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2009年05月04日

若者殺しの時代

今回は久々の読書感想文で・・・
『若者殺しの時代』堀井憲一郎

この本の主張を簡単にまとめると、
「現在の若者はケータイやゲーム若者向けの旅行のツアーやブランド物等、大人たちの便利な商業主義の餌食となり便利さや気軽な楽しさと引き換えに大事なモノを失ってしまった。そして、そのような犠牲者であるにも関わらず戦後の高度成長後に日本をダメにした世代としてひと括りにされ後のどのような世代からも同情されることはない。ああなんと不幸な現代の若者たちよ・・・」
といった感じ。

ああ、なるほど確かに現代の若者たちは不幸であるかもしれない。と、思う一方で、この著者は重大な一つの視点が抜けているような気がしてならない。結局この不幸な世代は自らの努力の不足が招いた当然の結果であるかもしれないということだ。
高度成長期の人たちは、明るいはずだと信じた未来へ向かって必死に努力して、その結果として良き時代を築き上げたのである。今の無気力で何の目標もなく、「ただ今が楽しけりゃそれでいい」と考え何一つ努力も将来への備えもしない若い連中が同じ待遇や楽しみを要求してもそれはちょっと無理がある。

結局、不幸な世代は今(もしかしたらすでに過去のものなのかもしれない)の日本の豊かさが前の世代の必死の努力の結果であるということが理解できなかったのだと思う。本当は必死の努力の結果であるのに、それが日本に住む人間の当然の権利だと勘違いし、何の努力もせずただただネットで不平不満をひたすら書き込む連中が2ちゃんには腐るほどいる。

俺だって、努力不足により不幸を招いた世代の人間とひと括りにされたとしても
「いや、俺はたとえその世代だとしても、他の連中とは違う。生活レベルを向上させるよう必死に努力してきた!!」
と自信を持って宣言することはできない。
もし仮に、俺が他の能力、特性はそのままで超が付くほどの努力家であったとしたら、今頃とっくにもっと金持ちになっていたと思う。

ただ、もちろん、こんな世代の中にも努力家は存在する。そして、そのうちの多くは高待遇を得たりもする。
格差、格差などと叫ばれだして久しく経つが、ほとんど誰も努力しないような時代に、それでも真面目に頑張ってきた人間に
「お前の高待遇は不公平だ!!」
と叫ぶのは筋違いであるような気がしてならない。

結局、当然のことが当然のように起こっているだけ。頑張っている人間と何の努力もしない人間が同じ待遇ではそれこそ不公平である。格差社会とはいっても、日本はその格差が制度的に固定されているワケではない、正しい方法で努力する人間にはそれなりの道が開けている。
殺された若者は自ら死ぬような選択をしてきた。


ところで、この本の筆者は、現在の大人の商業主義(というか社会システムそのもの)に捕まらないための逃亡というものを勧めている。
「社会システムが強固だから、外に向かって走っても、すぐに捕まってしまう。
第一陣の逃亡者たちは、ほとんど捕まってしまい「ニートという立派な名前が与えられてしまった。いまは更生しろと監視されている。あきらかに逃亡する前よりも扱いが悪くなっている。次の逃亡は慎重にやった方がいい。
外へ逃げると捕まるなら、思いきって逆に逃げるってのはどうだろう。
内側へ逃げるのだ。
それが“日本古来の文化”を身につける、ということなんだけど。
都々逸。古武道。落語。
文化というのは、たとえばそういうものだ。新しいのもある。
美容師。ラーメン職人。蕎麦打ち。歌謡曲司会。
そういうものでもいい。
俳句。刀鍛冶。酒杜氏。左官。空手。歌舞伎。日本舞踊。三味線。柔道。茶道。浄瑠璃。まあ探せばいろいろあるだろう。
文化を徹底してカラダで身につけること。それが、逃げるひとつの道である。
いまの社会の要請に応えないことが逃げることだ。逃げるったって、空間的にはどこに逃げても同じである。気持ちとして、不思議な社会の歪んだ要請には応えなくていいということだ。」

若者は必ず社会に捕まえられる運命なんだろうか?しかし、社会に捕まるかどうかは自らの意志に依る。例え周りからニートと呼ばれようと、自分で
「俺は芸術家である」
「俺は哲学者である」
「俺はハッカーである」
と言い張ることは可能である。それを真に自ら信じるのであればその若者は社会に捕えられてはいない。しかし、それには非常に強力な意思が必要となる。

ところで、俺もかつて(というかある意味今でも)、社会の要請を無視して徹底的に内に籠っていた時期があった。暇さえあれば常に本を読んで、先のところでいう一つの文化を身につけようと鍛錬を積んだ。でも、結局ダメだった。一つのことを極められるほどの熱意も集中力も無かった。

結局時間切れゲームオーバーになって、どうにも外に出なくてはならなくなった。外に出れば、自分が外の人間に値踏みされるものだと勝手に思っていた(実のところ外の人間はそれぞれ皆忙しくて俺のことなど気にしている人間なんてほとんど存在しなかったワケだが・・・)。

外に出てもまだ、社会の要請には従いたくないと思いつづけ、とりあえず就職しなくても自分の力で生きていけるようにお金と投資とビジネスについて学ぼうと考えた。なんとか、今現在就職しなくてもやっていけるような状態にしたのだが、今現在常に頭の中にあるものは、就職している同世代との収入や生活レベルの比較である。同じいくらいの年の社会人の収入なんかを聞いては
「よし、勝ってる!!」
「くそっ、現時点では負けてるな・・・」
などとしょうもない比較をしている。

社会が押し付けてくるシステムや評価基準に飲み込まれないようにと思って生きてきた俺自身が、それの中にどっぷりと浸かり込んでしまった。

それでも救いであるのは、お金について学ぶ過程で、少ない労力で多くの報酬を得ることを目的としてきたことである。単純に金銭的報酬のみを評価の基準にしていたとしたら今頃地獄だっただろう。

ところで、未だにかつて引き籠っていたことが、自分自身にとってプラスであったのかマイナスであったのかという疑問については答えが出てこない。
結局、引き籠っている間にやっていたことが何かといえば、自分の世界という穴を掘っていたのだと思う。

多くの人が、「そのうちやろう」と考えながらも結局のところ後まわしにされやすい作業である。

人格形成においても対人能力の獲得という点においても非常に重要な時期である数年間をそのような内に籠って思索するような作業に費やしてきた。

もしかしたら、今の自分の活動はこのような内的思索が無意味ではなかったということを外部にも自分自身にも証明するための作業なのかも知れないと思ったりもする。

とするならば、自分はあえて社会のシステムに浸かり込んだのだろうか?いや、外部に自らの正しさを証明したいと思ってしまった時点で、すでに自らの意志とは無関係のところで社会に捕まってしまったのだろう。


最後に、この本のタイトルでもある「若者殺し」とは何なのかについての俺なりの回答を。
つまりは、社会のシステムに組み込まれ個として存在を認められなくなることを著者は「死」(個としての死)と言っているのだろう。社会が若者というカテゴリーを作り若者というレッテルを貼り社会の(主に商業的な)システムに組み込んだ時に(個としての)若者は完全に殺されたことになる(もちろんニートはニートというレッテルを貼られた時に殺されたのだ)。


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posted by 古谷経衡と倉山満による不当な言論弾圧を許さない市民の会 at 02:31 | Comment(2) | TrackBack(1) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
若者不幸かなー?
若者が努力しないのは単なる贅沢病やと思うのは少し乱暴なのかな?
ようするに若者が社会に骨抜きにされてるから可哀想みたいなことが言いたいんだよね、この本。
そうかなー?僕は、みんな幸せすぎて自分の幸せに愚鈍になっているから無気力になってるだけやおもうんやけど。
自分の幸せに気づけないのは、まあ不幸だね(*^_^*)
Posted by Sみんvs at 2009年05月04日 13:02
なんていうか、どちらかというと最後に書いたように『若者』というカテゴリーで一括りにされることで一人一人の個性が殺されるということを言ってるんだと思います。だから、物質的な貧困というよりも、もう少し抽象的な概念として「若者殺し」という言葉を使っているんだと思いますね。
マルクスが唱えた「疎外」に近い概念だと思います。
Posted by 管理人 at 2009年05月05日 01:06
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