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2014年03月06日

雑記〜いつもの8割増で頭がおかしくなってきました〜

 今回は雑記です。最近このブログにしては珍しく政治ネタ経済ネタが少ないのですが、滝本竜彦作品を読みあさってるせいだと思います、なんというか外界の出来事への関心が薄れもっぱら内的世界、精神だのなんだののことばかり考えています。最近、ショッキングな出来事が続いたのと、おかしな本を読み漁ってるせいで、いよいよもって脳と精神がおかしくなってきました・・・

 最近、ブログでもASREAD記事でもツイッターでも『ユーザーイリュージョン』という本を面白いとおすすめしてていましたけど、あれって読み方によっては結構危険な書なのかもしれないです。特に精神力が弱い人が読んだり、普通の人でも精神が弱ってる時に読むのは危険です。

 簡単に説明すると、自我も、自分が現実だと思ってる世界も実は全て脳が作り出したイリュージョン(幻想)に過ぎないって本で、普通の人は、「まあ、そんな考え方もあるのか」って読み流す内容なのですが、精神的に弱ってると、ものすごい世の中の本質であるかのような妄想に囚われます。

 まあ、もっとも、仮に自分が現実だと思っている世界が幻想だとしても、その現実だと思っているものが重要ではなくなるわけではないんですけどね。なにしろ、人間は、それが現実だと思っているような仕方でしか世界を認識できないわけで、本来の人間の感覚を経由しないで直接に存在そのものを感知するなんてことは不可能なので、やはり、たとえ本当は幻想だとしても、それ以外の真の現実は存在しないのと同じなんです。

 そうだと、わかってはいても・・・まあ、あまりにも弱りきった精神状態においては、そんな「自分たちが現実だと思ってる世界は虚構、まやかしに過ぎないのだ」というテーゼがたまらなく慰みになってしまうわけです。おそらく、ついさきほど読み終わった滝本竜彦の作品『ムーの少年』も、そのような問題がテーマだったんだと思います・・・。

 まあまあ、そんなわけで、『ユーザーイリュージョン』を読んだ後に滝本竜彦作品をすべて読むと、おおよそ精神的に立派な廃人が誕生します。てか、しました。今、ここでキーボードをカチャカチャ打ってる俺はある意味精神的廃人です。最近、「現実と妄想の区別って、そんなにくっきりと二分出来るものなのか?」などと考えてるうちに、どんどん現実から現実感というものが失われていっています。きっとそのうち俺の体はだんだんと薄くなっていき、そのうち消えてしまうと思います。でも、安心してください、きっとその時には、皆の記憶の中かからも俺の存在はなくなってるはずなんで何も悲しくはありません・・・。え、「お前なんて消えたって全然悲しくない」って?そうですか、それを聞いて僕が今悲しくなりました・゜・(ノД`)・゜・

 そういえば、いつの日か中野剛志さんが、飲み会の席で「思想は、扱い方を間違えると危険だ」って言っていたことがあったんですけど、なんとなくその意味がわかった気がします。

 新興宗教の教義とかが典型的ですが、一見どれだけ常識外れで馬鹿げた妄想のような考えにも、完全に無矛盾に説明しうる理論って付与しうるのです。この世界は、「完全にまやかしで幻想なのだ!!」というような荒唐無稽な考え方も実は、完全に無矛盾な反証不可能な論理を形成しうるわけで、衰弱しきった今の私には、そんな論理がたまらなく魅力的に感じられるのです。まあ、その体系内で無矛盾であるからといってその命題が真であるという十分条件にはなりえないのですけど。

 かつて、マックス・ウェーバーの『職業としての政治』を読んで以来、「神秘主義者にはなるまい」と心に誓ったつもりでしたが、今の私の思想は、結構神秘主義に近いと思います。

 ああ、きっとどこかにこの野卑な下らない現実とは違ったより高い次元の真実の世界が・・・あったらいいですね・・・ふぅ・・・

 ところで、凡庸なつまらない思想を称して「毒にも薬にもならない」と言いますが、真に人間の意識やら精神やらに変革を迫るような思想は限りなく毒に近いのではないかと思います。たとえそれを提唱した人物が薬のつもりで説いていたとしてもそうです。

 そもそも、意識の変革を迫るような思想というのは、つまり既存の秩序を破壊するような思想でしょう。この世界で当たり前に受け入れられていた秩序、疑うことなど夢にも思わなかった常識、良識、そういったものを根こそぎぶち壊す思想こそが革新的な思想なのだとすれば、それが、安全であるわけはないでしょう。

 革新的な新しい考えを発表した人間のうち悲惨な末路をたどった人間はやはり少なくなく、地動説を唱えたガリレオは異端審問にかけられ軟禁状態での生活を送りますし、反キリストの思想を唱えたニーチェは梅毒で頭がおかしくなって死にました。それまでのソフィストたちと徹底的に戦ったソクラテスは「アテナイの国家が信じる神々とは異なる神々を信じ、若者を堕落させた」などの罪状で公開裁判にかけられ死刑になりました。

 今は、これだけ言論の自由が広く保証されているにも関わらず、彼らほど革新的な思想を発表する人間は皆無でしょう。時間が経つごとに、エントロピーが拡大し、暖かい空気と冷たい空気が混ざり合い、全体がぬるい空気と化すかのように、時代が下った今の時代は知的精神的に限りなく平べったい時代になったのではないかと思います。


ASREADに寄稿しました!!またまた『ユーザーイリュージョン』をヒントに考えるということについて考えてみました⇒頭が良いとはどういうことか、考えるとはどういうことなのか | ASREAD http://asread.info/archives/490




↓最近はわりとぼやっとした記述が増えている気がします。もしかしたら、私の考え方と脳みそがぼやっとしているからかもしれません・・・応援よろしくお願いします(σ≧∀≦)σ


posted by 古谷経衡と倉山満による不当な言論弾圧を許さない市民の会 at 18:03 | 神奈川 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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