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2014年10月27日

憲法9条をノーベル賞議論について・・・

 三橋貴明さんのメルマガ『新日本経済新聞』で、佐藤健志さんと施光恒さんが憲法9条のノーベル賞化について議論していたので、私も少し感想を書いてみようかと思います。

 物凄く簡単にまとめると、施さんは憲法9条ノーベル賞化に反対で、佐藤健志さんは賛成(もしくは条件付きの賛成)です。ただし、施さんは反対の理由を明確に述べているのに対し、佐藤健志さんは、「続きは有料メルマガで・・・」といったようにしているので、メルマガを購入していない購入していない私としては正確な判断が出来ないということを前提にして以降の記事を書きます。

 まあ、このようなあいまいな状態で判断を下してしまうワケですが、とりあえず、この議論には施さんに分があるのではないかと思います。施さんが9条のノーベル賞化に反対する理由は、一つには、憲法9条に国際的なお墨付きを与えることによって、より憲法改正が難しくなるのではないか?ということであり、もう一つは、国内の様々な特殊事情を勘案した慎重な議論が必要とされる憲法9条の問題に関して、日本国内の事情をよく理解してもいない外国の権威を持ち出してくることが、憲法9条に関する公正な議論を難しくするのではないか?という懸念です。

 おそらく、これは、保守派における非常にベーシックかつ説得力を持った議論であり、この議論に反論するためには、かなりの程度妥当性があり、現実的かつ説得力のあるロジックが必要とされるように思うのですが、残念ながら、その論拠は、「有料メルマガで・・・」ということなので、まあ、はぐらかされているというか、読者としては肩透かしを食らったような気分を味わいます。

 まあ、仮に「そもそも、憲法9条がノーベル平和賞に選ばれるわけがない」という楽観的な予測をもとにするならアレコレ好き勝手なことを言うことも出来るのですが、憲法9条が実際にノーベル平和賞受賞の最有力候補に挙がっていたことを考えると、そうもいかないでしょう。

 佐藤健志さんは、むしろ逆に「憲法9条をノーベル賞にすることによって憲法改正が達成しやすくなるのだ!!」と主張しているわけですが、仮にそんなことがありえたとしても、憲法9条改正という国内的な議論において外国の権威を持ち出して議論の不覚的要素を増やすことが、そもそも正しいのか?という問題が残ります。

 まあ、そうは言っても、憲法9条を本当にノーベル賞化した場合どうなるのか?と考えるのは面白い問題でもあります。

 憲法9条をノーベル平和賞にと言って活動してた人たちは、「ノーベル賞の受賞者は日本人だ」と言っていましたが、そうなると、憲法9条がノーベル平和賞になった瞬間にノーベル平和賞の受賞者が1億2千万人増えることになります。あるいは、日本国憲法制定以降に生きていた日本人全てとなれば、さらに受賞者数は増えます。そうなれば、ノーベル平和賞の権威は一気に地に落ちるでしょう。国際的にも1億人以上受賞者のいる賞など大した価値はないでしょうし、日本国内においては、全員が受賞者なので、本当に何の意味もなくなります。誰もがみんなオンリーワンだったら、オンリーワンである価値は無だというのと同じですね。価値とはたいていの場合ある種の希少性を限定にしているわけで、せっかくノーベル賞を取ったということで就職の履歴書に『ノーベル平和賞受賞』と書いても何の意味もなくなるわけです。それじゃあ、まずいということで日本人のノーベル平和賞だけは格落ちした賞にするんでしょうか?いまいちよく分かりません。

 だったら、憲法9条を発案したアメリカかGHQに受賞させるということはどうでしょう。東田剛さんは「憲法九条を考案して日本に押しつけたうえ、70年近くも守らせたアメリカ合衆国」にノーベル平和賞を受賞させたらどうか?と提案しているそうですが、もし仮に、憲法9条を日本に押しつけたとしてアメリカにノーベル平和賞を与えたとすれば、その9条を押しつけた当のアメリカが世界中のどの国よりも世界中で戦争をしまくっているという現実から、まさにノーベル平和賞は偽善の象徴となるでしょう。そうなれば、権威の失墜という意味では日本人に賞を与えた場合以上のインパクトかもしれません(まあ、そもそもアメリカの方がずっと人口も多いですしね)。

 それから、また今回の運動のきっかけを作ったとされる神奈川県の主婦・鷹巣直美さんは、
「(ノーベル平和賞を取れば)憲法を変えなければと思っていた政治家も『ああ、そうだよ。僕らも本当は戦争も、憲法改正もしたくないんだよ』と素直に言ってもらえるようになるのではないか」
と語っているそうですが、ここには、明確な政治的意図が存在するわけです。

 憲法9条がノーベル平和賞にという運動を起こした当の本人が公然と自身の持つ政治的意図を表明し、そのような働きかけを受けて、実際に憲法9条をノーベル平和賞にしたとするなら、これはもう明確にノーベル平和賞は政治的に非中立的である。つまり、ノーベル平和賞は政治的意図のもとに受賞者が決定されているということが公然の事実となるわけで、まあ、要はどうにしても憲法9条をノーベル平和賞にした場合、どのような方法を取ってもほとんどノーベル平和賞の権威失墜は避けられないワケなんですね。さらに言えば、もし仮にノーベル平和賞に選ばれたすぐ後に憲法9条改正などということがあれば、完全にその権威がコケにされるわけです。

 まあ、そんなわけで、とりあえず、今回のまとめとしては、この憲法9条のノーベル賞化の議論は最初から最後まで政治的思惑が渦巻いていて、どうにも気持ち悪い上に、スジの悪い話だなと思うわけです。おまけに、この気持ち悪い運動に乗っかる左派知識人なんかも、もうどうしようもなく気持ち悪いなと、まあ、そんなところです。



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posted by 古谷経衡と倉山満による不当な言論弾圧を許さない市民の会 at 20:20 | 神奈川 ☀ | Comment(9) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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