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2014年04月06日

藤井聡さん×佐藤健志さん×西部邁さんの鼎談のレビュー動画を投稿しました



 以前、投稿した台湾の国会占拠事件に関する動画(制作時間約2時間)が全然再生数が伸びなかったので、「政治系動画はダメかな」と思っていましたが、藤井聡さんと佐藤健志さんと西部さんの鼎談のレビュー動画を上げたところ意外にも再生数が伸びています。なんというか何が再生されるのかよく分かりません。

 今は、政治系の動画ですとKAZUYAチャンネルのKAZUYAが話題になっていますが、今後はもしかしたら素人が上げた政治系の動画が人気になったりするんですかね?ブログなんかだとプロの物書きよりもレベルの高い記事を書いているブロガーもいるので、もしかしたら、そういうこともありうるのかな?とは思っています。

 ちなみになぜ顔出しをしなのかというと、単純に部屋が汚くて清潔感もカケラもないからです。ただ、カメラ画像を使わない代わりに、テキストと、画像やイラストを組み合わせてより分かりやすくするように工夫しているのですが、それが案外好評だったりします。ただ、汚い部屋を映したくないというだけの理由で苦肉の策としてテキストと画像を使ってみたのですが・・・本当に何が流行るのかさっぱりわかりません。

 えー、基本的に今回上げた動画の内容としては、ほとんど、以前書いた記事(『藤井聡さん×佐藤健志さん×西部邁さんの鼎談を見て・・・』http://achichiachi.seesaa.net/article/393506358.html)のまんまなのですが、少し補足すると、動画では、いわゆる自分の欠点を自覚できない大衆的な人間の抱える問題に関して、「オルテガはそれを社会現象という側面から論じ、坂口安吾は個人の生き方の問題としてその問題点に関して論じた」と単純に二分した説明をしているのですが、実際には、オルテガも個人の生き方の問題に関しても詳細に論じています。あくまで、これは「どちらかといえば、オルテガは社会現象として論じ、安吾は個人の生き方として論じる傾向が強かった」という表現のほうが適切だったかもしれません。

 また、藤井聡さんは、『大衆社会の処方箋』の共著者の羽鳥氏との対談の中で、どちらかといえば、ニーチェは完全に大衆に対して失望しているのに対して、オルテガは、常に大衆に向けて最後通牒、つまり、「お前らは本当にそういった生き方でいいのだな?」という問を投げかけ続けたのではないか?と論じています。

 ニーチェとオルテガと坂口安吾、それぞれ全然違った論者であるように思えますが、大衆社会批判という文脈では、どこか通じるところがあると同時に、それぞれまた別の違ったスタンスからこの問題について論じている点などにも注目するとまた面白い読み方が出来るかもしれません。


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殺人論・・・

 先日、『人を殺したけど質問ある?刑期は終えてでてきた』という2ちゃんねるのスレッドのまとめ動画を作成しました





 まあ、内容を簡単に説明すると、金のために銀行員だった父を騙して、死に追いやったAという人物に復讐して殺してやったというお話(細かい内容は実際に動画を見ていただければ幸いですm(_ _)m)。ただ、話の中に色々とつじつまの合わない部分も多かったので、おそらくはつくり話かと思います。

 この話の趣旨としては、殺人を犯す側にもそれなりの理由がある場合も多いので、「殺人を犯したらすぐさま死刑だ」という短絡的な思考はやめてほしいとのことでした。なんとなく、私がこのスレを読んで思い出したのが、坂口安吾のエッセイの中に書かれていた芥川龍之介と農民作家との次のようなエピソードです。

 晩年の芥川龍之介の話ですが、時々芥川の家へやってくる農民作家―この人は自身が本当の水呑百姓の生活をしている人なのですが、あるとき原稿を持ってきました。芥川が読んでみるとある百姓が子供をもうけましたが、貧乏で、もし育てれば、親子共倒れの状態になるばかりなので、むしろ育たないことが皆のためにも自分のためにも幸福であろうという考えで、生まれた子供を殺して、石油缶だかに入れて埋めてしまうという話が書いてありました。
 芥川は話があまり暗くてやりきれない気持になったのですが、彼の現実の生活からは割りだしてみようのない話ですし、いったい、こんな事が本当にあるのかね、と訊ねたのです。
 すると、農民作家は、ぶっきらぼうに、それは俺がしたのだがね、と言い、芥川があんまりの事にぼんやりしていると、あんたは悪いことだと思うかね、と重ねてぶっきらぼうに質問しました。
 芥川はその質問に返事することができませんでした。何事にまれ言葉が用意されているような多才な彼が、返事ができなかったということ、それは晩年の彼が初めて誠実な生き方と文学との歩調を合わせたことを物語るように思われます。(中略)
 とにかく一つの話があって、芥川の想像もできないような、事実でもあり、大地に根の下りた生活でもあった。芥川は、その根の下りた生活に、突き放されたのでしょう。いわば、彼自身の生活が、根が下りていないためであったかも知れません。けれども、彼の生活に根が下りてないにしても、根の下りた生活に突き放されたという事実自体は立派に根の下りた生活であります。(『堕落論・日本文化私観』 P95)


 三島由紀夫は、文学とは蟹のように現実と関わらずに、蟹のように引きこもって生きるには最適な職業だと述べていますが、芥川龍之介もカニのような生き方をしてきたのでしょうか?もしかしたら、蟹のように穴に引きこもっていたにも関わらず、この農民作家の根の下りた現実に触れることで言葉を失ったのかもしれません。もっとも、安吾はその根の下りた生活に突き放されたという事実自体が立派に根の下りた生活なのだと述べていますが・・・。

 だから、何と言うつもりもないんですけどね。ただ、なんとなく、この話は現在の日本の堕胎の状況とリンクしているようである種の気持ち悪さを感じました。あまり話題になることは多くないですが、日本では年間の堕胎件数が30万件近くになっています。97年以降長いあいだ自殺者数が3万人を突破していたということはよく言われますが、堕胎件数はその約10倍です。

 もちろん、堕胎と殺人は違うのですが、妊娠した女子高生が、生まれた赤ちゃんをトイレに流したという事件で「これは恐ろしい事件だー!!」と大騒ぎする一方で、10代の女子が妊娠した場合半分以上が堕胎を選択するという事実はほとんど問題視しない姿勢はあまりにもアンバランスであるように感じます。生まれてくる前に胎児の四肢をペンチで切り取り、頭を潰してお腹から引きずり出すことには無関心で、生まれてきた直後にトイレで流すことには、あたかもそれが現代社会の歪みを象徴するような出来事であるかのように捉えて大騒ぎする様にはある種の偽善や気持ち悪さを感じます。

 世の中どうしようもないことが多いのも事実ですけど、どうしようもないと考えても問題は解決しないし、どうしようもないからと解決への努力を放棄するのも不謹慎なのかなと思います。かといって、どうしようもない問題を、どうしようもないくせに、なにか深刻に悩んでるようなポーズを取るのも何か偽善的な嫌らしさを感じてしまうのは事実なわけで、結局何が正しいですかね?「この世の中に正しい正解なんて何もないんだよ」などと言って悟った振りをするほど、偽善的になることも、偉そうにすることも出来ないですし、まあ、やはり人生って正しく生きようと考えると、どこまでも難しいと思います・・・。


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↓全然、話の内容がまとまってないんですけどねー、なんか厨二っぽい問いに浸りたい気分なんです(笑)応援よろしくお願いします(σ≧∀≦)σ


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2014年04月05日

KAZUYAチャンネルの成功から広告費&クリエイター奨励システムの意義を考える

 HIKAKINやKAZUYAの成功を見て、「これは俺も乗っからないとなー」と思い先月からいくつか動画を作成し、アップロードしていますので、今回は色々と実際にやってみた感想を書いてみたいと思います。

 ちなみにHIKAKINとはYouTubeでゲームのプレイ動画やコンビニで話題の新商品などを紹介する3分〜5分程度の短い動画をいくつもアップロードすることで人気を博した通称ユーチューバーというやつで、現在上げる動画のほとんどが数十万〜百数十万再生に到達するというネット上で大人気の動画作成者です。KAZUYAはYouTubeとニコニコ動画でKAZUYAチャンネルという動画を作成し、政治ネタを中心に時事的なニュースの話題を取り上げ、こちらも3分〜5分程度の長さの動画にまとめてアップロードしている人気の動画作成者です。

 ここまで聞くと、「あー、はいはい、いわゆる『今ネットで話題の○○!!』ってやつね・・・」といった感想しか持たないでしょうが、ここから面白いのが、実は今現在YouTubeでは1再生ごとに0.1円程度のGoogleの広告システムと連動した広告収入が入るシステムが採用されていて、その後、後追い的にニコニコ動画でもクリエイター奨励システムという動画の再生数、コメント数、マイリス数等に応じて動画のアップロード者に現金に換金可能なポイントが入ってくるシステムを採用するようになりました。

 つまり、まあそれまではアマチュアのクリエイターが自己満足的に作って色々な動画をアップロードしていましたが、今後は、面白い動画をアップロードして再生数を稼ぐとその再生数に応じて収入が入ってくるというわけなのです。

 たとえば、HIKAKINなら1つの動画で30万再生くらいはいくので、1再生0.1円で計算すると3万円の収入があり、さらにそこから企業からの協賛金を合わせると3〜5分程度の動画をアップロードするだけで何万円もの収入が得られるわけです(ちなみに現在のHIKAKINの年収は3000万円を超えているとか・・・)。

 また、KAZUYAもHIKAKINほどではないですが、1本の動画が5万回ほど再生されているので、おおよそYouTubeから5千円ニコ動から1万円程度の収入が入るので、合わせて1万5千円程度の収入が入ります。そうなると毎日アップロードすれば月に45万円ほどの収入になるため十分それだけで独立して言論活動を行っていける程度の収入を確保できます。

 現在、出版不況で言論人が、本の出版だけでは到底生活が出来ないというような状況において、このようなカタチで収入を得ることとができるようになったということには一定の意義があるように私は思います。特に、出版不況で本を売るだけでは生活できなかった分、講演会等で紐付きの発言を繰り返すうちにどんどん言論が制限されていって、最初は面白かったのにどんどん凡庸なツマラナイ言論人になって才能があったはずの言論人がダメにされたケースを数多く見かけるような現在にあっては、このように企業や一部の利益団体から独立して収入を得られる道が開けたということはそれなりに意義のあることなのではないでしょうか。

 そこで、まあ「有名な動画作成者がお金を稼げるようになったのはわかったけど、それ以外の普通の人でもお金を稼げるのかよ?」と疑問に思った人も多いと思うので、今回は私自身が動画をアップロードしてみた感想を書いてみたいと思います。

 まず、はじめにYOUTUBEの方はなかなか再生数を稼ぐのが難しいのですが、ニコニコ動画の方はタイトルやタグを工夫したり、生放送で動画を再生することで再生数を増やす等色々と工夫して再生数を伸ばせます。

 それから、ブログと動画のアップロードを両方やってみた感想として、今はYouTubeやニコニコ動画で再生数を稼ぐと、広告料として収入が入ってくるので、文章による記事よりもはるかに収益化しやすいように思います。

 最後に、発言の自由度についてですが、残念ながら、先に書いたようになんでも自分の思ったことを好きに発言してどんどんお金を稼ぐというのは、少なくとも初期の段階においてはほとんど不可能です。現実には、色んな形式の動画をいくつもアップロードしながら、どのような動画をアップロードするとより多く再生されるかということを実験して、たくさん再生されるような動画を中心にアップロードしていくことになるでしょう。自分が好きな発言をすることの前に、まずは、とにかく皆に注目されるようなコンテンツを作成することが重要課題になりそうです。

↓YouTubeとニコニコ動画に動画をアップロードして、お金を稼ぐためのコツについて解説した動画をアップロードしたので参考にしてもらえると幸いです












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2014年04月02日

藤井聡さん×佐藤健志さん×西部邁さんの鼎談を見て・・・

 先日、西部ゼミナールで行っていた藤井聡さんと佐藤健志さんと西部邁さんの鼎談を見て非常に面白かったので、感想を書いてみようかと思います。

 特に、2回目の鼎談で面白いと感じたのですが、佐藤健志さんが自分の欠点を冷静に見つめることの重要性を説いていたところです。藤井聡さんは、『大衆社会の処方箋――実学としての社会哲学』という本の中で、大衆的人間の重要な特徴として、「傲慢性」と「自己閉塞性」という2つの特徴を挙げているのですが、この二つが大衆的人間の特徴であるとすると、「自分の欠点を冷静に見つめられること」は大衆的人間の最も困難とするところであると言えるかもしれません。

 ちなみに、この『大衆社会の処方箋――実学としての社会哲学』という本を書く上で参考にしたというスペインの哲学者であるオルテガは、『大衆の反逆』という本の中で「バカな人間は邪悪な人間より性質が悪い」と書いているのですが、その理由はまさに、「邪悪な人間はたまに邪悪でなくなる時もあるが、バカは自分がバカであることに気づかないために死ぬまでバカであることを止めないからだ」と述べているのですが、これはまさに先の佐藤健志さんと、藤井聡さんの発言とリンクしていると思います。つまり大衆的人間(要はバカ)は傲慢性と自己閉塞性を兼ね備えているために、自分が馬鹿であることに気づくことが出来ない。よって、そのような大衆的人間は死ぬまで自分の考えや能力に疑問を持つことなく大衆的人間として死んでいくというわけです。

 また、私は、佐藤健志さんが自分の欠点を冷静に見つめることの重要性について述べた時、即座に、坂口安吾がエッセイで書いていた、とある勇猛な女性の雑誌編集者から執筆依頼を受けたときのエピソードを思い出しました。

 この女性編集者からの以来の前に、安吾は文芸批評の仕事を請け、普段はあまり雑誌を読まないものの、この時は心中決して日本中の雑誌をみんな読んでやれという気分になり、みな読んだ後に、様々な大物作家の文章を徹底的にこき下ろすような批評を行っており、それがこの女性編集者の目にとまったためか、彼女から、「インチキ文学撲滅論」という50枚の原稿の依頼の手紙を頂いたというのです。

 その時に、書いた安吾の文章が実に面白い。

 不幸にして、僕にはインチキ文学ボクメツの勇壮遠大な雄図はないので、まして「ボクメツ」の自信はない。のみならず、困ったことに僕自身がインチキ文学の作者であって、正真正銘の文学に縁の遠い筋素性の悪さを自覚している次第である。
 荷風先生浩二先生孝作先生をヤッツケたとて「ボクメツ」しているわけではないので、いわば自戒の一法であり、先生方をボクメツするよりも自らのインチキ性を憎み呪い常にボクメツを念じているため、はからずも思いがこもって人をボクメツするかのようなアラレもない結末となる。なんじょう諸先生方をボクメツし得んや。因果はめぐり、自らをボクメツするのみ、僕のインチキ・ボクメツはただの自戒自戦自闘です。とても何々女史のように一刀両断、バッタバッタと右に左に藁人形を斬り倒すように行かない。僕はただ自分を斬っているだけ、自分のインチキ文学を憎み呪い、悪戦苦闘、あげくの果の狂態、僕はダメです、男の子だから。そして僕はともかく作家だから。僕は自分を知っています。自分のことが全部です。
 女史達はサッソウと、勇ましく、前進、ああ、スバラシイなア!インチキ文学ボクメツと仰有る。そう考えていらっしゃる。ボクメツの自信も手腕もおありに相違ない。
(『堕落論・日本文化私観』)


 この文章自体も面白いですが、さらに面白いのが、なんと、この女性編集者から依頼された「インチキ文学撲滅論」の文章の代わりに、このような文章を送り返したということです。なんとも人を喰ったというか、「私もアナタが撲滅しようとしているインチキ文学者の一人ですが、それを自覚してる分だけ貴方よりはマシでしょう」と遠まわしに言っているようで愉快な思いがします。まるで「私は自分が無知であることを知っている分だけ、アナタ方より少しばかり知恵があるようだ」と言って当時のすべてのソフィスト達に喧嘩を売り、結果として牢屋に入れられ処刑されたソクラテスを彷彿とさせます。

 また、似たような話として、ある人物に軽喜劇の脚本を書きたいから世話してくれと頼まれた時のエピソードも書かれています。

 全然素人で、浅草の芝居を見て、こんなものなら自分も作れると思ったというのだが、自分で書きたいという脚本の筋をきくと、愚劣千万で話にならない。こういう素人は、自分で見てつまらないと思ったって、それ以上のものが書ける証拠ではないのだが、恐れを知らない。自分を知らない。
 夏目漱石を大いにケナして小説を書いている私は、我身のことに思い至って、まことに暗澹とした。まったく、人を笑うわけにはいかないよ。それでも、この人よりマシなのは、私は人の作品に学び、争い、格闘することを多少知っていたが、この人はそういうことも知らない。何を読んだか、誰の作品に感心したか、ときくと、まだ感心したものはないという。モリエールや、ボルマルシェや、マルセル、アシャアルを読んだかときくと、読んだことがないという。名前すら知らない。無茶な人だ。


 また、やはりこのような人たちに心底呆れている安吾は、先程の女性編集者と会った時に、自分の身の程を知ることの重要性を説こうかと考えますが、なんとなく思いとどまります。

 この人は、この日記をつけはじめた前日、即ち7月6日に、速達をよこして、インチキ文学ボクメツ論をやれ、という。先方が女だから、インチキ文学というのと、ボクメツというのが、なんとも、時世的に勇ましく、私は笑いがとまらなかった。女のほうが勇猛カッパツ、凄すぎるよ。私はジャーナリズムの厭らしさにウンザリして、拒絶の代わりに、勇敢無敵御婦人ジャーナリストをひやかす一文を草して、そくざに送ったのだ。
 おとなしそうな娘さんなのだ。けれども、時にチクチク皮肉めき、なにか、素直ということが悪さを意味するとでも思っている様子で、どうも苦しい。痛々しい。インチキ文学ボクメツどころか、坂口安吾などというのが、本当はインチキそのものなので、私が偉そうに、諸先輩先生をヤッツケ放題にヤッツケているのなど、自分自身のインチキ性に対する自戒の意味、その悪戦苦闘だということをご存知ない。誰しも御自身のインチキ性を重々知ることがどんなに大切か、この人に語りたかったが、素直に受けてくれず皮肉られそうだったから、言わなかった。


 坂口安吾といえば、『堕落論』というエッセイが最も有名ですが、このような文章を読んだとき、もしかしたら、安吾は堕落を愛するが故に、『堕落論』を書いたのではなく、むしろ、自らの堕落に無自覚な取り澄ました連中への憎しみから書かれたのかもしれないなどとも思えてきます。それも、安吾の一流のセンスによって、あくまで挑戦的ではなく、そのようなどこまでも立派そうな面をして取り澄ました連中をひやかすかのように書いたのかのかもしれません。


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2014年04月01日

日本は今すぐTPPから離脱せよ!!

 今日の朝に車の中でラジオを聴いていて本当に腹が立ったニュースを紹介しようと思います。

自動車貿易巡り日米2国間協議始まる

TPP=環太平洋パートナーシップ協定の交渉と並行して、アメリカが要求する自動車貿易を巡る基準の緩和などを話し合う日米の2国間協議がワシントンで始まり、合意に向け妥協点を模索することにしています。(中略)
今回の協議では、アメリカから日本に自動車を輸出しやすくするため安全や環境に関する日本の基準の緩和や、アメリカで日本車の輸入が急激に増えた場合に関税を一時的に引き上げる特別な保護制度など、アメリカ側の要求について議論を交わす見通しです。
(NHK Webニュース http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140401/k10013404481000.html


 これのどこが、2国間の妥協点を模索した協議なのか?と。内容は、「アメリカから日本に自動車を輸出しやすくするため安全や環境に関する日本の基準の緩和や、アメリカで日本車の輸入が急激に増えた場合に関税を一時的に引き上げる特別な保護制度」の要求のみ。

 日本からの要求は一切なく、日本からの「これ以上の譲歩はしない」という最低ラインの提示すらもなく、これのどこが2国間の「交渉」なのでしょうか、どうみても「アメリカからの一方的な圧力」であるようにしか私には思えません。

 中野剛志さんは、民主党時代TPP交渉参加以前から、「今回のTPPにおけるアメリカからの要求は、オバマが各種業界団体の意見を集めて、ホッチキスで留めだだけのものだ」などと言っていましたが、はっきり言ってメチャクチャです。

 そもそもアメリカは真面目に交渉する気すらないのでしょう。一方的にめちゃくちゃな要求を突きつけておきながら、「飲めないなら日本はTPPに参加させないよ」などというまったくもって不誠実な態度を取り続けるなら、日本は参加しなければいいだけの話です。

 ところで、TPP交渉参加前には、「一旦、交渉に参加してみて、条件が悪ければ抜ければいい」などと言っていたTPP賛成派の連中はこの惨状を見てなんとコメントするのでしょうか?「どうやら、日本はアメリカと対等に交渉することは難しかったようだ。このままではアンフェアな条約を押し付けられる可能性が高いから抜けよう」と言ってくれているのでしょうか?

「TPPは国家100年の計」「日本とアメリカで東アジアの新しい貿易秩序を作る」こんな空疎で無意味な虚仮威しのスローガンを連呼し、不毛な交渉を続けることより、はっきり言って、今の日本に本当に必要なのはこのTPPを離脱しバカげたTPP交渉とアメリカとの2国間協議を白紙に戻し、一旦国内に戻って「果たしてなぜ日本は同盟国であるアメリカと対等な交渉が出来ないのか?」という問題について真剣に議論し、必要であれば、軍事、経済、エネルギー安全保障、食料問題等、あらゆる分野において、アメリカ依存から抜け出し、日本の自立と独立性を確保するための国内体制を整備することでしょう。

 最後にもう一度言います

日本は今すぐTPPから離脱せよ!!

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