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2014年01月06日

宇都宮健児ヤバイだろ・・・

毎日新聞 2013年12月28日 07時00分

猪瀬直樹氏の辞職に伴う東京都知事選(来年1月23日告示、2月9日投開票)に、
前日本弁護士連合会会長の宇都宮健児氏(67)が無所属で立候補する意向を固めた。
28日の市民団体の集会で出馬表明する。
次点だった前回2012年に続く挑戦で、
特定秘密保護法制定など安倍政権の姿勢を批判しつつ、脱原発や格差是正を訴える。
五輪は無駄を省いて準備を進めるとしている。

宇都宮氏は、毎日新聞の取材に
「安倍政権の暴走を止め強権的な政策を改めさせたい。
 (出馬表明をあえて遅らせる)後出しジャンケンはせずに、一刻も早く有権者に政策を訴える。
 28日に(立候補を)言うことになる」と話した。


 おいおい、「安倍政権の暴走を止め強権的な政策を改めさせたい。」って・・・。一体この人物は「東京都知事」の役職と責務、出来ることと出来ないことを理解しているのだろうか?ついでに脱原発に関しても、現在、東京には原発なんて一つもないし、今後もまずもって東京都内に原発が作られることなんてありえないのだが、一体に何を考えてるのか。それから周りにいる人たちは、このような見当はずれな発言に対して何も言わないのでしょうか?

 これらの発言を受けて、私は思わずオルテガの『大衆の反逆』の一番最初の文章を思い出してしまいました。

 ヨーロッパ人の現在の社会生活のなかには、よかれあしかれ、なによりも重要な事実が一つある。その事実とは、大衆が社会的勢力の中枢に躍りでたことである。本来言葉の意味からいって、大衆はみずからの生存を管理するべきではないし、また、そんなことはできない。まして、社会を支配するなどは問題外である。だから、右の(先の)事実は、民族、国家、文化が忍びうるかぎりの深刻な危機に、ヨーロッパが現にさらされていることを意味する。しかし、この危機は、歴史の中で一度ならず生じたのである。その特徴と結果は、わかっている。その名もまた、知られている。それは、大衆の反逆と呼ばれる。

 それまでは、言論あるいは、選挙権という形で専門的な分野に影響を及ぼしてきた大衆が、とうとう被選挙権を行使し直接的にその影響力を行使しようとしてきたのか、あるいはもはやエリートなどというものは、この国から綺麗さっぱりいなくなり、残った大衆人が、この本来エリートが立つべき地位に就こうと企てているのか・・・。

 それにしても、仮にも人口1300万人の都市の知事に立候補しようというのであれば、最低でも都知事にはどんな権限が与えられていて、何が出来て、何が出来ないのか?くらいは勉強しておくべきではないのでしょうか。それとも、政治に関する一切の専門知識を有せずとも、都政の運営くらい簡単に出来ると思えるくらいにこの国における政治の地位は転落しているのでしょうか?

 オルテガは、大衆の代表として専門人を挙げていますが、この宇都宮健児もまさに弁護士という法律の問題に関する専門人です(そういえば、西の方にも弁護士兼おバカタレント出身の首長がいたような・・・)。それから、おそらくは、この宇都宮健児の主張している政治的発言もおおよそ弁護士会の間で共有する一種のイデオロギーなのでしょう、法律の専門家で政治にはまったく無知であり、その上、特定の政治団体ないの妙な政治的左翼的イデオロギーに凝り固まった人物が、今後、オリンピックやあるいは来るべき大地震への対策といった様々な難しい課題に現実的に対応していけるのは非常に疑問です。というよりも、オルテガに言わせれば、「問題外」ということでしょう。

 宇都宮健児氏は、「秘密情報保護法が日本の民主主義を殺す」というようなことを述べているようですが、どうでしょう?私には、このような典型的な大衆人が社会的勢力の、もっと端的に言えば政治の世界の中枢に躍りでてくることそれ自体のほうが余程民主主義の機能停止なのではないかと思えてなりません。


ASREADさんに記事寄稿しました!!こちらもよろしくお願いします!!⇒『アベノミクスで所得が増えない理由とは』http://asread.info/archives/338




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posted by 古谷経衡と倉山満による不当な言論弾圧を許さない市民の会 at 23:50 | 神奈川 | Comment(2) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

中世化する世界・・・

 先日、萱野稔人さんと共著『没落する文明』を書いた神里達博さんがある対談イベントの中で、「現在の世界はどんどん中世化していっている」ということを言っていました。なんだか、ひっかかるキーワードだなぁと思いながら、色々な情報を調べていくと、
「うーん確かに、世界は中世に逆戻りしているのかも・・・」
と思えるような情報に突き当たってきて、最近ますます、この「世界の中世化」というキーワードが気になっている次第であります。

 今回の議論は、特に私の中でまとまった考えがあるわけでもなく、ほとんど思いつきのような発想なので、そのように理解した上で読み流してもらえれば幸いです。

 私は、先日ASREADで『アベノミクスで所得が増えない理由とは』という記事(http://asread.info/archives/338)を寄稿し、現在の日本では、企業の業績が上がっても労働者の賃金が極めて上昇しにくい状況にあるということを解説しました。特に、日本は大企業の力が強く、新規のベンチャーが育ちにくいというビジネス環境であり、株価や大企業の業績が上がりやすい一方で、労働者の賃金が上がらないということは所得の不平等化を招き格差の拡大や固定化を招くのではないかと懸念しています。

 また、川端祐一郎さんは、ASREADの『「技術的失業」について ー テクノロジー崇拝が資本主義を不安定化する?』(http://asread.info/archives/189)という論考にて、

機械化やIT化が「熟練」の価値を希薄化し、資本家(や経営者)が労働者との長期的関係を必要としなくなって、しかも資本家のパワーが相対的に強まるのだとすれば、テクノロジーも資本主義の金融化、流動化そして不安定化と無関係ではないと言えるでしょう。

と述べていますが、ここからも労働者の価値や地位が低下する一方で、資本家のパワーが相対的に向上する可能性について言及しています。有産階級である資本家と、無産階級である労働者の地位の格差が拡大する様子は中世の封建制、農奴制社会をなんとなく連想させないでしょうか?

 また、1300年以降の経済成長率の伸びを見てみた場合、経済成長は1750年以前は事実上なく、過去250年の急速な技術進歩は、人類史上特異なエピソードだったのです。そして、その後の成長は20世紀半ばぶ成長率のピークに達し、以降、減速し、現在もさらに減少し続けています。このままの状況でいた場合、今後の世界の経済成長は極めてゼロに近い水準に近づくことが予測されます。

 また、中野剛志さんは『日本防衛論』の中で戦後の経済の発展段階を3つの区分に分けてそれぞれ解説していますが、

1950〜1972年

(イノベーションと生産性の向上)
19世紀の後半の第二次産業革命の発明が普及し、1972年までに生産性の向上に大きく寄与。1960年代から第三次産業革命の開始。

(世界経済の実質成長率)
4.8%

(企業システム)
旧経済ビジネス・モデル

(国際経済体制)
ブレトン・ウッズ体制

(国際政治体制)
アメリカの覇権

1980〜2009年

(イノベーションと生産性の向上)
第三次産業革命の発明(ICT)による生産性の向上は、1996〜2004年の8年で消滅。その後のICTの技術進歩は、娯楽と通信だけ。

(世界経済の実質成長率)
3.2%

(企業システム)
新経済ビジネス・モデル

(国際経済体制)
ワシントン・コンセンサス体制

(国際政治体制)
G7→G20

2010〜

(イノベーションと生産性の向上)
第四次産業革命は起きず?イノベーションによる生産性の向上なし?

(世界経済の実質成長率)
ゼロ成長?

(企業システム)
新経済ビジネス・モデル?

(国際経済体制)
グローバル化の終焉?

(国際政治体制)
Gゼロ?


ここで注目すべきは、なんといっても2010〜以降の世界の体制でしょう。中野剛志さんは技術的なイノベーションが発生しないゼロ成長時代の到来を予言しているワケです。(ちなみに、中野剛志さんは、過去に共著として『成長なき時代の「国家」を構想する ―経済政策のオルタナティヴ・ヴィジョン』という本を出しいていますが、やはりこれはこのようなゼロ成長時代の到来を見越して出版されたのでしょうか?)

 技術的なイノベーションが発生せず、経済は成長しない、そして有産階級のパワーが強くなりながら、階級が固定化する・・・これらの予測がかなり現実的になっていることを考えれば、「現代の世界が中世化している」という仮説も一定の説得力を持つように思えます。

 多くの人は、このような仮説に触れて、「まさか、そんなことにはならないだろう」と感じるかもしれませんが、現実に日本は過去10年以上に渡ってGDPは成長していないわけです。そもそも、日本の平等社会、あるいは1億総中流時代などと呼ばれていた時代もそもそも失業率が2%未満という現在からは考えられないような低水準にあった高度成長期やバブル期のほんの一瞬であり、考えようによっては、あのような極端に恵まれた時代こそ幻想に過ぎなかったのかもしれません。

 もちろん、気分の良くなる予測ではありませんが、それでもこのような格差は拡大し、一部の資本家のみが裕福になる一方で、その他のほとんどの人々が貧困化し、階層は固定化し、生まれた時からほとんど事実上社会の階層を駆け上がっていくのが不可能な世界が到来するかもしれない、どころか、このまま何の有効な手立ても打てなければそのような世界が到来する確率が非常に高いという現実は皆が覚悟するべきではないでしょうか?あまりに悲観的かもしれませんが、少なくとも今後の世界がたどりうる低位シナリオとしてそのような未来は想定しておくべきであると私には思えます。


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