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2014年02月11日

都知事選所感と保守の課題・・・

 舛添要一がトップで、田母神さんは61万票で4位。まあ、終わってみればこんなものか、といった感じもしますが、当初泡沫候補扱いであった田母神さんが選挙終盤では主要候補の一人になり、61万票を獲得したのはやはり凄いことであったと思います。

 田母神さんを支援していたボランティアスタッフの方々もお疲れ様でした。今現在、若者が右傾化しているだの、日本全体が右傾化しているだの言われていますが、やはりそれでも、未だに公に「私は田母神さんを支持します!!」と表明するのは相当な抵抗感があるのが実情なのではないでしょうか?そんな中で、はっきりと田母神支持を表明することは相当勇気のいることであっただろうと想像します。

 自民党の支援を受けて無難に戦った舛添や、脱原発と弱者救済を訴えていた宇都宮健児、あるいは派手なパフォーマンスで若者ウケを狙っていた家入一真等と比較すると、やはり、まだまだ田母神陣営=なんとなく怖い右翼といった印象が一般的なのかもしれません。もちろん、そのような状況でも、頑張って田母神さんを支援してくれた沢山の人々がいたということは素晴らしい事だと思いますが、一方で、三橋貴明さんが言っているように、選挙に勝つという現実的な目標を掲げる上では、マジョリティーであるノンポリ層を取り込む必要があるように思います。

 また、言論においても、保守はより多くの人びとを取り込めるようにするべきであったように思います。確かに、現状において、わゆるネトウヨと呼ばれるような層も増えていて、実際にこの層が選挙の結果に一定の影響を及ぼすような規模にまで増加していることも事実ですが、一方で未だに、
保守=右翼 ネトウヨ バカっぽい
というような印象が残っているようにも思えます。

 書籍を読んだり、動画で話をしているのを聴いてみれば、実際にはいわゆる自称中道左派の革新派といった言論人の主張は内容がペラッペラで(まあ、それもマルクスと共産主義といった思想的バックボーンが完全に崩れているという現状を考えればある意味当然かもしれませんが)、むしろ、保守の言論人の方が現実的かつ、一定の密度を保った内容の情報を発信していることも多いのですが、一度なんとく定着してしまった 保守=ネトウヨ バカっぽい という印象を覆すのは、そう容易ではありません。

 では、「具体的にどうするればいいのか?」となると、なかなか難しいので、少し抽象的な話をしてみると、たとえば、中野剛志さんは、戦後保守について、一貫して主体性を持たず、単なる戦後左翼の裏返しとしての運動や言論に終始していたと説明ししています。つまり、左翼が社会主義なら、保守は資本主義。左翼がインターナショナリズムなら、保守はナショナリズム。そして、左翼が小賢しい理屈を述べれば、逆に保守は感情論や実力行使に走るといった具合です(もちろん、戦後において左翼も様々な変遷を経ているため必ずしも戦後一貫してこのような図式が当てはまったわけではありませんが)。

 この中でも、特に 保守=バカっぽい という印象をつけてしまう原因になったのが、左翼の小賢しい理屈に対し、保守の側が感情論や実力行使に出てしまったことなのではないかと思います。もちろん、感情論や実力行使が必ずしも悪いとは言いませんが、やはり一方でもう少しスマートなやり方もあったのではないでしょうか。

 例えば、左翼が小賢しい理屈で勝負しようとするのに対し、保守の側は、整合性の取れた論理に加えて、人間の感情や社会をシステムとしてばかりではなく、有機体としても捉えるような重層的かつ包括的な視点、あるいは、未来志向の左翼に対し、未来も視野に入れつつ、より深い過去の歴史性や時間性を踏まえた奥深い論理を持って対抗するという手段も有り得たでしょう。いや、むしろ、合理主義的なマルクス思想、共産主義思想が現実世界で破綻した時、「これだから頭でっかちな合理主義的思想はダメなのだ」として安易に論理を放棄するばかりではなく、合理主義的思想の不合理性を超越するような理論体型を構築する絶好の機会、あるいはその必要性が保守の目の前に突き出されたのではないでしょうか。

 左翼思想が衰退していく中で、知的エリート層は、実学、いやもっとありていに言えばビジネスの世界にのめり込んでいきました。金銭によって、あらゆる価値が測定されるビジネスの世界において、教養はその意味を失い、同時に品性すら、無用の長物と化しました。唯物論のマルクス思想が放棄された時点で、より即物的な価値観が蔓延したのは皮肉なようでもあり、しかし実感としては、「まあそうなるよね」と妙に納得いくのも事実です。

 IT技術の進歩による情報社会化と、株主資本主義へのビジネス文化の変化は、ビジネスを人びとの生活や人生と密接不可分な生業から、エリートの知的遊戯に変化させました(実際には、世に喧伝されるほどに、この知的ゲームの勝者は多くなく、ほとんどの人間が惨めに破れていったワケですが・・・)。

 このような知的エリートのビジネスブームへの傾倒というのも、一つには、やはりそれまでエリート層の知的好奇心を満たすような、あるいは、それを活用し、また競い合うような知的フィールドがどこからも与えられなかったことに原因があるのではないでしょうか。

 もしかすると、真に重層的かつ、包括的で深い内容を持った思想が日本で現れれば、このような気持ち悪い即物的なビジネス至上主義、金銭至上主義的な空気を多少まともにしていくことができるのではないかと私は、考えていて、元来、保守思想にはそのような可能性を秘めているのではないかと思っています。

 ところで、ビジネスブームや学生起業ブームすら完全に下火になってしまった現在、彼らは一体どこで何をしているのでしょうか?意識高い学生や社会人をやってるのか、ただ自堕落に毎日を過ごしているのか、自分の能力や知性を活用する場が存在しないことを嘆き無気力な毎日を過ごしているのか、あるいは、自分だけの真理を追求すべく密かに勉学に励んでいるのか・・・うーむ、謎ですσ(ーー*) ン-...


ASREADさんに記事寄稿しました!!こちらもよろしくお願いします!!⇒『「民主主義は最悪な政治といえる」という言葉の真意』http://asread.info/archives/445




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posted by 古谷経衡と倉山満による不当な言論弾圧を許さない市民の会 at 02:56 | 神奈川 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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