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2015年01月30日

橋下徹が藤井聡さんに公開討論を申し込んだそうです〜嘘つき市長橋下徹と間違いだらけの大阪都構想〜




とんでもない嘘八百を言ってるのはどっちだよΣΣ(゚д゚lll)?!

『橋下徹VS藤井聡〜大阪都構想議論でバトル勃発ヽ(゚Д゚;)ノ?!〜』
http://achichiachi.seesaa.net/article/413159617


↑ところで、完全な余談になりますが、コチラの記事で、こんなコメントが書き込まれていました。

こいつ自身は都構想の事全く分かっていないで
単に藤井の意見だけみて、便乗して叩いてるだけと暴露してる間抜けさ
失笑だよ
Posted by at 2015年01月29日 22:52


 いやぁ、毎度のことながらやれやれって感じですね┐(´-`)┌

 上の記事では、現在知っている情報から判断できることを書いているに過ぎないワケで、別に、都構想について、全ての内容を知ってから書く必要なんてそもそもないという単純なことが理解できないんですね。それでいて偉そうに「失笑だよ」などと書きながら、具体的な反論は一切ない。まあ、「やたら上から目線の馬鹿」の典型的サンプルのようなコメントですが、まあ、これで批判した気になってるところがオメデタイデスネとだけ言っておきます。

 まあ、それはどうでもいいんですけどね。前回の続きということで、橋下の先の藤井聡さんの記事の反論のツイートを紹介します。







↑多少なりとも論理的な思考力を持っている人であれば、この二つのツイートを見ただけでも、こいつがどれだけ馬鹿が理解できると思います、先のツイートでは、「大阪市の予算(正確には予算権限)が外に流れることはない」と主張しているのに、その直後に、「ワン大阪だから予算が大阪市の外に流れてもいい」と言っているワケです。このレベルの馬鹿が藤井聡さんと公開討論するなどちゃんちゃらオカシイのですが、まあ、どうせ桜井誠の時のように非難罵倒して終わりでしょう。出来れば、巌流島時間無制限一本勝負方式でやってほしいところですが、そのような条件では絶対にやらないでしょうけど(^^;




 このツイートなどを見れば、橋下が藤井聡さんの議論の要点を全く理解できていないことがわかります。藤井聡さんは、大阪府の権限の他に、大阪市が政令指定都市としての強力な権限を持って都市計画を推し進めてきたことが、大阪が西日本の中心となる原動力となったと主張しているので、つまり、大阪府と大阪市に二つの強力な行政の権限を持っているという二重行政のシステムこそが大阪の発展に大きく貢献したと主張しているんですね。そこで「大阪都構想は二重行政の解消と執行の一元化なんだああああ!!!」などといっても、反論になっていないどころか、「いや、だからそれが問題なんだって・・・(^^;」としか言いようがない。要は、繰り返しになりますが、橋下は藤井聡さんの議論をほとんど理解できていないんです。

 他にも色々と突っ込みどころ満載なんで、引き続き今回の問題について解説していきたいと思います。




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アリストテレスとブッダ〜愛と欲望と執着の哲学〜

 最近、Youtubeで「ブッダの言葉」という朗読の動画シリーズを聴いているのですが、これがなかなか素晴らしい



 ところで、仏教では、「愛」とは執着と苦しみを生み出す悪しきモノとして捉えられています。これって、なかなかキリスト教に強い影響を受けてる西洋にはなかなかない考え方ですよね。

 そもそもキリスト教以前でも、アリストテレスは、「愛する友なしには、たとえ他のすべてをもっていたとしても、誰も生きてゆきたいとは思わないであろう」と書いています。しかし、一方で、ブッダは、「愛する人に出会うな」と説き、一人林の中で座り瞑想することに無上の楽しみを見出すような境地こそが理想であると説いています。これって、完全に矛盾しますよね。

 ちなみに、ブッダっていうのは面白い人物で、悟りを開いた時に、「誰にもこの境地を教えることなく、たった一人でこの悟りの境地を味わっていたい」と考えます。しかし、その後神から、「お前は、その境地を他人にも伝えるために教えを説け」と言われ、本当は、「ただ一人でこの境地を味わっていたいけど、まあ仕方ねぇな」と思い、「分かった、じゃあ、皆のために教えを説くけど、せめて1週間の間だけはこの境地を独り占めしたいから、1週間この境地を味わってから教えを説きに行く」と言って、1週間の間は誰にも教えを説かず、たった一人で悟りの境地を味わいます。やたらと押しつけがましい西洋の博愛や啓蒙主義の精神とは大違いですよね(笑)

 先に、「アリストテレスの教えとブッダの教えは完全に矛盾しているのではないか?」と書きましたが、実は、これを少し考えると矛盾せず整合性が取れます。そこで、まず考えなければならないのは、アリストテレスとブッダのそもそも目的の違いです。アリストテレスが目指すのは善き生、つまり、この人生を如何に善く生きるかという問題に焦点が当てられています、一方、ブッダが目指すのは解脱です。つまり、この世とあの世に対する一切に執着や迷いを消し去り、輪廻転生の輪から抜け出すことなんですね。そのために、最も重要なのはこの世に執着を生み出すあらゆる感情を捨て去ることなんです。

 つまり、「この世は苦しみと迷いに満ちている」と考える修行者であってすらも、この世に愛する者がいる限り、「もう一度、あの人と出逢いたい」と願ってしまうことで、再び迷いと苦しみに満ちた輪廻の輪を巡ってしまうことになるんですね。意外とブッダってロマンチストかも(笑)B’zの稲葉さんも「誰にだって愛してしまう者がある〜♪」って歌ってますからね。それだけ、愛を捨て去るってのは難しいことなんだそうです。

 なので、最終的な結論としては、アリストテレスは、「愛する友を得ることが重要だ!!」と言っていて、ブッダは「愛する人に出会うな!!愛と執着を捨てよ!!」と真逆のことを言っているのですが、その思考過程を辿ると、そんなに矛盾してないんですね。

 なので、ブッダが「愛する友なしには、たとえ他のすべてをもっていたとしても、誰も生きてゆきたいとは思わないであろう」というアリストテレスの言葉を聞けば、「なるほど、その通りだ」と言うでしょう。その上で、きっと「だからこそ、愛する人と出会うな!!この世を行きたいを願うことをなくせ!!」と言うんじゃないですかね。

 まあ、どちらの考えに魅力を感じるかは人それぞれだと思いますけど、なかなか面白い違いだなーと思って紹介してみました。




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