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現在、評論家古谷経衡氏 倉山満氏等を中心とする言論人グループと係争中です。
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2013年11月28日

藤井聡先生にASREADの記事を紹介していただきました!!そのA

 前回の記事(『藤井聡先生にASREADの記事を紹介していただきました!!』http://achichiachi.seesaa.net/article/381252213.html)で、ASREADに寄稿した記事(『言論人の存在価値と三島由紀夫の遺言』http://asread.info/archives/175)を紹介していただいた事について書いたのですが、今回はその補足で、なんとなくこういうタイトルのエントリーばかりにしてしまうと自慢っぽい感じになってしまうので今回までにします・・・。

 とりあえず、感想としては素直に嬉しいなと。正直言って、現在世の中には、何の価値もないウンコみたいな文章を書いて金をもらって、「俺は知識人だー!!」とえばってる馬鹿が大量に存在していて、俺個人としてはこういった種類の人間を心底軽蔑し、徹底的に文章その他で批判もしていたので、中田さんがASREADを立ち上げ、原稿料を払うので文章を書いて欲しいと言われた時には、正直、嬉しいと思う反面、自分もクソほどの価値もない駄文を書き残して、金をもらってるクズと同類になってしまうのではないか?という不安もあったわけです。

 そういう意味では、ASREADで書いた記事(『インターネットが招く現代の危機』http://asread.info/archives/18)の中で書いた一文、

現在、ブログやツイッター、フェイスブックといったツールの開発によって、誰でも気軽に情報が発信できるようになったものの、中には小賢しい知識と呼んで差し支えないような情報や理屈を並べ立てて偉そうにしている人々が少なからず存在します、おそらく皆さんもそういう種類の人をネット上で見かけたことがあるのではないでしょうか?

これは、相当に自分自身に対する戒めでもあると同時に、まあ、自分もそのういう種類の人間のうちの一人であるという自覚を常に持ちつつ、それでも少しでもマシな勉強をして、少しでも文章をマシな文章を書こうと心がけるくらいしか出来ないだろうと思っているわけです。

 そんなことをごちゃごちゃと考えている中で、僕の大変尊敬している知識人の一人である藤井聡先生に文章の一部を引用していただいた上で、

という箇所は,まさにおっしゃる通り...です.

この溝こそ,近代日本の苦悩の本質だと,当方も思います.


と論評していただき、別の記事に関しても、大変興味深いと評価して頂いたことは、大変励みになったわけであります。

 特に、アフィリエイト報酬が入るわけでもなく、知り合いの女の子に「キャー!!カツトシさんって知的で素敵ですねー(≧∇≦*)」なんて、ちやほやされるでもなく(知り合いの女の子からはほとんど確実に「読んでみようかと思ったけど、難しくて理解できなくて諦めた・・・」と言われますL(-_-)_/☆Ω チーン)「こんなもん書き続けて何か意味あるのかなー?」などと思いながら書き続けていたブログですが、最近は何かとブログを通して良い出会い(女の子との出会いではありませんよ?念のため・・・)があったり、尊敬する知識人の先生の目に触れたりと、いろいろ良いこともあり、やはり続けていてよかったなと思います。やってて良かったくもん式、続けてて良かった政治ブログといった感じです(あ、そういえば現在若手の保守論客として活躍中の古谷経衡さんと飲みに行く機会があったのですが、古谷さんもこのブログの記事を読むことがあるらしく、「カツトシさんは、なんで文章ではまともなこと書いてるのに、ニコ生ではあんな基地外じみたことばかりやってるんですか?」と言われました・・・2度目のL(-_-)_/☆Ω チーン)。

 まあ、そんなわけで、今後もASREADの寄稿と並行しながら、こちらのブログも色んな事をかいていこうと思っていますので、今後ともお付き合いいただければと思います。


新しい記事も寄稿したのでこちらもヨロシクお願いします⇒『行動力とは何か 頭が良いとはどういうことか』http://asread.info/archives/200




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2013年11月27日

藤井聡先生にASREADの記事を紹介していただきました!!

 えー、本日なんと、京都大学教授で、現内閣参与の藤井聡先生にフェイスブックで、僕の寄稿したASREADの記事『言論人の存在価値と三島由紀夫の遺言』http://asread.info/archives/175 を紹介していただきました!!
 以下は、紹介文になります

以前ご紹介した,ブログ「asread」で,とても興味深い記事がございましたので,ご紹介差し上げます.

過日,ナショナリズムについて先崎さんと対談させて頂いた内容を引用しながら書いておられます.(当方の発言に関するものについては論評控えさせて頂きますが)三島を引用しつつ最後に書かれている,

=========
一方は「不可避の流れに逆らって、わざわざ苦悩することに何の意味があるのだ?」と考え、
もう一方は「この大きな流れに身を任せ何の疑問も抱かず機械のごとくプログラム通りに生きることに何の意味があるのだ?」
と考えるのでありますから、この両者の溝は決して埋まることはないでしょう。
=========

という箇所は,まさにおっしゃる通り...です.

この溝こそ,近代日本の苦悩の本質だと,当方も思います.

(※なぜなら,この溝の向こう側に,愛すべきもの存亡生死を左右できる人々がいるとしたら,しかも,その溝の向こう側に「愛する人」がいたとしたら....「口を聞く気にもなれない」一方で,「愛する」わけですから....これほどの苦悩はないからです...[←これぞ究極のダブルバインド 笑])

...ちなみに,この記事の次の記事
  http://asread.info/archives/200
も,大変に興味深いものです.

https://www.facebook.com/Prof.Satoshi.FUJII/posts/453062468128035


 このように紹介していただいた事だけでも、物凄く嬉しいのですが、しかも、人づてに聞いたところによると藤井聡さんは俺の書いてるブログ『超個人的美学』に以前から注目してくれていたらしいです。

 ということは・・・俺も、とうとう現内閣参与に注目されるほどの人物になってしまったということかね・・・(ΦωΦ)フフフ…

新しい記事も寄稿したのでこちらもヨロシクお願いします⇒『行動力とは何か 頭が良いとはどういうことか』http://asread.info/archives/200




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2013年11月22日

進撃の安倍晋三

 現在、TPP交渉は非常に厳しい状況になっているようです・・・

米、関税全廃を要求 TPP交渉、重要5項目は猶予期間

 環太平洋経済連携協定(TPP)交渉で、米国が日本にすべての輸入品の関税をなくすよう求めていることが分かった。日本が例外扱いを求めているコメなどの農産品「重要5項目」も、20年以上の猶予期間をつくるなどして撤廃するよう要求。米国の想定外の強硬姿勢に日本政府は反発を強めており、年内妥結は不透明さを増している。
(朝日新聞デジタル http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131117-00000008-asahi-bus_all



 20年後・・・

 日本は、TPP参加によりあらゆる分野の関税が撤廃され、特に国内農業は一部の付加価値の高い野菜や果物を除いてほとんど壊滅状態になっていた・・・

失業した元農民「でも・・・私たちの犠牲は役に立ったのですよね・・・何か直接の手柄を立てたわけではなくても、失業し、中には一家離散し、さらには自殺にまで追い込まれた者もいますが、私たちの犠牲は、「アジア・太平洋の「未来の繁栄」を約束する枠組み」「国家百年の計」「歴史の必然」「自由、民主主義、人権、そしてルールに基づく秩序の背骨」のための糧になったのですよね!!?」

政治家「もちろん・・・・・・・イヤ・・・・・・今回のTPP参加で・・・・・我々は・・・今回も・・・・・・!!何の成果も!!得られませんでした!!」



ジャーナリストの東谷暁さんは、「重要5項目は関税を守ると言って選挙に勝ったのだから、公約違反の責任を取って安倍さんは辞任して欲しいと思います」と言っていましたけど本当にその通りだと思います・・・


こちらの記事で、具体的なTPP参加の問題点についても解説しています⇒『弱者切り捨ての経済政策は本当に合理的なのか』http://asread.info/archives/172




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2013年11月17日

一見、利口そうに見える馬鹿・・・

 ASREADさんに寄稿しました。言論人の存在価値と三島由紀夫の遺言(http://asread.info/archives/175

 1年ほど前から、三島由紀夫論については書きたいと思っていたところで、ちょうどいいテーマがったので、先崎彰容さんと藤井聡さんの対談の内容と絡めて書かせてもらいました。少し、思想ちっく、文学ちっくな内容にしながら、読み進めていくと次第に鬱々とした気分にさせられるという、何とも言えない内容に仕上がっております(笑)

 この文章の後半では、日本の近代化を不可避の現象であると捉え、その不可避の流れに何の疑問も抱かずに、ただ無自覚にその流れに身を任せる人間と、その流れに苦悩し、抵抗しようとする人間を2種類に分けた上で前者を「不可避の流れに逆らって、わざわざ苦悩することに何の意味があるのだ?」と考える人間、そして後者を「この大きな流れに身を任せ何の疑問も抱かず機械のごとくプログラム通りに生きることに何の意味があるのだ?」と考える人間であると論じました。

 まあまあ、そんなことを書きながら、ふと最近あったあるエピソードを思い出したので紹介してみようかなと思います。

 先日、ある友人と、その友人の知り合いのある女性の方と一緒に食事をする機会がありました。そこで、色々と話をしている中で、将来の話になったので、私は「俺は、多分将来は父親の会社を継ぐと思う」といったところ、その女性は、(なんというかここまで無神経な人っているんだなーと、ある意味感心してしまったのですが)
「えー、親の会社継ぐとかつまらないでしょーw私もー、実はー、親が会社やっててー、地元ではちょっと有名な人なんだけどー。でもねー、私はそういう親に敷かれたレールに乗るんじゃなくてー、自分の力でやれることやりたいと思うからー、親の会社は継がないのーwwww」
とまあ、こんな感じことを言われて(ここまでバカっぽい喋り方だったかな・・・?まあ、いいや)、まあ、よくあるガキ臭い小娘の考えそうな戯言を、よくもまあこうも自慢げに大声で話せるものだななどと思いながら、続けて話を聞いていると、なにやら次に「でもー、私やっぱり親はお金持ちだからー遺産は相続すると思うのー(爆藁)」などと言い出したので、思わず、「要は、親から金は取っておいて、親から押し付けられる責任は逃れたいってだけでしょ?それって、別に独立自尊でも、自分の力で夢を追うのでもなんでもなくて、そういうのを単にご都合主義って言うんだよ?」と皮肉のひとつも言ってやろうかと思ったのですが、そこはまあ俺もいい大人なので抑えました(しかし、まあ後でこのブログでボロクソに書いているわけですが(爆笑爆藁ファイナリスティックドリーーーーーム))。

 まあ、そんな事があった後に、ASREADさんの記事で三島由紀夫論を書いていくなかで、「この大きな流れに身を任せ何の疑問も抱かず機械のごとくプログラム通りに生きることに何の意味があるのだ?」なんてことを書いたのですが、その時に、思ったのが、「ああ、結局、彼女は親の敷いてくれたレールに乗ることは拒否したかもしれないけど、結局のところ、いわゆる近代における、あまりも分かりやすい、薄っぺらで軽薄な価値観にどっぷり浸かりこんで、それの奴隷なってるだけじゃないかということです。

 先に挙げた対談の中で、先崎さんは、国民とかある種の集団を覆っている大きなうねりみたいなものに、人間というのはどうしようもなく巻き込まれてしまい、そこから逃れることは予想以上に難しいものだと述べたのですが、結局ところ、彼女は目に見える分かりやすい親の敷いてくれたレールに乗るということは、拒否したわけだけれど、それよりさらに大きなうねり海流、もっとありていに言ってしまえば、流行のフレーズや考え方には、抵抗や拒否の姿勢を見せるどころか、そんなものが存在すること自体に気づくこともできずに、ただただ流されるクラゲのようになってしまっているのだなぁ・・・などと考えてしまいました。

 しかし、まあ、皆さんの周りを見回しても、こういう人って結構たくさんいるもんなんじゃないですかね?まあ、なんとなく、この女の子本人がこのエントリーを読むようなことがないことを願いながら、今回の記事のこのへんで終わりにしようかなと思います(笑)

こちらの記事もよろしくお願いします⇒『言論人の存在価値と三島由紀夫の遺言』(http://asread.info/archives/175




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2013年11月13日

今更だけど、倉山満ってダサいよねって話・・・

 いや、まあ本当にどうでもいい話なんですけど、なんとなく気になる政治的なニュースも特にないんで、今更ながら倉山満がチャンネル桜から離反した時のことについて少し俺なりの感想を書こうかなと思います。

 あと、先に特に政治的に気になる話題がないというのは、何も問題がないというわけでは全然なく、むしろ色々とヤバイかなと感じています。ある意味で消費税増税とTPP問題は安倍政権が最初に迎える二大政治イシューであったと思うのですが、すでに消費税増税は決定し、TPPももはやなるようにしかならないという状況になってしまいました。このような2つの重大なイシューでどちらもマズイ選択をしてしまい、さらに国内では改革という名の様々なシステムの改悪案が次々に検討されています。これらの改革案に関して言えば、一つ一つは一見それほど深刻な悪影響をもたらすように見えない小さな改革案であり、これらの一連の改革案のうちいくつかを取りあげて安倍批判を行えば、
「○○という小さな問題を取り上げて、安倍さんを批判するのはオカシイ!!安倍さんは立派な首相だ!!安倍万歳!!安倍批判を行う奴は偽装コミンテルンに違いない!!」
などと批判されるというなんとも言えない気持ち悪い状況が保守の言論界に発生しています。このように、お決まりの単純化された分かりやすいフレーズを掲げて、硬直的、反復的な思考やあるいは批判を繰り返す人間が大量発生することを全体主義と呼ぶと思うのですが、保守を自称する彼らの頭の中では、そのような問題はどのように処理されてるのでしょうか?まあ、偽装コミンテルンなどという言葉を金科玉条のごとく掲げる彼らの頭のかなには全体主義といえば共産主義とナチズムしか思い浮かばないのでしょう。そのような時代遅れの、陳腐なステレオタイプの思考しか出来ない自称保守の方々には、おそらく何も期待できるものはないでしょうと考えるのは少々悲観的すぎるモノの見方でしょうか?

 そして、ここからが本題・・・

 チャンネル桜に以下のメール送りました。

 こういうことされたら当然でしょ?

 大事なことは、臆病者や卑怯者と一緒に活動するくらいなら、自分の本分に戻るということ。

 悪いけど、この状況で希望を無くしそうな人が倉山塾に集まっている。累積戦略しかできない人たちと付き合うほど暇ではない。ましてや、国土強靭化で予算が欲しいから、木下の悪口を言えないくせに言論人を名乗るような奴とは同席もしたくない。

 私は自分の本分に戻るので、作戦も勝ち目も考えない運動論をやりたい人はどうぞ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 これ、どういうことですか?
 http://www.nicovideo.jp/watch/1380697325

 汚らわしい。
 どうぞご勝手に。

 自分の本分に戻りますので、さようなら!

http://www.kurayama.jp/modules/wordpress/index.php?p=1142


↑こちら、倉山満の砦という倉山満氏のブログ記事であります。これは、10月1日の安倍首相の増税会見後の記事であり、何を言ってるのかさっぱり意味不明ですが、どうやらチャンネル桜の増税反対キャンペーンの方法論が気に入らなかったためにチャンネル桜からは決別するという意味のらしいです。

 まあ、私個人としては、そもそもリフレ派の理論は相当に欠陥だらけの穴ボコ理論だと思っており、中でもこの倉山氏や上念氏のように、分かりやすいパフォーマンスや印象論やキャッチフレーズを多用して大衆を先導するようなやり方はかなり嫌いであり、その嫌いな言論人のひとりがチャンネル桜を去ってくれるというのは大変に良いことだと思っています。

 しかし、まあ、
「あーこいつが、こういうカタチで去っていってくれてよかったよかった」
だけではつまらないので、この件で私が思ったことをいくつか述べさせていただきます。

 まず、第一に思ったのが、彼の去り方が、チャンネル桜との決別の仕方が、あまりにも保守的じゃないなということ。私が思うに保守の人間というのはある特定の選択や行動を取る場合において、そのマナーや作法あるいは言葉使いというものが非常に重要だと思うわけです。

 単純に言ってしまうと、倉山満は、実際にチャンネル桜で随分と世話をみてもらって、本やブログの宣伝等にも相当にチャンネル桜を活用したわけであります。そのように世話なったところから離反するのであれば、仮にどのような事情があろうとも(まあ、大した事情なんてないだろうなと推測されるけれども)最低限の礼儀を踏まえて、「チャンネル桜さんには、大変お世話になりました。しかし、現在までのともに活動を続けてきましたが、どうやら、私とこのチャンネルの向かう方向の乖離を感じました。今後も、こちらのチャンネルで活動するのは大変難しいと感じましたため、勝手ながらキャスターを辞退させていただきます」といった感じで、今までの感謝を述べた上で、事情を説明してやめるいうのが筋ではないでしょうか?

 そう考えると、倉山の実際に取った態度はあまりにも無責任かつ子供っぽい姿勢であったと思います。倉山氏がよく使うフレーズを真似させてもらえば、まさに
「こんなガキのような振る舞いしか出来ないような人間が、保守を名乗るおこがましさたるや・・・」
てなもんですよね。

 そして、最後に一言。氏は、「どんな、手段を使ってでも増税を阻止する」などと決意表明しているそうですが、そのどんな手段を使ってでもという、その具体的な手段がメールと電凸とFAX攻撃ですか・・・かつて、討論で勇ましく
「我々が、倒すべき上の世代の人間を、自分で探し出して、追いかけでも切り捨てて殺さなければならない」
などと語っていてた人間が、
「いかなる手段を用いてでも消費税増税を阻止してやる!!さあ、皆でFAX攻撃だ!!」
などとやってる様子を見ると、その光景はあまりにも滑稽であり、ゆとり世代などと言われるこの私ですら
「ほう、戦後の平和ボケなどという現象もとうとうここまで来たのか・・・」
という思いに駆られるわけであります。



ASREADさんに寄稿させていただきました。内容、関係あるので、できれば『「選択と集中」を・・・』の記事から先に読んでもらえたらと思います。

「選択と集中」を採用した国家は、ショックに対して脆弱になる
http://asread.info/archives/163

弱者切り捨ての経済政策は本当に合理的なのか
http://asread.info/archives/172





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2013年11月08日

ネット社会における個人とコミュニティーとの新しい関係性

 ええ、前回の記事(『ASREADさんというサイトに政治記事を寄稿させていただくことになりました!!』http://achichiachi.seesaa.net/article/379325662.html)で、ASEREADさんという新しい政治メディアに政治記事を投稿させていただくことになったと説明したのですが、今回の記事は、ASREADさんのサイトに投稿した記事の補足のような内容として書いてみようかなと思います。もちろん、ASREADさんに寄稿した記事を読まなくても内容が理解できるように書きますが、できればASREADさんの方の記事も合わせて読んでもらえればなーなどと思いながら書いてみたいと思います(笑)

『インターネットでの言論活動について』 http://asread.info/archives/16
『インターネットが招く現代の危機』 http://asread.info/archives/18
『現代人はインターネットメディアと如何に付き合って行くべきか?』 http://asread.info/archives/20


 ASREADさんに最初に投稿したのが、上の3つの記事であり主な内容としては、最初の二つの記事では実社会におけるリアルなコミュニケーションから断絶されたネット上のコミュニケーションにどっぷりと浸かることの危険性とその弊害について説明し、第三回でネット上のコミュニケーションを補足するカタチで出来るだけ顔を付き合わせてリアルなコミュニケーションの機会を出来るだけ増やす必要があるだろうということを説明しました。

 具体的には、例えばTwitterで政治的な内容のツイートをたくさんしている人であれば、ネット上で議論を行っている友人たちと出来る限り実際に食べ物屋や飲み屋で顔を合わせて議論をしてみたり、どこかの勉強会に参加する時などは積極的に一緒に参加してみないかと呼びかけてみる、あるいはダンスや音楽が好きな人であれば、一緒にライブに行きませんかと声をかけてみたり、ダンスなら練習会などを積極的に企画してみるのも良いでしょう。

 上記の記事では触れませんでしたが、じつは、これらの試みは1対1のコミュニケーションやあるいは、複数間のコミュニケーションを密にするというだけが目的ではなく、最終的には、現代的なコミュニケーションの形成を模索するものであったりもします。

 保守的な論客の方の中には土着的なコミュニティーの価値を重視し、近隣コミュニティーでのコミュニケーションやネットワークを非常に重要視する方がいます。現実にそれは非常に重要であり、現在論壇の一部ではコミュニティーの再生が叫ばれていますが、このような伝統的な地域コミュニティーの再生という観点無しには決して、そのコミュニティーの再生という目的は達成されないでしょう。

 しかし一方で、現代人が、良く言えば伝統的な、悪く言えば旧態依然とした固定的なカタチのコミュニティーのあり方に疑問を抱いているのは事実です。実際に、どれだけ一部の政治家や評論家が
「地域コミュニティーの再生を!!」
などと叫んだところで、インターネットでいつでもどこでも誰とでも繋がれるようなツールに幼い頃から慣れ親しんできた若者たちの耳には所詮紋切り型の空虚なお題目としか聴こえないのではないでしょうか?

 確かに、東北の震災で、地域の人々が皆協力して助け合っていく姿を見せられそこに、伝統的な地域コミュニティーのもつ価値や可能性を感じつつも、一方で、政治家や評論家や外資を受け入れるための復興特区構想や被災地の復興エコタウンなどといったあまりにもチープで安易で、まるで被災地住民を小バカにしたような復興プランを聴かさせて、「震災直後に日本中で叫ばれた絆や連帯感といった言葉は一体なんだったんだろうか?」と失望させられた人も数多くいるのではないかと思います。

 やはり、伝統的な地域コミュニティーの復活の重要性、必要性を予感しつつも、また同時に中世よりはるかにフレキシブルな構造を持った社会における新しいコミュニティーのあり方を模索していく必要があるように思えるのです。

 そこで、インターネットというツールが、その新しいコミュニティーのあり方を見つけるための重要なツールとなりうるのではないかというのが今回のテーマなのですが、やはりネット上のコミュニケーションにも問題は存在し、その最大の問題の一つがネットのコミュニケーションのフレキシビリティー(柔軟性 融通性)の過剰という問題です。インターネットを他者とのコミュニケーションのツールとして活用している人はたくさんいるかと思いますが、一方で一般にインターネット上で知り合った人との関係は多くの場合3年以内に途切れるというとも言われています。

 つまり、伝統的な地域コミュニティーの抱える柔軟性の過小(いわゆるムラ社会的な問題)という問題に対し、インターネット上でのコミュニケーションは柔軟性の過剰という問題が発生するわけです。現実の利害関係が希薄なネット上でのコミュニケーションは泥沼のような関係性に陥ることを避ける代わりに、あまりにも容易に関係性が途切れ、持続的な深みのある関係性を他者と構築することが困難なわけです。

 そこで、このような問題を考えるときに重要になるのが、個人のあり方という問題です。例えば土着的な伝統的なコミュニティーにおいては、良く言えば継続的な関係性、悪く言えば硬直的な関係をある種構造的に発生させるものであり、現代人の多くが、そのような硬直的で、かつ個人のプライベートな領域にも深く関わってくるような関係性のあり方を厭う中で伝統的なコミュニティーの破壊が進んできました。つまり、伝統的なコミュニティーの硬直的な関係性を個人が忌避する過程が伝統的な地域コミュニティーの崩壊の過程なのだと言えるでしょう。そのような過程の中で、非常に柔軟性の高いインターネットを通した人々の関係性というものが生まれてきたのですが、この状況の中で、人々はむしろあえて硬直的、持続的な関係性を自ら求めるような姿勢が要求されるのではないでしょうか。

 例えば、先ほどの最初に挙げた、ネットを通したコミュニケーションの例でいえば、ある時期にはロックバンドの追っかけをやり、次の月には突然アニメにはまりだし、かと思えばその次にはボーリングをやって、その次には株の取引について勉強を始めるなどという人は、やはり他者との継続的な関係を築くのが困難なのではないかと思うのです。そこで、やはり他者との関係に継続性を求めるのであれば、同時に自身にも個人のあり方の一貫性が求められるのです。

 現代人の多くは、非常に自由度の高い社会にあり、なおかつお題目のように自由の重要性を聞かされながらも、あるいは独裁国家の硬直した社会制度に対する危険性を耳にタコができるほど聞かされながらも、一方ではやりあまりにも過剰な自由にうんざりしているのではないでしょうか?何をしても良いけど、何もしたくないそんな思いを抱えながら自室に引きこもる若者もたくさん存在するのではないかと思えます。

 社会の拘束性を厭い、皆で伝統や慣習を徹底的に破壊していく、そして破壊し尽くした末に伝統と慣習が破壊し尽くされた荒野の空虚を感じ取り、あるいは恐怖し、むしろ自らを律する規範、つまり不自由をを求めて、あえて自由を手放そうとする、そのような光景に滑稽さを感じつつも、そういった種類の人間の持つ最低限度の賢明さ、バランス感覚といったものに期待するほか社会や国家の価値の再生はありえないのではないでしょうかなどと、ちょっと西部邁さんっぽいことを言って終わりにしようかなと思います(笑)



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2013年11月04日

ASREADさんというサイトに政治記事を寄稿させていただくことになりました!!

 久しぶりのブログ更新です・・・今回は、なぜ随分、ブログを更新しなかったのかという理由についても書きたいと思います。

 えーと、先に結論から言ってしまうと、実は以前中野剛志さんの勉強会で知り合ったWebサービスを提供している会社を経営している中田さんという方がいまして、その中田さんがASREADという新しい政治系のメディアを立ち上げるということで、そこに政治系の記事を寄稿させて頂くことになり、先月もいくつか政治、経済系の記事を書いたのですが、書いた記事はそちらのメディアの方に寄稿させていただいたため、こちらのブログの方は全然更新しなかったわけです。

 えー、それから、今までずっとブログでは、だである調で書いていたのですが、サイトの寄稿記事ではもう少し丁寧な言葉使いにしようと思い、ですます調で書く事にして、1ヶ月もですます調にするとそっちに慣れてきてしまったので、こっちの記事でもなんとなくですます調で書いていますw

ASREAD http://asread.info/

 今後もこちらのブログも更新はしますが、出来るだけASUREADの方に記事を寄稿したいと考えているので、今後ブログの更新頻度は落ちるかもしれません。それから、出来るだけブログ記事もASREADに寄稿する記事と関連性を持たせることで「両方読むことでより内容が深く理解出来る」みたいな構成に出来たら良いなあなどと漠然と考えています。

 というわけで、今まで書いた記事の中からいくつか紹介させていただきますが、まず最初はインターネット上の新しい政治メディアということで、インターネットでのコミュニケーションが人々にどのような影響を与えるのかという事を考察し、さらにそこから発生する負の側面をどのように補えば良いのかなど、僕なりの考えを書かせてもらいました

インターネットでの言論活動について http://asread.info/archives/16
インターネットが招く現代の危機 http://asread.info/archives/18
現代人はインターネットメディアと如何に付き合って行くべきか? http://asread.info/archives/20

 現代は、驚く程多くの情報を簡単に入手出来る時代でありますが、一方でその情報量を前にして、果たして何が正しい情報なのか、あるいは何が重要な情報なのか?といった情報の真偽や価値といったものを見極めるのが非常に困難な状況に陥っているように思えます。

 保守思想家の西部邁先生は、物事の価値の判断基準といったものは、現実の社会や人々との交流の中で培われると言っていますが、インターネットでのコミュニケーションに没頭することは、現実の世界でのコミュニケーションの機会の頻度を減らし、そのことが情報の価値判断の能力を衰退させます。つまり、情報の価値判断能力を失った状態で、非常に大量の情報の前に立たされているというのが多くの現代人の状況なのではないか?そのような問題提起からいろいろな考察を行ってみました。ご一読願えればと思います・・・。



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