが、犯人の子のプライバシーはマスコミは保護しました。しかし、それも結局、インターネットという情報共有テクノロジーによってプライバシーの壁はぶち壊され、名前や顔写真や生い立ちまでほとんど全て公開されてます。しかし、それはあくまでの技術的な壁の破壊にすぎず、精神的、倫理的な問題は解消されていないため、一部の団体が「長崎佐世保高1殺人事件の犯人を法で裁くべきではない!!」と、裁判をやめるような運動を行いました。もうほとんどワケがわからないですね。社会もイカレてるし、個人もイカレてる。

『西洋の没落』を書いたシュペングラーは、文明を一つの有機体のように捉え、それに文明の寿命なような概念を示唆したそうですが、もしかしたらすでに現在の文明は耐用年数を超えてボロボロになりながらテクノロジーの進歩によってダラダラと延命措置を取られているのかもしれない。現在の医療倫理の世界では、一つのテーマとして現代の人間がその耐用年数を超えて生存しているのかもしれないという問題を取り上げています。つまり、それまで人生が50年以下であった時代には、人は脳が生き生きとした生体活動を維持できる状況のまま一生を終えることになったのですが、テクノロジーに進歩によって、人生80年時代になると脳の耐用年数を超えて生命が維持されるようになり、脳はボロボロなのに身体だけは生き延びるという状況が高齢者にとって普通の状態になってしまうと。

 もしかしたら、これと似たような状況が現代の人類の現実なのかもしれない。つまり、歴史を重ねるごとに、一つずつ矛盾を積み重ねていき、すでに矛盾が行き着くところまで行き着いて解決不能になっている。それまでの文明であれば、この行き着いた矛盾を自己を消滅させることで無理やり終了させていたのかもしれないけれど、現代の文明はどこまでも複雑な矛盾が絡み合ったややこしい文明すらも維持し延命させられるほどに発達してしまった。結局、人々は原罪を背負った人類のごとく、現代文明の矛盾による陰鬱な重しを背負いながら生きた屍のような生を送る・・・。

 しかし、まあこれもまた単なるサイバー空間における一つの妄想に過ぎないんですけどね(笑)普通だったら、こんなもの厨二病的な妄想として、いつしかそいつの脳内から綺麗さっぱりなくなる妄執なのですが、それがサイバー空間だとこうして情報として残る。そうなると、また空間的物質的に残るわけでないこの情報の残留とは一体何なんだろう?とか、またわけわからん妄想が始まる・・・。こんなしょうもない妄想をできる余裕が有るだけ、現代は幸福の時代かもしれないけど、こんのしょうもない妄想類から生み出されたイデオロギーなんかが、また世の中おかしくしていったり。

 いやぁ、どこまでいっても救われないっすねアーメンアーメン南無阿弥陀仏(* ̄ノ ̄)/Ωチーン ...





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ASREADに寄稿しました!!『21世紀の貨幣論』の議論を参考に経済自由主義と人間の自由との関係性について考察しました!!⇒経済的自由主義はマネーへの隷従の道? http://asread.info/archives/1253
posted by 古谷経衡と倉山満による不当な言論弾圧を許さない市民の会 at 17:40 | 神奈川 ☔ | Comment(2) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
無機物から遺伝子のメカニズムを写し取り誕生した有機生命体は、遺伝子によって情報を保存し、伝達し、環境の揺らぎを通じ、新たな情報を更に蓄積しながら高度な知性を獲得する迄に進化する。が、宇宙の歴史と構造の中で、有機生命体が進化、存在し得る時間と環境は限られる。
Posted by スネーカー at 2014年12月20日 18:17
日本の政治は雨乞いで現実逃避
Posted by at 2014年12月21日 09:17
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