また、別の自己啓発の話を持ち出すと、脳機能学者を自称する苫米地英人氏は、『宗教の秘密』という本で面白い問題提起をしています。いわく、「現代社会というものは、伝統的な宗教の教えの価値がどんどん軽視され、薄れていく中で、お金が神に代わった。現代人のほとんどは、お金教の信者である」と説明し、さらに、このような「お金教」的な価値の洗脳から脱却しなければならないと述べています。
と書いたのですが、かの内村鑑三の『代表的日本人』という本を読んでいたら、これと非常に似た記述がなされているのを発見しました、なんだか奇遇だなーと思いましたが、非常に興味深い文章ですので紹介したいと思います。
誰それは「無宗教」の人であるという話はたびたび聞かれます。しかしそれは、その人たちが、特定の教義を奉じていいるわけではなく、導かれる教団もなく、神として、木や金属でできたりまたは心に浮かべた像を崇拝していない、というだけの話にすぎません。それにもかかわらず、その人々にも宗教はあるのです。その内部にある「不可思議なもの」は、ただ「拝金主義」とか「お酒神」とか、あるいはまた、ほかの自分流の催眠術や鎮静術によるものにせよ、あの手この手を用いて押しこめられているだけなのです。
うーむ、このような指摘を100年以上も前にしていたとは、さすがだなぁと思います。中野剛志さんや藤井聡さんは物語りという言葉と概念を用いて説明していますが、結局のところ、どれだけ「自分はいかなる種類の思想、信条からも自由である」と抱くような人間も、本人がそれを意識していないだけで、必ず何かしらの思想、信条、あるいは物語というものに支配されているわけなのですね。そして、やはり問題なのは、高尚な、あるいは次元の高い思想、信条というものを抱けない、あるいはさらに抱こうともしないような人間は、代わりに低俗で卑しい思想、信条、中野剛志さんの言葉を使えば物語、内村鑑三の言葉を使うなら信仰にとって代わられるということなのでしょう。
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平沼とかいう奴が堀江を「金銭至上主義」と批判したが、じゃあ平沼は清貧なのでしょうか? むしろ庶民から成り上がったのが堀江で、昔から大金持ちだったのが平沼です。
つまり、「アンチ資本主義」者が批判しているのは金持ちや金儲けではなく、政治家・官僚・貴族・昔からある大企業(東電など)・土建屋・医者が金儲けするのは「善」、商人(庶民)が儲けるのは「悪」であるという、封建身分思想なんです。
決して格差や金儲けを批判しているのではなく、「庶民ごときが、税金で食ってる我々支配層に逆らうな。儲けるな。」という話ですね
実際、彼ら(アンチ資本主義)は競争や市場によって儲ける行為を「搾取」とか「弱肉強食」などと批判しますが、官僚等の既得権者が納税者を「搾取」して高所得を得ることはこれを「正義の経済政策」として称賛しています。経済的には重税を搾取して役人が儲けるほど非効率なレントシーキングはないですけどね
ホリエモンが批判されたのは商売人だからではなく、真っ当に商行為という付加価値創造によって所得を稼がず、金融テクニックを駆使して付加価値創造によらない、つまりは他の付加価値創造をした誰かが得るべき所得を掠めることで所得を稼いでいたからでしょう。
土建屋、医者、政治家、天下り官僚らが得る所得が彼らが創造した付加価値に見合うものではない、富の分配の偏りが存在するというのは大きな問題ですが、それは既得権者と庶民の間にだけ存在するのではなく、庶民の中にも存在するものです。
デフレのために労働の価値が下がっていることに乗じて労働者の所得が不当に引き下げられ、経営者や株主ばかりが肥え太るということも、創造した付加価値に見合った所得の分配がなされていないという搾取、弱肉強食の構造です。
「自分だけ」「今だけ」という利己主義の極地ですが、これを正当化する論理がさも自明の理のごとく流布されてしまっている現状です。
それで世の富の総量が増やせるならそれでもいいでしょうが、正当な報酬が得られない世が続けば行き着く先は李氏朝鮮のような中世社会への退行でしょう。
この問題は市場原理主義や競争至上主義のような利己主義を正当化する論理では解決することは出来ません。
では市場で稼いだ所得が適正所得ではないとすれば、国家が個人の労働付加価値を適正価値を判断して所得を決めればいいんですか? 共産主義でしょ。
じゃあアナタはどうなんですか。資本主義社会の体制に安んじて、市場で創造された富を得て生きている。
個人資産を貧窮者に分け与えることも、スラム街で奉仕活動するわけでもない。
アナタは、自らが批判する「利己的な金持ち」と同罪なんですよ。
子どもが、親に養われながら、親が悪いと言ってるようなもんですね
これらを強めたり弱めたりしつつ全ての国民が自らが創造した付加価値に見合う所得を得る、望ましい配分状況に徐々に近づくようにする他はありません。
これは共産主義では全くありません。
強者が弱者の得るべき富まで吸い上げることを是とするのは、資本主義であろうと共産主義であろうと認められる論理はありません、あるとすればそれが拝金主義です。
それでもそういう状況が存在するのは資本主義に生じた歪みなわけですから、それを是正する努力を払わなければなりません、それは「資本主義社会の体制に安んじて、市場で創造された富を得て生きている」者の責務でしょう。
格差や貧困が悪いと言いますが、能力や努力による格差があるのは当然でむしろ倫理的にも正義です
例えば、寝食を惜しんで努力し、スキルや知識を身につてた優秀な技術者と、かたや学生時代も社会人時代も遊んでいて大した能力が無い技術者が居たとして、前者が富裕となり後者が貧困に甘んじるのは、当然の節理です。
これを、努力した有能な人にたいして、「格差は悪だから」と言って重税を召し上げ、無能で怠惰な連中に配るとすれば、悪平等、努力した人がバカを見る、醜悪な社会主義帝国と成り果てます。
再分配は努力や才能が報われるようにするためには「結果の再分配」は最小限に、機会均等を追及すべきです。税は広く薄く取るべきであり、努力した社会に貢献して稼いだ富裕層は尊敬して減税すべきではないでしょうか。
無能な弱者ばかり甘やかされ、高所得層が嫉妬され敵視される現代のすさんだ日本は、あたかも文革時代に高所得者を吊し上げて殺した紅衛兵を彷彿とさせます。
その限りにおいて格差や貧困が悪いなどということは一言も申していません。
努力した人が報われるのは当然です、しかしその報い方が誰かを不当に踏みつけることで成り立つようなことは容認すべきではありません。
私は再三こういった趣旨のことを書いているのですが、それを受けた貴方は自分に見合った報酬を受けることと、私が批判する弱者を踏みつけにしてまで自分に見合う以上の報酬を受けようとする行為を一纏めにして「儲けることがなぜ悪い」という話に意図的にか無意識にかは判りませんがすりかえられています。
こういったことからは貴方は今まさに自分が創造した付加価値に見合う以上の報酬を、他の誰かが得るべき報酬を奪ってでも得ようとしているのであり、それを正当化する論理を「資本主義」「努力が報われる社会」「既得権者と搾取される庶民」という綺麗に見える言葉でさも自明のように装って主張しているのではないかという疑念を、私は抱きます。