新ブログ作成しました⇒当分期間当ブログと同時更新を続けますが、一定期間経過後、新ブログをメインで使用します

http://ameblo.jp/kattann2525

現在、評論家古谷経衡氏 倉山満氏等を中心とする言論人グループと係争中です。
横浜銀行 横浜若葉台支店 
店番号 387 普通預金口座番号 1258646
タカギカツトシ



多額の弁護士費用とかかりますので、どうか、もしよろしければご支援の方よろしくお願いしますm(_ _)m

2014年01月02日

安倍首相の靖国参拝について・・・そのC〜テンプレ保守の問題点について〜

 ASREAD執筆者の川端祐一郎さんが、今回の靖国問題に関して非常に面白い論考を行っていましたので、今回は、この記事(『「国家の輪郭」としての靖国神社 − 首相の靖国参拝に求められる「論理」について』http://asread.info/archives/332)の内容をもとにして、靖国問題についてあれこれ考えてみたいと思います。

 こちらの論考では、まず初めに、今回の安倍首相の靖国参拝について、賛成派、反対派のどちらの新聞の論説や言論人も共に、ほとんどお決まりの紋切り型の批評しか出来ていないということについて説明しています。

 批判の代表例としては、靖国神社の存在そのものを忌み嫌う朝日新聞が「戦前の靖国神社は、亡くなった軍人らを『神』としてまつる国家神道の中心だった。(中略)その存在は一宗教法人というにとどまらない。あの歴史を正当化する政治性を帯びた神社であることは明らかだ((社説)首相と靖国神社 独りよがりの不毛な参拝:朝日新聞デジタル)」と書き、経済が大事だから外国と揉めるのはやめてくれと叫ぶ日経新聞が「いまの日本は経済再生が最重要課題だ。(中略)アベノミクスでも掲げた『アジアの成長力を取り込む』という方針に自ら逆行するのか。経済界には首相への失望の声がある」(靖国参拝がもたらす無用なあつれき :日本経済新聞)と書いているのを挙げておけば良いでしょうか。

 産経新聞が首相の参拝を高く評価するのもお決まりのパターンで、要点をまとめると、

国のために戦死した人の霊に哀悼の意をささげるのは、ごく普通の自然な行為であり、世界各国の指導者に共通する責務である。
国や故郷を守るために戦った兵士たちが祀られる靖国神社を参拝することは、国を守る観点からも、首相の責務である。
靖国神社で戦没者の霊に祈りをささげるのは、日本の伝統文化であり心のあり方であって、外国から文句を言われる筋合いはないし、軍国主義とも関係はない。
かつては天皇や首相などの公式参拝がごく普通に行われていた。中国が文句を言うようになったのは80年代以降で、彼らの批判は後付けに過ぎず、単なる外交カードである。
靖国神社には、旧連合国や日本の旧植民地をはじめ、外国の要人も多数参拝してきた。リットン調査団やGHQからも参拝者があった。この歴史を見れば、靖国神社が日本における戦没者慰霊の中心施設であることは間違いない。
アメリカのアーリントン国立墓地には、南北戦争における南軍の将校も埋葬されているが、この墓地にアメリカの大統領や日本の首相がお参りしたからと言って「奴隷制度を肯定するのか」となじる者はいない。
 といったところです


 政治問題について興味をもって書籍やネットで色々な情報を収集しているような人たちにとっては、おおよそ耳にタコが出来るような内容でしょう。靖国参拝の反対派がいつも通りのお決まりの批判を行うのはある意味で当然かもしれないですが、賛成派が、「なぜこの時期に参拝したのか?」という問題についてほとんど触れていない点については少々気になりました。反対は、「いつ参拝しようがダメなものはダメだ!!」ということなのでしょうが、賛成派からは、なぜ8月15日でも、例大祭でもなく12月の26日に参拝したのか?それは、正しいことなのか、それともある種の妥協であったのか?等の考察がもう少し含まれても良いのではないかと感じました(まあ、もっとも賛成派からしても「いつ参拝しようが良いものは良いのだ!!」程度の考えしかなかったのかもしれませんが)。

 川端さんは、基本的に靖国参拝は重要であるとしながらも、靖国参拝賛成派の人々が、「内政に干渉するな」というような形式的な論理によって反対派の人々の意見に対して反論を行っていることについて批判を行っています。

 その反論の根拠は、大きく分けると二つあります。一つには、どれだけ、靖国参拝が政治問題とは切り離された問題であるとか、外国が靖国参拝に口出しするのは内政干渉だといくら言ってみたところで、現実にすでに靖国問題が外交問題化して30年以上経っている以上、それをなかったことにはできないという問題です。

 元外交官で京都産業大学の東郷和彦教授がインタビューに答えて、「自前の歴史認識を作る代わりに、日本は中国製の歴史認識を受け入れたと言われても仕方のない行動をとりました。(中略)国際社会では反論しなければ受け入れたとみなされます。A級戦犯は国際的に日本軍国主義の象徴とされてしまった以上、反論するにはよほどの覚悟が必要です」と指摘していましたが、その通りだと思います[*1]。
 寛容さというものは微妙なコミュニケーションの積み重ねの上に成り立つものなので、いったん問題化してしまったら単に「忘れましょう」といって解決できるわけではない。現実問題として、1980年代以降「靖国参拝」は完全に外交問題化しており、外交問題としての歴史がすでに30年もあるのです。時計の針を戻すことはできないのですから、「内政に干渉するな」の一言で片付けることはできないはずです。先にも述べましたが、たとえば大東亜戦争の「大義」を堂々と主張できる状況にないのであれば、まずその状況の改善が先でしょう。


 それから、もうひとつの理由は、このような形式的な反論によっては「なぜ戦争では一般市民もたくさん殺されるのに、兵士ばかりを祀った神社を特別視しなければならないのか」という問題について回答できないという点です。特に、このような反論では、なぜ他の追悼施設ではなく靖国神社でなければならないのか?というようなその他の積極的な問いについても一切答えられません。

 私はある種の流行化し、陳腐化したお決まりの保守言論を、恥ずかしげもなく繰り返してる人たちのことをテンプレ保守と呼んでますが、ここにおいてこのテンプレ保守の問題点が明白に浮かび上がってきているのではないかと思います。

 まず、第一の問題点としては、定型化された形式的なロジックては、国際情勢等を含めた様々な要因が複雑に絡み合った困難な状況における問題を現実に解決していくことができないということが挙げられます(この問題に関しては、こちらの記事『『モラル・ハラスメントが人も会社もダメにする』(著 マリー=フランス イルゴイエンヌ 訳 高野 優)を読んで・・・そのA』 http://achichiachi.seesaa.net/article/384097562.html でも触れていますので、参照していただければと思います)。

 そして、もう一つは、あまりに形式化された表面的なロジックからは、複雑で奥の深い思想的、哲学的な問いについての解答を得られないという問題があります。「我々は国家の歴史と伝統を重視するのだ!!」と自負する保守派の論客が靖国神社という国体や人間の奥深い精神性に密接に関わりあった問題に関して、「外国が文句を言うのは内政干渉だから!!」とか「靖国問題は、政治問題とは切り離されてるから!!」などという形式的な問題のみに終始しているというのはあまりにも悲しい現状であると言えるのではないでしょうか?

 この論考では、後半で、国家や人間の精神の持つ矛盾や葛藤を、国家の持つ二面性と呼び様々に論じた後に最後にこのようにまとめています。

 そしてもし、こういう二面性を捉えるだけの思想の力や言論の環境を日本人がまだ持ち得ていないのだとすれば、焦って靖国神社に参拝してもあまり意味はないでしょう。参拝するしないで揉める前に、まず靖国神社に参拝するということの意味を深く考えることから始めるべきです。

 「形から入る」などという言葉があるように、私は、必ずしも、このような二面性を捉えるだけの能力を持たなければ靖国参拝をしてもあまり意味がないとまで言うつもりはないのですが、それでも出来れば、保守を目指す人の多くがあまり流行の形式的な教義にとらわれることなしに、しっかりと複雑な問題について正面から向き合えるだけの知性と精神性を備えられれば、これほど素晴らしいことはないと思っていますし、このブログやASREADが、そのような真の保守を目指す人のために、ほんの少しでも手助けになれれば願っています。

ASREADさんに記事寄稿しました!!こちらもよろしくお願いします!!⇒『安倍首相の靖国参拝に反対する理由』http://asread.info/archives/329




↓応援よろしくお願いします


posted by 古谷経衡と倉山満による不当な言論弾圧を許さない市民の会 at 21:56 | 神奈川 ☁ | Comment(2) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 コメントありがとうございます。いつも拝見しております。
 私がいちばん懸念しているのは、「テンプレ保守」の決まり文句は、間違っているとは思わないものの、「年寄りの自民党支持層」と「若いネトウヨ」の「感覚(好み)」に訴えているだけで、若い世代のふつうの人からすると「ポカ〜ン」という感じなんじゃないかという点でした。
 保守派の言ってることを感覚として理解できるひとがたくさんいた時代はそれでもよかったかも知れないので、これまでの保守派の議論を一概に否定はできないのですが、もはやあらゆる面で感覚が麻痺している時代なので、ロジックの裏付けをつくっていく必要があり、そのためにはまず「テンプレ保守」の常套句をひとつひとつ疑っていくというのがいいかも知れませんね(笑)

 その意味では、
・保守派というのは基本的に「現実」「実戦」を重んじるはずだが、現実のゆがみがあまりに酷いときには、保守派は積極的に「観念論」的な「思弁」を組み立てる努力をしなくてはならない
・保守派は、決まり文句を「保守」するのではなく、時代が狂っているときには「ああ言えばこう言う」的な天の邪鬼の精神で柔軟性にものを考えていかないといけない
 という状況なんじゃないかと思っております。

 そして、天の邪鬼的ツッコミの方法として、カツトシさんがASREADで書かれていた「上位目標」を辿っていくという作業は、有効な場合が多いように思います。
Posted by kawabata at 2014年01月03日 21:12
素敵!文章がうまい!弊社はブランド コピー 代引き通販を主な業務として、海外の取引を運営しております。主要業務はブランド コピー時計、ブランドコピーバッグ、コピーブランド財布などのブランドコピー商品を通販します。弊社のすべての商品は実物写真で掲載しております。
Posted by スーパーコピーブランド at 2014年01月13日 18:29
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿が無いブログに表示されております。