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2014年12月20日

ケインズ化する世界リフレ化する日本

 世界中の識者が、積極財政論を主張しています。

したがって、消去法で考えても、アベノミクスを継続するとするなら、現下の景気後退に大至急対抗するためには、「第二の矢」以外には、考えられないのです。

….というような主張をすると、「財政政策なんて、一昔前の古い経済対策だ」、と揶揄する声がしばしば上がるわけですが、そういう指摘をする者こそ、一昔前の古い論理に硬直的に頭を支配されているのだ、という事はこれまでに何度も指摘してきた通りです。
http://blogos.com/article/92975/

たとえば、ノーベル経済学を受賞したスティグリッツ教授も、「アベノミクスの第一の矢は成功したが、問題はこれからの第二の矢だ」と指摘しておられます。
http://shuchi.php.co.jp/article/2018

上述のクルーグマン教授のみならず、著名経済学者のルービニ教授も、緊縮財政こそが不況の根本原因であると指摘しています。
http://www.project-syndicate.org/commentary/world-government-reliance-monetary-policy-by-nouriel-roubini-2014-12

同様に、著名エコノミストのカレツキー氏も、財政政策の重要性は証明されたと主張しています。
http://jp.reuters.com/article/jp_column/idJPKBN0IO09C20141104?sp=true

そして、経済学者のジェフリー・サックスは、長期計画による賢明な公共投資こそが、民間投資を増やすと主張しています。つまり、効果的に第三の矢を推進するためにも、第二の矢の財政政策を活用していくことが得策なのだと示唆しておられるわけです。
http://www.project-syndicate.org/commentary/promote-sustainable-development-economics-by-jeffrey-d-sachs-2014-11

しかもしかも、かつて緊縮財政が主流だったIMFも、積極的な『公共投資』の必要性を強く主張しています。
http://www.sankei.com/economy/…/141003/ecn1410030010-n1.html

同様に、OECDまでもが、積極財政論を主張しはじめています。
http://jp.reuters.com/article/jp_column/idJPKBN0IO09C20141104?sp=true

。。。。

つまり、リーマンショック以後、それまで構造改革一辺倒だった海外の著名エコノミスト達や主要経済機関が、こぞって「財政政策こそが景気対策の要なのだ」と主張し始めているのであり、財政政策をめぐる空気は、完全に変わってしまっているのが、実態なのです。

【藤井聡】「10兆円補正」と「長期公共投資プランの策定」こそが、「この道」の第一歩。 http://www.mitsuhashitakaaki.net/2014/12/16/fujii-121/


一方、未だに金融政策の重要性を説いている哀れな方々がコチラ・・・

#リフレ派 経済学者の #田中秀臣 教授 「ケインズはデフレ対策で金融政策を最重要視していた」 について
http://togetter.com/li/759737

1998年のクルーグマンの発言をリーマンショック後の今も信仰し、最新の彼の著書を無視する #リフレ派 はもう終わってる
http://togetter.com/li/751745


 もはや、彼らの理論的な拠り所は、マンデルフレミング理論やクルーグマンの1998年の著作という過去の遺物のみであって、すでに現在の権威ある識者はほとんどケインズ主義的な積極財政肯定論になっているワケです。

 つまり、相当ヤバいのは、日本は未だに過去の失敗した理論や政策からの発想の転換が成し遂げられていないのに、世界中の識者たちは、すでに現在の経済の問題点を認識し、それを打ち破る方策へと発想の転換を行い、さらにそれを識者や政策担当者たちの間のしっかりとしたコンセンサスにしようと動き出しているワケですね。

 つまり、今回の『ケインズ化する世界リフレ化する日本』というタイトルはそのまま、『良くなる世界悪くなる日本』と言い換えることが出来ます(ただしユーロ諸国は例外で、あちらは構造問題が存在するため政治的、経済的に、というよりも構造的に不況から抜け出すことが困難な状況に陥っています)。

 さて、日本はこの15年間、世界中の経済が拡大を続けるなら、ひたすら足踏みを続けました。そして、どうやら、このままでは次の15年間もまた、同じような状況になるのではないかと思います。










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世界破滅論〜厨二病妄想局序章〜

 先日書いたうんkの記事(『続・カレー味のカレーVSうんk味のうんk』http://achichiachi.seesaa.net/article/410917252.html)に面白いコメントが書き込まれていたので紹介。

むしろ、カレー派に感情移入するしかなくなる。食の合理化進みすぎたんだろうか、食や職の楽しみが消え失せ、自由貿易の上で経済戦争でもしていて、でもなんやかんやでカツトシが革命成功してカレー利権に走り老害化して、新たな勢力パスタやらパンやら、なぜお米に必ずルーをかけないといけないのかという輩が出くるとこまでは妄想した。

最近この物語を思い出す。ゲーマーには有名な蛇が出てくるゲームのデジタル生命体が主人公(人間)を説教するシーンで
「世界のデジタル化は、人の弱さを助長し、
それぞれだけに都合の良い「真実」の生成を加速している。
社会に満ちる「真実」の山を見てみるがいい………。」
「高価な兵器が人道的に人を殺し――」
「犯罪者の人権は被害者のプライバシーより丁重に扱われ――」
「稀少動物保護の寄付金が集まる傍らで、貧困に苦しむ人達がいる………。
誰もがこういわれて育つわ。」
「他人には優しくしよう。」
「でも競争相手は叩きのめせ!」
「「お前は特別だ」「信じていれば夢はかなう」
「だけど成功できる人間が一部だけなのは、初めから明らかよね………。」
「君達が「自由」を「行使」した、これが結果だ。
争いをさけ、傷つかないようにお互いをかばいあうための詭弁――
「政治的正しさ」や「価値相対比」というキレイゴトの名の下に、
それぞれの「真実」がただ蓄積されていく。」
「衝突を恐れてそれぞれのコミュニティにひきこもり――
ぬるま湯の中で適当に甘やかしあいながら、好みの「真実」を垂れ流す。」
「かみ合わないのにぶつからない「真実」の数々。
誰も否定されないが故に誰も正しくない。」
「ここでは淘汰も起こらない。世界は「真実」で飽和する。」
「それが世界を終わらせるのだ。緩やかに。」
「私達はそれを食い止めてあげようって言うの。」
「我々には支配者としての責任があるからな。亅

 2002年のゲームなので古臭い問題提起、当時は小学生でネット批判かな?程度でした。これに対しゲーム内の主人公が出した答えは"人間の愚かで切ない歴史伝えるのにデジタルと言う魔法(道具)がある"ということであんまり答えになってないw
でも人間の愚かさを伝えると言うの点は気に入っていて、
革命後老害化まで妄想してしまったのはうんk派潰すだけの人間は自浄作用やバランス感覚があるみたいな作品を見すぎた反動かなと思いました。
Posted by at 2014年12月20日 10:49


 一応、ブログでは、政治ネタと経済ネタを中心に書いているのですが、結構最近の自分自身の関心は宗教とか精神世界の領域だったりします。まあ、ただ、ブログの更新頻度を上げたいので、書きなれているし、情報収集もしやすい政治経済ネタを中心に書いてるっていうのと、あとアレですね、こういう政治経済ネタを中心にすることで、「しっかりと論理的な思考もできるんですよ」というポーズを取っておくことで、仮に精神世界的なネタに移行しても、別に頭がイカレておかしな方向に突っ走ってしまったと思われないための予防措置だったりもするかもしれません(笑)まあ、もっとも、論理的な思考ができることとイカレてることは全く両立しうるんですけどね。それが、前回記事(『ギルバート・チェスタートン×狂人×リフレ理論』http://achichiachi.seesaa.net/article/410926051.html)の主題だったり。

 いやぁ、現代社会ってのは、先のコメントで書かれているような矛盾が結構行き着くところまで行き着いて、ついでにすでに倫理的な歯止めなんてものはほとんど機能しなくなってるんじゃないかと思うんですね。

「犯罪者の人権は被害者のプライバシーより丁重に扱われ――」

とありますが、実際に、長崎佐世保高1殺人事件では、被害者の女の子の名前は公開されましたが、犯人の子のプライバシーはマスコミは保護しました。しかし、それも結局、インターネットという情報共有テクノロジーによってプライバシーの壁はぶち壊され、名前や顔写真や生い立ちまでほとんど全て公開されてます。しかし、それはあくまでの技術的な壁の破壊にすぎず、精神的、倫理的な問題は解消されていないため、一部の団体が「長崎佐世保高1殺人事件の犯人を法で裁くべきではない!!」と、裁判をやめるような運動を行いました。もうほとんどワケがわからないですね。社会もイカレてるし、個人もイカレてる。

『西洋の没落』を書いたシュペングラーは、文明を一つの有機体のように捉え、それに文明の寿命なような概念を示唆したそうですが、もしかしたらすでに現在の文明は耐用年数を超えてボロボロになりながらテクノロジーの進歩によってダラダラと延命措置を取られているのかもしれない。現在の医療倫理の世界では、一つのテーマとして現代の人間がその耐用年数を超えて生存しているのかもしれないという問題を取り上げています。つまり、それまで人生が50年以下であった時代には、人は脳が生き生きとした生体活動を維持できる状況のまま一生を終えることになったのですが、テクノロジーに進歩によって、人生80年時代になると脳の耐用年数を超えて生命が維持されるようになり、脳はボロボロなのに身体だけは生き延びるという状況が高齢者にとって普通の状態になってしまうと。

 もしかしたら、これと似たような状況が現代の人類の現実なのかもしれない。つまり、歴史を重ねるごとに、一つずつ矛盾を積み重ねていき、すでに矛盾が行き着くところまで行き着いて解決不能になっている。それまでの文明であれば、この行き着いた矛盾を自己を消滅させることで無理やり終了させていたのかもしれないけれど、現代の文明はどこまでも複雑な矛盾が絡み合ったややこしい文明すらも維持し延命させられるほどに発達してしまった。結局、人々は原罪を背負った人類のごとく、現代文明の矛盾による陰鬱な重しを背負いながら生きた屍のような生を送る・・・。

 しかし、まあこれもまた単なるサイバー空間における一つの妄想に過ぎないんですけどね(笑)普通だったら、こんなもの厨二病的な妄想として、いつしかそいつの脳内から綺麗さっぱりなくなる妄執なのですが、それがサイバー空間だとこうして情報として残る。そうなると、また空間的物質的に残るわけでないこの情報の残留とは一体何なんだろう?とか、またわけわからん妄想が始まる・・・。こんなしょうもない妄想をできる余裕が有るだけ、現代は幸福の時代かもしれないけど、こんのしょうもない妄想類から生み出されたイデオロギーなんかが、また世の中おかしくしていったり。

 いやぁ、どこまでいっても救われないっすねアーメンアーメン南無阿弥陀仏(* ̄ノ ̄)/Ωチーン ...





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