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2014年08月08日

プロジェクトS チャンネル桜救済計画!!

 Sはもちろん桜のSです。というわけで、今回は、安倍政権の御用メディアと化しつつあるチャンネル桜を如何に救済、もしくは正常化していくべきか?という問題についてとあるブログ記事を参考に考えてみたいと思います。

 ちなみに、最近では、このブログでもニコニコ生放送でもチャンネル桜とチャンネル桜の水島社長のことをボロクソに批判していますが、過去のこれまでのチャンネル桜の功績自体は非常に評価しています。民主党政権時代には、様々な優れた論者を集め、民主党政権の問題点を様々な視点から鋭く、そして徹底的に批判しており、かの世にも愚かな政権であった民主党政権打倒に大きく貢献したていたと思います。

 また、三橋貴明さんや、中野剛志さん、藤井聡さん、関岡英之さん、東谷暁さんと名前を挙げていけばキリがないほどに、様々な優れた論者を紹介し、世に送り出してきたということも非常に大きな功績の一つとして挙げられるでしょう。また、私自身は、もともと三橋貴明さんの著作やブログのファンであり、三橋さんの出演する経済討論を見た事でチャンネル桜に興味を持ち、そこから政治問題にも興味や関心を持つようになりました。このように、チャンネル桜を通じて政治や経済の問題に興味関心を持つようになった方も多いのではないでしょうか?

 しかし、残念なことに、民主党政権を打倒し、自民党が政権を奪還し、安倍政権が誕生して以降は、批評コンテンツも精彩を欠き、現在ではひたすら安倍マンセーする御用メディアのような様相を呈しています。

 そのような状況から、ネット上の一部では「もはやチャンネル桜はオワコンだ!!」「新しい保守系のメディアが必要なんだ!!」という声も上がっており、私もそれに同意しないこともないのですが、それでもここまでに築き上げてきた信頼やブランドもありますし、新しいメディアを立ち上げるコストや労力を考えるならば、今の桜を改善することで問題が解決するならば、それに越したことはありません。

 そんなことをあれこれ考えていたら、『「国家戦略特区」blog』(http://ameblo.jp/minusa-yorikazu/)というブログに、『チャンネル桜』論(http://ameblo.jp/minusa-yorikazu/entry-11904788145.html)と題する非常に面白い記事が書かれていたので、今回は、その記事を紹介してみたいと思います。

『水島総は絶望が足りな過ぎる!』

日本文化チャンネル桜は、10年の歴史を持ち、代表の水島氏が私財を投入して設立しました。地上波ではタブーなテーマについて次々取り上げ、三橋氏に代表される言論人も育てました。第二次安倍政権もチャンネル桜が誕生させたようなものです。現在は二千人委員会という月1万円の会員からの寄付で成り立っているようで、まさに『サファリパークの凸凹道をポンコツ車で走る』経営だったと思います。水島さん今迄ご苦労様でした。

『戦後レジームの壁は厚い!』

その努力の甲斐あって保守派論壇メインストリームとなったチャンネル桜ですが、ここ最近の様子が変なのです。安倍政権の政策批判はするものの、安倍総理への批判が及ばないように細心の注意を払っています。水島さん風に表現すると『戦後レジームの壁はそれほど厚い』のでしょうか?

『レームダック化はダメ絶対!』

また安倍政権のレームダック化を討論内で表明した三橋貴明氏には、司会者である事を忘れて公然と食って掛かり、安倍政権の言葉の使い方が滅茶苦茶と指摘した佐藤健志氏には、開き直って文句を言った挙げ句、即座に論破されるという醜態を晒しています。こんな無様な状況が続けば、チャンネル桜が安倍政権より先に『レームダック化』しかねません。

『断固支持であります!』

ではこのような苦境に陥っているチャンネル桜を救う方法は、あるのでしょうか?もちろん有ります!それは皆さん一人一人の力を結集する事なのです。いわゆる『草莽崛起』の精神です。この運動を「チャンネル桜を救う会」と名付けます。

『仔羊のように純真!』

私は、何の事か忘れましたが(笑)とにかく水島さんの言動にムカついて、チャンネル桜にメールを送った事があります。もちろん、礼儀をわきまえた文面です。ところが驚いたことに数日後、水島氏が緊急動画を配信し、私のメールに対する回答のような番組を放送したのです!恐らく同様の抗議が殺到したのだと思いますが、視聴者の動向を非常に気にしているようです。水島さんは仔羊のような純なハートの持ち主なのですね。

『進言・諫言・提言!』

つまり我々草莽の力を結集し、安倍政権より先にチャンネル桜がレームダック化しないようにするには、次の三つの作戦を同時遂行する必要があります。

1)水島氏にレームダック化を心配する提言のメールを送る。

2)YouTubeのコメント欄に安倍擁護を止めるように進言する。

3)ニコニコ動画のテロップに厳しく批判的な文面で諫言する。

『家族のような国!』

ポイントは、メールでは紳士的に提言し、コメント欄では苦言を呈すように進言し、ニコ動ではあらん限りの罵詈雑言を書込み諫言するという、三段活用を行うのです。メールでは懐かしい友人からの手紙のように涙し、コメント欄では削除するほどの内容ではないから何とか受け止め、ニコ動では削除する気も失せる。という流れで、水島さんの心を揺さぶります。


 なんとういう「チャンネル桜愛」「水島総愛」に満ちたエントリーでしょうか?!実に素晴らしい提案だと感心しました。私『超個人的ブログ』管理人カツトシは、今ここに「チャンネル桜を救う会」に入会することを宣言いたします(何か入会資格や手続きは必要なのでしょうか?)。

 どうやら、この作戦は3つの作戦を同時遂行することが必要なようです。

1)水島氏にレームダック化を心配する提言のメールを送る。
メールでは紳士的に懐かしい友人からの手紙のように提言

2)YouTubeのコメント欄に安倍擁護を止めるように進言する。
コメント欄では削除するほどの内容ではないから何とか受け止めるという程度に苦言を呈すよう進言

3)ニコニコ動画のテロップに厳しく批判的な文面で諫言する。
削除する気も失せるほどに、あらん限りの罵詈雑言をニコ動に書込み諫言


 よし、それじゃあ、私は、3の「削除する気も失せるほどに、あらん限りの罵詈雑言をニコ動に書込み諫言」を担当するので@とAは読者の皆さんに任せることにする!!

 それではチャンネル桜救済へ向けて、皆さん力を合わせて頑張りましょう(。U U.)ρGood Luck


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ギルバート・チェスタートンの生死感

 以前書いた記事(『生と決断のパラドクス』http://achichiachi.seesaa.net/article/403180388.html)で紹介した。

「勇気とは、生きるために決断すること」
「もっとも偉大な勇気とは死を覚悟することである」
という言葉に関してkawabataさんがコメントで元の引用文を紹介してくれました!!どうやら、イギリスの作家のギルバート・チェスタートンの言葉だったようです。

 哲学者というか作家のチェスタートンですね。

 「そもそも勇気なるものは、ほとんど一種の言語矛盾なのである。生きようとする強い意志を意味するものでありながら、現実にはいつでも死のうとする決意の形をとるからだ。……孤島に取り残された男なら、断崖から海に飛び込む危険を冒して、はじめて命を救う望みを持つこともできるのだ。死の瀬戸際を歩みつづけることによって、はじめて死を逃れることができるのである。兵士が敵に包囲され、血路を切り開かねばならぬなら、生きることへの強烈な意志と同時に、死ぬことに奇妙に無関心をあわせ持たねば成功の望みはない。単に生にしがみついていたのでは駄目なのだ。それでは兵士は臆病となり、それでは逃れられるものも逃れられなくなるばかりである。あるいは逆にただ死を待つばかりでも駄目である。それでは彼は自殺者となり、逃れたところで逃れたことにはならぬのである。生にたいして猛然と無関心でありながら生を求めるほかはない。」

 チェスタートンはまさに、この本(『正統とは何か』)の冒頭で、以下のように述べています。

 「そもそも何事かを議論しようとする者は、まずもって議論の余地のないことから語り始めるほかはない。何事かを立証しようとする以上、立証しようとしていない前提を明らかにすることは不可欠である。私が立証しようとしていない前提とは何か、一般読者と共通の土俵にしようとしている前提は何かといえば、それはつまり、活動的で想像力にあふれた生き方こそ望ましいという信念である。波瀾万丈、山あり谷あり、詩的興趣に満ちた生活望ましい。……つまりわれわれは、実際的ロマンスとでも言うべき生活を必要とするという前提である。」
Posted by kawabata at 2014年08月06日 00:40


 これを読む限り、やはりチェスタートンは「活動的で想像力にあふれた生き方こそ望ましいという信念」を持っていて、かつ、そのような生き方を実現するには、「単に生にしがみついていたのでは駄目なのだ」と考えていたようです。

 まあ、西部さんの「生命第一主義」への批判と非常に酷似しているように思いますが、やはり作家であるので、文学的な比喩を用いてそれについて説明しているのが理解できます。

 このような文章を読むと、私などは、どうしても三島の
「私の中の二十五年間を考へると、その空虚に今さらびつくりする。私はほとんど『生きた』とはいへない。鼻をつまみながら通りすぎたのだ。」
という言葉を思い出します。

 しかし、「自分は鼻をつまみながら通り過ぎた」と自覚が出来ている三島はまだ幸せだったのかもしれません。


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