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2014年01月13日

『まともな日本再生会議』(中野剛志×柴山桂太×施光恒)を読んで〜まともなナショナリズムと薄っぺらなナショナリズムについて〜

 久しぶりに、本のレビュー記事です。『まともな日本再生会議』は中野剛志さんと柴山桂太さんと施光恒さんの3人の鼎談本です。まだほんの数ページしか読んでないのですが、本書の冒頭に中野剛志さんが「ランキング・ナショナリズム」という言葉を用いて、現在の日本のナショナリズムの歪みについて非常に面白い解説をしていたので、その議論をテーマに今回はナショナリズムについて考察してみたいと思います。

中野 安倍政権は保守色が強いとされ、また安倍首相は、海外からはナショナリストと認識されています。
 まずナショナリズムに関してですが、安倍首相はことあるごとに「日本経済を強くし、世界一を目指します」などと言います。2013年3月の施政方針演説では、訳40分の演説中、「世界一」を7回も使いました。
 この演説では「日本を世界の成長センターに」というセンター(中心)という言葉も使いましたが、2020年東京五輪決定後にも、安倍首相は「世界の中心で活躍する日本の姿を、世界中に発信していくことが、東京開催決定の感謝の気持ちを表す最善の道と考える」と言いました。
 安倍首相は「世界一」「センター(中心)を目指すというわけです。
 しかし、これはナショナリズムの履き違えです。
 安倍首相のナショナリズムは「オリンピックで世界一になりました」というような同じルール、同じ基準で比べて自分たちが一番になったというもの。そこでは世界の基準は一つ、文化の優劣を前提としています。GDP(国内総生産)や金メダルの数といった基準で、一律にグローバルな競争をしてほかの民族よりも優れているということを競うという、いわば「ランキング・ナショナリズム」なんです。ランキング・ナショナリズムは、グローバルに汚染されたナショナリズムなのです。
 でも、本来のナショナリズムは世界の国ごとの多様性が生み出す価値の違いを尊重すること、ではないでしょうか。
 たとえば、世界三大珍味の一つ、フォアグラは「世界一美味しい」といわれているけれども「いや、私はこの塩辛の方が好きだ。なぜかって?それは昔から食べているからだ、以上」。これが多様性を尊重する本来のナショナリズムです。九州出身の人は地元の塩辛が好きで、もしかしたら、山口の塩辛の方が美味しいかもしれないけど、「俺は地元の塩辛が好きなのだ」という、自分の村で暮らしてきて、その村の産物を食べるというのは健全なことで、それが文化であり、それが世界の多様性を生み出している。慣習的で愛着を持っているものをそれぞれに尊重する。これが健全なナショナリズムです。
 世界には美味しさの基準はたくさんあって、国ごとにそれぞれの価値観がある。そのそれぞれの価値観を守ろうというナショナリズムであるべきなんです。ナショナリストは、自分の国が客観的に見て世界一ということを自負するのではなく、自分にとって一番いい国だから自負するのです。ギリシャを例にとれば、いくら周囲から見ればひどい状態でも、ギリシャ人にとってはかけがえのない国である。これが本来のナショナリズムです。


 この議論を読んで、私はなんとなくフィリピンのことを思い出しました。私は、最近フィリピン人の方と色々と議論やお話をする機会があったのですが、その方とお話をして、フィリピンの方は大変立派な愛国心をもっているのだということに感心しました。

 フィリピンは、よく知られているようにフィリピンは16世紀にスペインの植民地になり、その後アメリカの植民地になりました。日本の保守や右派の人々はしきりに、日本の万世一系の皇統と、かつて日本が一度も外国の植民地になったことがないという事実をもって、「日本は素晴らしい国だ!!」「この素晴らしい国を愛そう!!」と語りますが、フィリピンの方々は、たとえ自国が永きにわたって外国の植民地であっても、そんなこととは関係なく愛国心を持っています。

 もちろん、こんなことは海外の国からすれば当たり前のことなのでしょうが、日本国内においては、特定の種類の人々がしきりに日本が他国に優越している点を並べ立てては、「これだけ日本には(海外と比較して)立派な歴史や功績がある!!だから我々は日本を愛するべきだ!!」などと喧伝しつつも、なかなか健全なナショナリズムが共有されにくい現状があります。そこから比較すると、やはりフィリピン人の、自国の侵略されてきた歴史を直視しながらも、その上で自国に誇りを持とうとする姿勢は大変に立派な姿勢であるように思えます。

 いくら他国から見てひどい国であったり、ひどい歴史であっても、自分にとって良い国であるから愛する。これこそが健全なナショナリズムであるのだと考えると、やはり韓国のように歴史を捏造し、自国の惨めな歴史から目をそらして「うりの国家は世界一ニダー!!」とやるのは大変卑劣であるように思えますし、日本のように、ことさら他国と比較して優越している点を並べ上げて、「ほら、こんなに日本はすごい国でしょう?だから、私たちはこの国を愛するべきなんですよ」などとやるのもどこか下卑たいやらしさを感じます。

 でも、それは当然でしょう。たとえば、あるブサイクで貧乏な男と付き合っている女性に対して、金持ちのイケメンな男性が「アナタは、あんな男のことよりも、私のことを愛するべきです!!何故なら、私はあんな男よりも財力も、地位も、容姿も全て上なのですから、私のことを愛するのが当然なのです!!」などと言ったとしたら、おそらくそれを言われた女性は心底うんざりして、「なんてこの人は浅ましい精神の持ち主なのだろうか?」と思い彼の人間性を疑うでしょう(まあ、これもこの女性が立派な、あるいはまともな女性であればの話ですが・・・)。

 もちろん、ある種の保守派、あるいは右派の知識人や評論家が、戦後の左翼全盛の時代に、左翼の自虐史観に対抗して、「日本人も愛国心を持つべきだ!!」と頑張って言い続けてきた努力は認めます。しかし、もはや左翼的な思想の流行も廃れ、若者の右傾化などが囁かれるような時代にあって、未だ「○○と比べて日本は良い国!!」などとやっているのはあまりにも品と知性に欠けた知識人としてはあるまじき行為あるいは言説なのではないでしょうか?

 7年後の東京五輪まで「世界の中心」で発信するというけれど、ランキング・ナショナリズムが横行して、ただただ英語をペラペラと話して軽薄にプレゼンができる。愛想笑いを浮かべて中身のないことを喋る日本人が量産されるでしょう。それこそ三島由紀夫が言った「無機質な、空っぽな、ニュートラルな」という日本になりますよ。

 これについても全く同感です。一時期、やたらと高学歴、というか今でいうところの意識高い系の人々(?)の間で、「海外に出て言って、日本の良さを海外に発信していこう!!」という言説が流行した時期がありました。これなども、一見愛国心にもとづいたナショナリスティックな言説であるように思えますが、実際には、ほとんどグローバルリズムの裏返しに過ぎないと私には感じられます。中野剛志さんの言葉を借りればグローバルに汚染されたナショナリズムでしょう。現在で言えばグローバリズム、当時は国際化という言葉が流行していたのですが、ほとんど頭が空っぽな連中が、一旦、国際化の方向に振れたものの、国際化の流行に飽きて逆転しては「日本の良さをー!!」などと言ってみただけでしょう。仮に、流行に敏い彼らが、国際化の大合唱をしてる連中の薄っぺらさにうんざりするくらいの落ち着いた知性と感性を備えていたならば、そこから健全なナショナリズムの育成に向けた努力も行われた可能性もありますが、残念ながら、彼らは、国際化人間の薄っぺらさをそのまま受け継いだ結果として、次の流行の愛国心に移ったために、やはり愛国心を語る上でも、国際人と同様の軽薄さと密かな自国蔑視が保存されたままの薄っぺらい言説になってしまったのだと思います。


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posted by 古谷経衡と倉山満による不当な言論弾圧を許さない市民の会 at 18:44 | 神奈川 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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