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2014年10月20日

だから古市憲寿はズレている

 以前書いた古市憲寿批判記事(『古市憲寿は有史以来初の本当の無能?!〜古市憲寿と消費税〜』http://achichiachi.seesaa.net/article/407174712.html)に、次のようなコメントが書き込まれていました。

面白いのは「受験勉強はしてない」からの「勉強出来てもいいことはない」発言でしょうか。
勉強ができることと勉強することってやっぱり違いますよ。

あと感じたことは、古市くんはこんなこと全国ネットで言って恥ずかしくないのかと言うこと。
以前「考えが古い(ち)」という名言が出た西部ゼミナールで、西部さんが批判した時は『戦争になったら逃げるか否か』という極限に近い状況だったので、逃げると言ってしまうのも多少は理解出来ました。
しかし今回は「体育はウソついて見学した」だの「受験勉強せず推薦で大学行った」だの普通の感覚であれば、まず自分から進んで言うようなことではないでしょう。
彼の近著に『だから日本はズレている』といタイトルがありますが、これを見るに古市くん自身がズレにズレまくってることに気付いていないようですね。


 このコメントの内容には、ほぼ100%同意するのですが、すこしだけ、違和感もあって、それがどこかというと、
>普通の感覚であれば、まず自分から進んで言うようなことではないでしょう。
という部分なんですね。いや、もちろん、私もこんなクズのような発言は自分から進んで言うようなことではないと思っているんですけど、結局、古市は、こういうことをあえて言うことによって、社会における一定の役割を演じてるんだと思うんですね。それが、どんな役割なのかというと、ズバリ一言で言ってしまえば、ジジイやババアが「まったく、最近の若者はなってないねぇ」と上から目線で呆れながら小言を言ってやることに躊躇せずにすむ存在。つまり、ジジババ共がイメージする「イマドキのなっとらん若者」を見事に演じ切ってるワケです。それでいて、体育会系を嫌う、いわゆるオタク系(といっても、このオタクも商業的に演出された役割としてのオタクなのですが・・・)の若手知識人にも気に入られるという中々に使いやすいキャラクターなんですね。当然、これに嫌悪感を抱くのは、比較的真っ当な感覚を持った若者世代の人間だと思うのですが、残念ながらメディアではそういう人間は少数派になりつつあるということではないでしょうか?

 そういう意味では、古谷さんの次のようなツイートにも全く同意します。

古谷経衡@aniotahosyu 2013年08月30日
我々はF市氏が社会に与える害悪を考えなくてはならない。即ち「これが若者の総代だ」と内外に発信してしまう害だ。
無知で、無主義で、漂白の存在が「若者代表」と世に記憶される。
彼を指して年長者が「今時の若者は」と眉をひそめるのだ。若者を最も貶めているのは、何を隠そうF市氏自身なのである。


 ただし、最近の古谷さんのツイートや文章を見れば、古市とほとんど変わらない存在なので(名前も似てますしね)、まあ、これはいわば同族嫌悪というか、「自分が狙ってたポジション取られた!!」という程度の思いなのではないでしょうか?

 小川寛大さんが古谷さんを批判した際にこんなツイートを書き込んだのですが、

何だか最近の言論人は、ちょっと売れてくると「僕はもともと保守/リベラルなんかじゃないですよ」みたいなことを言って、「論壇と距離を取ってる俺は理知的な中立派でかっこいい」式のアピールをするなあ。こうして中立という名の「生きてもいなければ死んでもいない人」みたいになって消えてくのか。

 この内容が、1年前に古谷さんが古市批判として行った書き込みとほぼ同内容なのが面白いです。

 なんの主義主張もなく、中身も空っぽもない、これ以上ないほどに下らない人間が、何らかの思想信条や信念を持って活動する人間を上から目線で馬鹿にする。こんな反吐の出るような社会構造の図式を象徴してるのが、この古谷古市のF2コンビなんでしょうね。

 これは、確かに彼らの個人的資質のみに還元することの出来ない、ある種の社会現象ですらあると思うのですが、まあまあ、相当におぞましい現象の一つだなと思います。


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『魔法少女まどか☆マギカ』と仏教思想(ネタバレ注意)

 先日、『魔法少女まどか☆マギカ』を全話観ました。アニメ見るのなんてメチャクチャ久しぶりだった上に、絵がコレですからねwメチャクチャ抵抗あるわけですよww




 ちなみに、とあるラジオ番組でおぎやはぎの矢作が小木にまどマギの話をしたらこんなリアクションだったそうな・・・

小木『俺らの時代の人からしたら、この絵はちょっと無理じゃん!この絵はないよーwww』

矢作『どんなに面白いって言われても、この絵出てきたら拒絶反応あるよね^^;ww』

小木『えぇーこれ見たの!?拒絶反応ありますよwこれはつらいわーw』

(ところで『魔法少女まどか☆マギカ』の“マギカ”ってどういう意味?? http://anicobin.ldblog.jp/archives/34769335.html


 しかしですね、実は以前某京都大学教授の先生に、「まどマギは必見」とまで言われたことがあったので、「まあ、そこまで言われたら観ないわけにはいかんな」ということで、この度ようやく見てみることにしました(他人にせいにしてすいませんm(_ _)m)。

 事前になんとなく内容は知っていたので、最初の数話くらいは、特に何とも思わず、「あー、はいはい、ある少女が過酷な運命を背負わされて人知れず、戦い続け、少女の運命と世界の在り方がリンクするっつう、いわゆるセカイ系の作品ね・・・」という感じで観ていました(まあ、実際にはアニメってほとんど見ないんでセカイ系なるものが、正確にはどんな作品を指すのかよくわからないんですが)。

 まあ、序盤はなんとなく、西洋思想っぽいモチーフなんですね。なんでも願いを一つ叶えてくれる(実際には、なんでも叶うわけではなく当人の資質に関わるので、死人を生き返らせたりとかは出来たり出来なかったり・・・)代わりに、魔法少女になって魔女と戦うっていう。ただし、一般人は魔女の存在を認識出来ないので、ヒーローものとは違い決して魔法少女は注目されることも、皆から尊敬されることもない、ただひたすら死ぬまで戦わされます。

 つまり、序盤では、「契約を結ぶ=死」なんですね。なんとなく、これって悪魔と契約を結んで魂を取られるみたいな西洋っぽい考えですよね?

 でも、また終盤になって物語は急展開します。なんと、魔法少女は、魔力を使ったり、恨みの心を抱くたびに穢れが溜まっていき、完全に穢れが溜まりきった時点で魔女になります。つまり、魔法少女は魔女の負の力に対抗する正の力で戦っていたわけではなく、魔女の負の力を前借りしてるだけだったんですね。なので、魔法(魔女の力)を使うたびに穢が溜まっていき、ある地点に達した時点で魔女に変化します。繰り返しになりますが、魔法少女とは、魔女に対抗するための正義の力ではなく、魔女になるまでの過程に過ぎないワケです。この辺は、『サイレン』や『FF10』にも似てます。『サイレン』は以前書いた記事(『何故リフレ派はリフレ理論が正しいと考えるのか?〜確証バイアスとリフレ理論〜』http://achichiachi.seesaa.net/article/406828069.html)でも紹介したので、細かい説明はしませんが、まあ、一言で言うと和風のゾンビゲームです。このゲームでは、プレイヤーは視界ジャックという技を使って、屍人(ゾンビ)の位置を把握するのですが、実は、この視界ジャックは、本来言葉をしゃべれない屍人同士が互いにコミュニケーション手段として用いているものであることが途中で分かります。つまり、これもプレイヤーが屍人化する前に、屍人の能力を前借りしてるんですね。で、まあ、そっから予測できるように、プレイヤーはどんどん死んで屍人化していきます(ネタバレし過ぎ?まあ、どれも古い作品だからいいかw)

 で、あと『FF10』は、シンという世界で暴れまくってる怪物を倒しに行くストーリーなのですが(ちなみにこの作品、いきなり「この時俺たちは、まだ○○だった・・・」みたいな語りが多用される、主人公の回想シーンから始まるのですが、なんと、この回想モードがストーリー終盤まで続くので人によっては相当イライラします(##゚Д゚))、このシンを倒した人間はエボン=ジュという寄生獣みたいなヤツに寄生されて新たなシンになります。つまり、ここでも無限連鎖が発生します(究極召喚という召喚獣がこの連鎖の媒体になるのですが、それを説明すると長くなるんで、省略します、詳しく知りたい方はコチラ⇒http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13100983943)。

 で、まあ、かなり話が脇道に逸れましたけど、この魔法少女と魔女の無限連鎖が発覚したあたりから、かなり物語のモチーフが東洋思想的なものに変化します。魔法少女は、希望を生み出すために魔法の力を使って、魔女を倒すのですが、ここで面白いのが、実は、魔法少女が希望を生み出すと、それと同じ分だけ絶望や失望を生み出すというんですね、この絶望や失望が穢れとなって、穢れが溜まりきった時点で魔法少女は魔力に取り込まれて魔女になります。具体的には、希望や失望を生み出すとその分だけ、裏で密かに感謝の見返りを要求したり、感謝されないことに失望したり絶望したりするワケです。なので、最初に暁美 ほむらが自己中心的に振舞って、「自分の力なんだから自分だけのために使わなきゃダメよ!!自分以外の誰かの為にこの力を使ってあげようなんて甘ったれた感傷劇でしかないわ」と言う佐倉杏子には、「あなたは魔法少女に向いてるわ」と言って、逆に「私は、自分のためになんか魔法を使わない。みんなのためにこの魔法を使うの!!」と言う美樹さやかに「残念だけどあなたは魔法少女に向いてないわ」と言ったことにはちゃんと理由があったわけですね。感情的に他者を巻き込んで大きな希望を生み出そうとするほど、反対側でより大きな絶望を生み出して、結果としてより容易に魔力に取り込まれちゃうワケです。この辺もかなり仏教思想っぽいです、この辺の考え方についても以前書いた記事(『仏教思想について〜善の心で行為をしてはならない理由〜』http://achichiachi.seesaa.net/article/406556566.html)で解説してるんで、よかったら参照して欲しいです。実際には、仏教では、貪りの心と言って、自己中心的な思考も忌避するのですが、それでも、大きな希望が、反対側にそれと同じだけ大きな絶望を生み出すというのは、いかにも仏教的な考えであるように思います。

 それから、最後のラストシーンですが、これも如何にも仏教っぽい。仏教では、何度も輪廻転生を繰り返しながら修行に励むことで徳を積み、最終的に、この世の苦しみから逃れるために解脱するという考えがもとにあるのですが、まどかマギカでも、時間を操る暁美ほむらという少女が、絶望に直面した瞬間、何度も何度も時間を遡って、同じ時を繰り返します。そして、時間を繰り返した分だけ主人公のまどかへの思いを募らせて、その思いの分だけ、まどかは強力な魔法少女の素質(=強力な魔女の素質)を蓄えていきます。で、まあ最後にどうなるのかというと、現世における自分の存在と引き換えに、宇宙に存在する魔法少女の因果の法則を捻じ曲げて魔女の存在自体を消滅させます(この辺がよくわからないのですが、魔女が存在しない宇宙というパラレルワールドを作り出したということっぽいです)。で、現世で消滅したまどかは、異次元の存在となり、現世では全く存在しなくなります(同じように時間を操ってパラレルワールドを無限に作り出せる暁美ほむらだけが、まどかの記憶を残します)。

 で、まあ、この異次元の存在になるってのも、やっぱり仏教ぽくて、仏教の基本的な物語は、修行をして解脱することで、「輪廻の輪から抜け出す=生まれ変わらなくなる」ということなのですが、この解脱という状態にもいろいろな解釈が存在して、我々が生きている次元の存在から抜け出して、異次元の存在になるというような解釈もあるそうなのですね。こうなると、相当にまどマギっぽくなる。つまり、こう言うと仏教関係者に怒られそうなのですが、まどか=阿羅漢(初期仏教における悟りを得た人間 輪廻転生の輪から抜け出した存在)なんですね。でも、まあ、暁美ほむらの作り出した時間の無限連鎖から抜け出したと考えると、結構それっぽい解釈が妥当な気もします。

 まあ、かなり長くなったんですけど、これが私なりのまどマギ解釈ですね。とりあえず、この魔法少女になって魔女と戦うという単純なストーリーの中に西洋思想やら西洋思想やら、ゲームやら漫画やらの色んなエッセンスがこれでもかというくらいに詰まっています(『寄生獣』とも似てる要素があると思ったんですが、さすがに、長くなりすぎるんで省略しました( ̄▽ ̄;))。

 まあ、そんなワケで、結構面白かったんでオススメではありますね。オープニングとエンディングを省略すれば1話20分くらいで全12話なんで全部見ると4時間くらいですかね。まあ、皆さん週末とか暇さえあれば是非観てみると面白いと思います!!


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