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2015年01月08日

憲法も改正できないし、戦後レジームも脱却できない単純な理由

 基本的に経済問題の話題が多いこのブログですが、たまには集中的に憲法問題について考えようと思うので、何回かに分けて憲法問題について論じてみたいと思います。ただし、先に言っておくと私は、憲法なんて読んだこともないですし、今後読もうとも思わないし、下らない保守派のセンセイ方のクソ真面目な形式ばった憲法議論に言及しようという気もありませんし、それだけの知識も持っていません。あくまで、素人的な視点から、今現在の憲法やら憲法問題についてのおかしな点について指摘したいと思います。

 てなわけで、今回は、コチラの記事(『憲法改正連呼厨のアホ臭さ┐(´ー`)┌』http://achichiachi.seesaa.net/article/411924469.html)に書き込まれていた次のようなコメントからアレコレ考えてみたいと思います。

9条改正さえすれば全て良くなるなんて言い方してる所ってどこにあるのでしょうかね。

改正は必要だとか言ってるのは自分は見かけた事がありません。
日本国憲法て前文からして現実無視で、読んでたら脳みそが腐りそうな印象を始めて読んだ時に思ったものです。
あれをまともな内容に改正したらちょっとは国民のおつむもまともになりはしないでしょうかね。

現状は憲法改正とか出来るほどに国民の世論がまともにはなってないので今はまだ早いだろうなとは思います。
Posted by at 2015年01月07日 08:09


 まず、第一にそもそも憲法を変えれば、国民のおつむがまともになるという発想がまず私には理解しがたかったりします。別に、ほとんどの日本国民は普段の生活で憲法を意識することなど稀ですし、憲法前文を額縁に入れて居間の壁に飾っている人などはさらに少数派となるでしょう。そもそも、それほど馬鹿げた全文や9条であるなら、本当に優れた政治家であれば、それに振り回されるのではなく、むしろそれを利用して上手くやるくらいのことは出来るのではないでしょうか?事実、憲法9条があっても、自衛隊も実質的な戦力として存在していますし、イラク戦争などで集団的自衛権も行使されています。そもそも、本当にしっかりとした判断能力があれば、そんな下らない憲法に振り回されることもなく、憲法は憲法として、それなりに尊重しつつプラグマティックな判断を下せるのではないかと思います。

 それから、次に指摘したのはこの部分

>現状は憲法改正とか出来るほどに国民の世論がまともにはなってないので今はまだ早いだろうなとは思います。

 残念ながら、世論が成熟して準備を整え、満を持して憲法を改正し戦後レジーム脱却なんて日は一生やってきません。なぜ、そういうことが言えるのか?その説明には、佐藤健志さんのメルマガの次のような文章が参考になるのではないかと思います。

石油危機によって高度成長が終わった1970年代半ばいらい、戦後日本のあり方を見直そうとする動きは何度も生じましたが、決まってこのパターンをたどってきました。
すなわち、

1)見直しの動きが生じる背景には、経済の低迷にたいする不安がある。
2)したがって、景気回復が最優先課題ということになる。
3)景気回復が達成されると、(1)の不安が解消されるので、それ以外の見直しを行う気運が(とくに国民の側で)なくなる。
4)回復が達成されないと、(1)の不安が解消されず、「景気回復が最優先課題」という状態が続くので、やはりそれ以外の見直しを行う気運が(同じく、とくに国民の側で)なくなる。
http://www.mitsuhashitakaaki.net/category/sato/page/5/


 つまり、経済が上手く回っていて、国民がそれなりに豊かで快適に生活できる状況では、「戦後日本のあり方を見直そう」という動きは生まれてこないのですが、経済が悪化し「戦後日本のあり方を見直そう」という動きが生まれてきても、「でも、まずは経済をなんとか立て直さないとね」となって、戦後日本のあり方を見直す動きは先送りされる、しかし、いざ経済が良くなってまた豊かで快適な生活が戻ってくると、「戦後日本のあり方を見直そう」という考えなど、さっさと忘れ去ってしまう。というワケです。

 アホだなぁと思うし、心底下らないし、バカバカしいとも思いますけど、現実ってこんなもんでしょう。あれほどの悲劇に見舞われた80年前の大恐慌だって、真に経済政策を転換させることになったきっかけは第二次世界大戦という歴史的な悲劇でした。つまり、それくらいのショックがなければ、そう簡単に意識変革なんてなされないということなんですね。100年に一度の経済ショックや、1000年に一度の大震災があっても、全く意識変革がなされなかった日本の現状を見れば、それは明らかでしょう。「危機になれば日本人は目覚める!!」なんて偉そうにほざいてる保守派のセンセイはどこにでも見られますけど、そんな危機が起こってからじゃもう遅いんですね。ドラゴンボールじゃないんだから、「でえじょうぶだ!!」とはならないし、死んだ人は生き返らないワケです。

 こんなことを言うと、自分がやっていることの自己否定になってしまって虚しくなるのですが、「国民的な議論」なんてのは、ある種のお題目というかスローガンに過ぎないですよ。国民の間の理性的な議論の結果、正しい方向へ意識改革がなされて、それによって国家が正しい方向へと突き進んでゆくなんてことは残念ながらあり得ないし、おそらくは歴史的にもあった試しはないんじゃないかと思います。

 常に、多くの人間は、その場その場の状況に流されて、行き当たりばったりの状況適応しかしませんし、何かに本気で取り組むのは、それに取り組むことで自分が得する時だけです。まあ、お花畑的なヒロイズムで理想に向かって邁進する奇特な方もそれなりにいたりはしますけど・・・。

 こういうことは本当に書けば書くほど虚しくなってくるのでこの辺で止めておきますけど、まあ、とりあえず、こんな感じで今後何回かに渡って憲法の問題に関して書いてみようかと思います。




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成功した起業家はなぜ政府の干渉を嫌うのか?〜『戦略サファリ』を読んで アントレプレナーシップと反権威主義〜

 以前書いた記事(『A層とかB層とかホリエモンとかたむらけんじとか・・・』http://achichiachi.seesaa.net/article/411866048.html)では、ホリエモンに社会問題の認識に関して、「政府の役割という要因を見落としてしまっている」ということを指摘しましたが、このような一定の成果を収めた起業家のこのような認識の誤謬に関して、『戦略サファリ』という本の中で面白い指摘がされていたので紹介してみたいと思います。

 1977年の論文でマンフレッド・ケッツ・ド・ブリースは、起業家を「最後のローン・レンジャー」と呼び、また1985年にも『起業家精神の暗黒面』についての研究結果を発表している。ほぼ30年後、ジョン・ガートナーは、精神医学における「軽躁病」患者に関する論文と出版物でみつけたインターネット起業家に関する記事で、ある類似性に気づいた。彼は、軽躁病者たちの基本的な特徴を抜粋し、それから、インターネット業界における典型的な起業家を正確に表すとどうなるかを、インターネット企業のCEO10人に尋ねてみた。ほとんどが、軽躁病者を記述した臨床的な特徴が起業家たちにもあることに同意した。たとえば、軽躁病者と起業家は、カリスマ的で人を説得するのがうまいことが多い。彼らは情熱に満ちあふれていてほとんど寝ることもなく、世界を変えられるという壮大な志に自分たちのエネルギーを注ぎ込む。(中略)
 起業家的人格の特徴として挙げられるものの中には、コントロール、独立、達成などへの強い欲求、権威への憤り、ある程度のリスクを受け入れる性向などがある。


 ほうほう、なるほどなーなんて思いながら読んでいたんですが、まあ確かに感覚的にも納得いくのではないでしょうか?

 結局、人間の認識は常に一定程度、「上手くいったのは自分の実力、悪いことは他人や周りの環境のせい」と解釈するバイアスがかかるそうで、それを考えれば、特にホリエモンのような人間が、上手くいった時期は自分の実力、ダメになったのは周りに潰されたからと考え、やたらと権威や権力に反発し、いわゆる「悪しき政府と善良な市民」あるいは、「自由に活動することで力を発揮できる起業家と搾取、あるいは抑圧する政府」という二項対立的な価値観に陥るのはある意味仕方ないかもしれません。先の記述から読み取れることは、これは、才能ある起業家に見られる一般的な傾向だというワケなんですね。

 しかし、こう考えると、成功した起業家や実業家に「民間の知恵」と称して何でもかんでもアドバイスを求めるのは間違っていると言えるのではないかと思います(そもそも、大多数の普通の人間は、ある程度睡眠時間が必要なワケで、ほとんど眠りもせずに、一日中仕事が出来るような超人にアドバイスを求めたところで、役に立つのか不明ですし、そんな超人的な能力の持ち主を前提に社会を設計すればメチャクチャなことになるのは明らかでしょう)。

 多くの成功した起業家は、政府や行政の役割を過小評価するだけでなく、その価値を否定的に捉え、多くの政治家や識者が、そのような傾向を、「独立性の表れ」「自己責任や成果主義」などと肯定的に捉えているのですが、結局、別に彼らは何か深い考えを持って、そのような主張を行っているわけではなく、単純に彼らの性格や嗜好がそのような反政治的な社会や政策を好むというだけの話なんですね。そのような起業家の性格に、社会の役割を過小評価する傾向を持った大衆的人間や、竹中平蔵や孫正義のような政商というか規制緩和利権、民営化利権に群がる連中が賛同するカタチで(もちろん、この中には市場原理を神格化する経済学者も含めるべきでしょう)、社会の成員がそろって規制緩和や民営化の大合唱をしているのですね。

 どれだけ論理的に考えてスティグリッツやクルーグマンの主張が正しかったとしても、政府の役割をしっかりと適正に評価し、その意義を再評価するような言説が広がらず、相変わらず、規制緩和民営化の大合唱、もしくは、それに賛成しない人でさえ「これが時代の流れだから」とある種容認しているような状況を逆転させるのが困難なのは、このようなある種の人々の心理的傾向があるからだと思われます。

 80年前の大恐慌の時には、戦争によって政府の役割の重要性、国民の団結力の重要性が認識され、先のような傾向を逆転させ、国家や政府の役割を非常に重視するケインズ主義的な考え方がスタンダードとなりました。さて、果たして現在の状況であっても、そのような思想的な転換は可能なのでしょうか?




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