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2013年09月25日

久しぶりに加藤諦三の本を読み返してみた・・・

 最近、ずっと西部邁さん中野剛志さんや藤井聡さんといった保守系の論客の人たちの文章を読んだり、話を聞いていたのだが、先日ふと、そういえば西部邁門下の人たちの言ってることと、昔よく読んでた加藤諦三さんが本で書いてたことって似てるなぁと思い、実家に帰って本棚を漁ってみた、昔読んで特に面白かったと感じた『格差病社会―日本人の心理構造』という本を手にとってパラパラと見返してみたのだが、やはり思ったとおり良質な保守の論客と非常に酷似した内容の文章を書いている箇所が多々見つかったのでいくつか紹介してみたいと思う。

 前にも述べたが、成果主義が日本の社会に大きな影を落としている。
 織田信長は鉄砲を使って天下を統一しようとした。しかし天下を取れなかった。
 農耕民族に対して彼のような人間を騎馬民族と表現すれば、彼は騎馬民族だけれども、彼のまわりの人間は騎馬民族ではない。だから織田信長はやりすぎた。
 いまの日本の会社の成果主義は、織田信長のようなものである。
 社会はついていけないところがある。だから「格差だ、格差だ」と騒ぎ出したのである。
 自分の生き方と会社のやり方が一致していない。
 アメリカ人の心でアメリカの生活をしないでおいて、成果主義だけを日本の会社に持ってくるのには心理的に無理がある。会社の外の生活は日本的で、会社の中だけを成果主義にしても効果は期待したほどあがらない。
 文化は統合している。ある一部分だけを取り入れようとしても無理。生活や社会はついていけない。臓器などの移植のときにも拒否反応が起きる。それをどう抑制するかが医療の大問題であろう。
 いまの日本の成果主義は、手術をしてもその抑制の薬を飲まないでいたようなものである。
 アメリカの生活をしないでおいて、成果主義だけを取ってきても無理。効果は期待したようにはあがらない。拒否反応を起こすほうが自然である。
「孫子の兵法」を使って農耕民族の日本で戦いに勝とうとしても勝てないだろう。中国の生活を理解しなければ「孫子の兵法」は理解できない。
 日本は、敵に塩を送るだの、農作業のときには戦争をやめましょうなどと言っている国である。
 日本は日本でよい。日本をよくするために外国から学ぶのであって、日本を外国のようにしようとするのは日本を滅ぼすようなものである。(p78)


 これはつまり、グローバル化批判であると同時にアメリカ型の社会に日本を改造しようとする社会システムの改革に対する批判である。特に、日本の地理的特性とそこから生まれる日本人の心理的特性というものを重視し、そのような日本固有の伝統や特質を無視した改革に警鐘を鳴らすという点は、まさに良質な保守の論理と一致していると言って良いだろう。

 そして、成果主義の批判もしているが、別の場面では、日本企業の年功序列と終身雇用の利点についても触れている。つまり日本人の心理的特性からして、より高い報酬を求めて他人を蹴落としてのし上がることより、コツコツと真面目に努力することで豊かで安心できる生活を約束してくれる日本型のシステムの方が合っているということである。このよう点は、中野剛志さん書いた『官僚の反逆』でも説明しているが、多くの日本人は何も高い報酬を求めて努力するのではない、むしろ、社会的な地位や名誉を与えられることや、やりがいのある仕事を与えてもらうことを望みそのために地道にコツコツ努力することが日本人の特性であり、同時に美徳でもあるのだ。

 雑草でも自分の生きる環境ではいきいきしているが、そうでないところではすぐに枯れる。
 雑草は自分の生きる道を知っている。
 同質社会の経済と異質社会の経済とは違う。
 アメリカで年功序列を取り入れたらとんでもないことになる。社会は機能しなくなる。
 年功序列など、そもそも考えられない社会なのである。それが異質な社会である。日本は同質社会で、異質社会のアメリカから学ぶべきことは多い。しかし同時に、異質社会なのだからアメリカを手本にすることには慎重でなければならない。


 90年代以降、日本経済がバブル崩壊の後遺症で苦しむ中、アメリカ経済は好調であった。それまで、ジャパンアズナンバーワンなどと調子に乗って騒ぎ立て、「日本企業はなぜこれほど強いのか?」などと研究していた連中が一斉に、アメリカ企業礼賛を始め、「日本の古い企業や社会の体質が景気の低迷を招いた!!今こそグローバルスタンダード(という名のアメリカ化)を目指すべきだ!!」と叫んで実際に社会のシステムを変革してしまった。これに関する問題はいくつも存在するが、特に重要な問題のひとつは、「アメリカ型のシステムを日本持ってくることが本当に良いことなのか?日本社会や日本人にとってアメリカ型のシステムは合わないのではないか?」という視点が欠落していたという点である。

 アメリカの成果主義や市場主義や競争主義がいいといっても、アメリカを理解していなければ、どこを日本に取り入れていいかわからない。
 アメリカの成果主義や競争主義に対して日本の経営者は、日本的経営によって「どう成果主義と戦うか」を考えるべきだったのではないか?
 少なくとも成果主義を日本的経営のように練り直して取り入れなければいけない。


 このような視点に立つ限り、各国の社会システムや市場のルールを政治的に統一させるTPPのような枠組みは断固拒否すべきであったはずである。経済的効率性を求めて、いやもっと有り体に言えば、グローバルに活躍する一部の大企業が自由に金儲けできるようにすることと引き換えに、日本人が日本人であるというアイデンティティーを捨て去るのがTPPなのである。もっともTPP参加によって被るであろう日本の経済的打撃を考えるならば、TPP参加という選択は金に目がくらんで自分の国家の伝統や文化を捨て去りながら結果的にその得られると思っていた経済的利益すらも騙し取られるのであるからなんとも滑稽である。中野剛志さんは自民党を愚民党と揶揄したが、まったく上手い表現だと感心させられる。

 平和と繁栄、平和と繁栄と言いながら、実は平和と繁栄に背く言動をしているのが、いわゆる経済合理主義者たちであり、偽平和主義者である。
 日本のいまの経済合理主義者は人々を心理的に奴隷にする。(中略)
 日本人はいま、日本人の土壌を失ってしまってしまうような生き方をしている。この本で私は「原点を忘れるな」と言いたかった。
 私たちは、お米を一粒ずつつくるようなコツコツした仕事をする農耕民族の特徴を失った。しかし騎馬民族の強さがない。
 アメリカ人は、イギリスからアメリカの大地に来て、「ここで頑張らなければ」と思ったであろう。
 今の日本にはそれがない。
 実はグローバリズムの波が押し寄せているいまこそ日本は、日本人として生きるべく頑張らなければならないときなのである。
 アメリカ人が、イギリスからアメリカの大地に来て、「ここで頑張らなければ」と思ったように、今の日本人は「ここで頑張らなければ」ならない。


 今の日本人は、まるで日本人が必死にアメリカ人になろうとしているかのような滑稽さがある。もっとも、現時点ではそのことのバカバカしさに気づく人間も増えてきていて、ある者は「日本人として頑張るんだ!!」声を上げてみたり、また別の者は「あいつはアメリカ人にでもなりたいのか?」と冷ややかな目で見ている。それでも、どうやら政治家や官僚、知識人の中ではアメリカ人になりたい派が多数を占めているようで、頑張って日本をアメリカのように変えようと必死に努力をしている、日本人として頑張りたい人間にとっては迷惑千万な話ではあるが、彼らは彼らのなりの善意でやっている、必死なのは結構だが残念ながら少々思慮が足りないようだ。施光恒さんは日本の全ての大学が英語で授業を行うことになったら、アメリカ人は大喜びして「これで日本に負けることはなくなった!!」と言うだろうと言った。それはそうだ、アメリカ人が、必死になってアメリカ人のフリをしている偽アメリカ人に負けるわけがない。日本人が考えるべきことは、必死こいてできる限りアメリカ人そっくりな偽アメリカ人になることではなく、日本人としてアメリカにどう対応していくかという一点である。

 小学生から英語を教えたりするのは、教育の目的を根本から履き違えている。人は企業にとって有為な人材になるために教育されるのではない。
 日本語でコミュニケーションできないときに、小学生に英語を教えることでコミュニケーション能力をつけるなどというのは、ホンネかタテマエか知らないが、正気の沙汰ではない。
 子供が「うざい」とか「うっそー」などと言っているときに英語を教える必要がどこにあるのか。いまの子供は日本語で感情を表現できないし、意思を伝えられない。
 大学生の答案を読んでほしい。大学生になって日本語ができないのである。(P203)


 この本は2006年に出版されているが、ここまでに書かれている問題はすべて2013年の現在においても全く同様に当てはまる問題ばかりである。果たして、この7年間政治家や官僚、知識人といった人達は何を考え何を反省し、何をしてきたのか?

 心ですべてのことが解決できるとは思わないが、心を無視して何ごとも解決しない。いまの日本は心を無視した政策が多すぎる。
 それよりも経済的繁栄にさえ実は危険信号がともりだしているのではないか?
 心理的なことではなく、日本の構造改革が経済的に進んで成功していれば、国際競争力は強まっているはずである。しかし世界の指導者が集まるダボス会議主催「世界経済フォーラム」(2005年9月28日)は世界競争力ランキングを発表した。日本は以前の九位から十二位に下がった。(P204)


 TPPの問題に関していえば、日本はTPPに参加はすることによって経済的利益を得られると思って、日本人のアイデンティティーを売り渡しながら、現実には経済的も得られず一方的に搾取されるわけであるが、これは何もTPPの問題に限ったことではない。結局ところ日本人の性質に背いたアメリカ型社会への変革を志向する様々な改革の中で日本人は、次第に活力を失っていった。もちろん、構造改革の失敗と国際競争力の低迷は構造的な問題でもあるが、同時に、自分の本性に逆らって生きることで日本人が活力を失った結果でもあるだろう。活力を失えば、自然に経済的な競争力も落ちてくる。このような観点から眺めるならば、現在の日本の問題は経済的問題や心理的問題といった個別の事象というよりも、むしろ日本人そのものの質的劣化、能力的衰退と捉える方が的確なのではないかと思える。



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posted by 古谷経衡と倉山満による不当な言論弾圧を許さない市民の会 at 21:37 | 神奈川 ☔ | Comment(2) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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