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2014年11月18日

神話とドラクエ

 先日、藤井聡さんの院での教え子であるKさんに誘われて、藤井聡さん川端さん含めた数名で飲みに行きました(Kさん誘ってくれてありがとうございます<(_ _)>)。ここ数週間で政治は急展開していたので、色々と政治や経済の話をするのかな?と思いましたが、政治話、経済話をそこそこに話したところで、藤井聡さんが、ふと「いやぁ、人前で思想や哲学について話をしてもなかなか理解してもらえないもんやなぁ〜」と言った一言をきっかけに哲学話に。言語論や、現象論、物語論、幸福心理学といろいろな話をしていて、比較的抽象的な議論で、どこまで自分が内容を理解できたのかは分かりませんが、やたらと面白く妙にテンションが上がっていたことだけは覚えています(笑)

 その中で、面白かった話の一つがKさんから思えてもらった神話と物語論の話です。藤井聡さんが20代にドラクエにハマりまくっていたけど、ある日、これは結局現実逃避なんじゃないかと思って、ハードがファミコンからスーパーファミコンに変わったのを境に、きっぱりドラクエをやらなくなったという話をした後のことなのですが、Kさんが、「いや実は・・・」と次のような話を教えてくれました。

 レヴィストロースのように、世界中の神話を調べて研究しているある学者が、ありとあらゆる神話はすべて次のようなプロットを下敷きにしているということを発見したそうです。まず、平和な日常を暮していたところで、悪に姫がさらわれることでその平和に亀裂が入る。次に、いろいろな出来事を経験する中で、新しい仲間と出会ったり、試練を乗り越えて成長したり、不思議な力を手に入れたり、奇跡を起こしたりする経験を経由して、最後に悪から姫を奪還して再び平穏が訪れる。

 まさにコレってドラクエそのものですよね?(笑)ついでに言うと、マリオもそうです。結局、このような物語はあらゆる神話や、個人の人生も含めた物語の原型なのではないかということです。そう考えると、実は、一見完全な現実逃避に見るようなRPGへの没入も実は、もっとも根源的な人生の原型の擬似体験をしていると言えるかもしれないなと、そんな話をしていました。

 ちなみに、私は今ではほとんどゲームをやらないのですが、やはり日本のゲームが世界中を席巻していた時代のゲームは、完全にこのようなプロットをベースにしていましたが、日本のゲームが海外のゲームに押されてくる時期と、このようなプロットが崩壊してくる時期はなんとなく重なっているのではないかと思います。RPGで言えば、色々と敵を倒してストーリを進めているのに、結局自分は誰と、何のために戦ってるのかよく分からなくなってくるようなゲームです。ちなみに、私は、こういうゲームや漫画は、芸術家かぶれしたクリエーターのオナニー作品と呼んでいます。

 ちなみに、こちらの動画では(浜崎 洋介×柴山 桂太 〜グローバル時代に小林秀雄を読む〜 https://www.youtube.com/watch?v=-ywgFxuop30)、柴山桂太さんが「良い物語とは何か?」ということについて、「主人公が、何かをきっかけにして平穏な日常が乱され、そのあと、色々な経験をしながら、最後にこれしかないという結末に突き進んでいくような物語である」というようなことを言っているのですが、この観点から色々な物語を観ていくと結構面白い洞察が得られるような気がします。

 たとえば、『まどマギ』などはこの典型でしょう。最初に突然魔女との戦いに巻き込まれる、そこでは主人公のまどかが、「本当に自分は戦うべきなのか?」と思い悩みながら、色々な出来事を経験して、最後に戦わなきゃいけない状況に追い込まれながら、同時に、自分が戦うしかないと決意を固め、まどか自身にしか出来ないことをやり遂げて、最後もう一度平和な日常に回帰していく。

 しかし、残念なのは、新編で、せっかく、「これしかない」という状況に収束したのに、それを全てひっくり返して、散らばったまま放置するようなストーリーになっています。

 あと、まあ、最後に個人的に先の話を聞いて思ったことを書くと、結局、平穏な状況が乱されて、様々な出来事を経て再び平和に日常に回帰するというのは、人生の原型なのではないかと思ったりしています。つまり、無という平穏状態から、別に生まれたいと思ったわけでもないのに産まれて生きて、色々な経験をして、最後に死んで無に回帰する。物質的にはただの蛋白質だったものが、どんどん秩序化し、細胞が分化して肉と骨と内臓になるという異常な経験に巻き込まれ、様々な外的体験をした後に、もう一度タンパク質の塊に回帰する。案外こんなものが最も単純な物語の原型であり原体験なのではないかなと、まあそんな註二病的な妄想をしてみたりするのでありました・・・。



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posted by 古谷経衡と倉山満による不当な言論弾圧を許さない市民の会 at 17:35 | 神奈川 ☀ | Comment(2) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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