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2014年04月13日

『ヤバい予測学 ― 「何を買うか」から「いつ死ぬか」まであなたの行動はすべて読まれている』(著 エリック・シーゲル 訳 矢羽野薫)を読んで・・・

 以前書いた記事(『佐伯啓思先生の勉強会開催しました!!』http://achichiachi.seesaa.net/article/391639304.html)で、「思想や哲学なんてものは、実はほとんど人間による作為的なこじつけや誇大妄想の産物なのではないか?」などということを書いたのですが、そのような問題に関連する事項として『ヤバい予測学 ― 「何を買うか」から「いつ死ぬか」まであなたの行動はすべて読まれている』という本の中で面白い記述を発見しました。

 予測科学の使命は、組み立てることだ。データを使い、洞察を引き出して、現実社会にあてはまる予測を提示する。
 とはいえ、厳格な科学者も余計な説明をしたくなる。これは人間の本能だが、危険でもある。そこが良いサイエンスと悪いサイエンスの分かれ目だ。
 アドバタイジング・ドットコムの創業者兼取締役で、エルダー・リサーチの重役でもあるスタイン・クレトシンガーは、私たちが過剰に解釈したがる傾向を物語るエピソードを教えてくれた。1990年代前半に大学院生だったクレトシンガーは、医学研究の会議で発表してくれた。テーマは、人工呼吸器をはずす決断をするまでの時間を決める要因について。当時はまだパワーポイントはなく、1つの要因につき1つのグラフをスライドで表示しながら、データの関連性を説明した。医療の専門家たちはうなずきながら聞いていたが、クレトシンガーは数枚目のスライドで、最初から裏表を逆に映していたことに気がついた。そこで正しい向きに直し、先ほどとは正反対の関連性をあらためて説明したが、専門家は何も変わらず満足そうにうなずいていた。私たちの思考は従順で、ほぼすべてのことについて、その理由を説明する理論を見つけだす。(P164)


 この説明を読んで、私は「ああ、なるほどな」と思いました。人は、様々な数値データや、観察を通じて得た情報を元に、様々な説得力を持った理論を構築することが可能です。しかし、その理論の妥当性を検証することは容易ではなく、さらに厄介なことに、それがどれだけ説得力を持ち、鮮やかに状況を説明してくれる理論であるかという程度とその理論の正当性は必ずしも一致しません。

 これは、厳密な数値データを重視する自然科学やデータサイエンスですらそうなのです。まして、社会科学、あるいは思想や哲学の分野では特にそのような傾向が強いでしょう。現実に、資本主義や産業革命が、なぜ発生したのか?という問題一つ取っても、マルクスやウェーバー、その他多くの学者や知識人が様々な説得力を持った説明を試みてきましたが、現在ではそれらの主張のほとんどが様々な調査から厳密な科学的検証に堪えないとして退けられています。

 特に、社会科学で問題になるのは、自然科学やデータサイエンスといった分野では、客観的な数値データ等を元に仮説を組み立てるのですが、社会科学の多くは(少なくとも現在ほど統計学が発達する以前の状況においては)主観的な観察から得られた洞察や仮説の上に、さらに仮説を積み上げるというような性質を持っており(フロイトの精神分析などがその典型例)、言ってしまえば、ほとんど厳密で客観的な科学的検証なしに如何なる理論でも構築できるというような状況であったわけです。

 以前、中野剛志さんは、「思想というのは危険な側面がある」と言ったことがあるのですが、この言葉の意味は、一つには、この思想というものの主観性や厳密な科学的検証から一定の距離を持っているということにあるのではないでしょうか?つまり、ありていに言ってしまえば、思想や哲学といった分野の学問は、なんでもありなのです。なんでもありだから、どんなにバカバカしい理論も、どのような危険思想も、一定の支持者を集めることで権威付けがなされ、その権威から一定の説得力を持ってしまう。あるいは、独学者においては、どんどん偏った思想を追求していきイカレタ思想の自家中毒ともなりかねないワケです。

 このような危険性を回避するための有効な手法が、一つには歴史や伝統からもたらされるコモンセンスを重視する保守思想であると言えるでしょうが、もう一つには、やはり、どこかであらゆる思想のその前提となる根拠を疑い続ける。あらゆる説得力を持った理論をあくまで仮説であるとあると心のどこかで認識し、場合によっては、それを突き放し、醒めた目線で捉え直すような客観性を持ったある種の懐疑主義的姿勢が必要なのではないでしょうか。


ASREADに寄稿しました!!現在話題になっている台湾問題について解説してみました⇒『台湾学生デモの見つめるものは』 http://asread.info/archives/571



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posted by 古谷経衡と倉山満による不当な言論弾圧を許さない市民の会 at 23:08 | 神奈川 | Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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