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2013年09月25日

久しぶりに加藤諦三の本を読み返してみた・・・

 最近、ずっと西部邁さん中野剛志さんや藤井聡さんといった保守系の論客の人たちの文章を読んだり、話を聞いていたのだが、先日ふと、そういえば西部邁門下の人たちの言ってることと、昔よく読んでた加藤諦三さんが本で書いてたことって似てるなぁと思い、実家に帰って本棚を漁ってみた、昔読んで特に面白かったと感じた『格差病社会―日本人の心理構造』という本を手にとってパラパラと見返してみたのだが、やはり思ったとおり良質な保守の論客と非常に酷似した内容の文章を書いている箇所が多々見つかったのでいくつか紹介してみたいと思う。

 前にも述べたが、成果主義が日本の社会に大きな影を落としている。
 織田信長は鉄砲を使って天下を統一しようとした。しかし天下を取れなかった。
 農耕民族に対して彼のような人間を騎馬民族と表現すれば、彼は騎馬民族だけれども、彼のまわりの人間は騎馬民族ではない。だから織田信長はやりすぎた。
 いまの日本の会社の成果主義は、織田信長のようなものである。
 社会はついていけないところがある。だから「格差だ、格差だ」と騒ぎ出したのである。
 自分の生き方と会社のやり方が一致していない。
 アメリカ人の心でアメリカの生活をしないでおいて、成果主義だけを日本の会社に持ってくるのには心理的に無理がある。会社の外の生活は日本的で、会社の中だけを成果主義にしても効果は期待したほどあがらない。
 文化は統合している。ある一部分だけを取り入れようとしても無理。生活や社会はついていけない。臓器などの移植のときにも拒否反応が起きる。それをどう抑制するかが医療の大問題であろう。
 いまの日本の成果主義は、手術をしてもその抑制の薬を飲まないでいたようなものである。
 アメリカの生活をしないでおいて、成果主義だけを取ってきても無理。効果は期待したようにはあがらない。拒否反応を起こすほうが自然である。
「孫子の兵法」を使って農耕民族の日本で戦いに勝とうとしても勝てないだろう。中国の生活を理解しなければ「孫子の兵法」は理解できない。
 日本は、敵に塩を送るだの、農作業のときには戦争をやめましょうなどと言っている国である。
 日本は日本でよい。日本をよくするために外国から学ぶのであって、日本を外国のようにしようとするのは日本を滅ぼすようなものである。(p78)


 これはつまり、グローバル化批判であると同時にアメリカ型の社会に日本を改造しようとする社会システムの改革に対する批判である。特に、日本の地理的特性とそこから生まれる日本人の心理的特性というものを重視し、そのような日本固有の伝統や特質を無視した改革に警鐘を鳴らすという点は、まさに良質な保守の論理と一致していると言って良いだろう。

 そして、成果主義の批判もしているが、別の場面では、日本企業の年功序列と終身雇用の利点についても触れている。つまり日本人の心理的特性からして、より高い報酬を求めて他人を蹴落としてのし上がることより、コツコツと真面目に努力することで豊かで安心できる生活を約束してくれる日本型のシステムの方が合っているということである。このよう点は、中野剛志さん書いた『官僚の反逆』でも説明しているが、多くの日本人は何も高い報酬を求めて努力するのではない、むしろ、社会的な地位や名誉を与えられることや、やりがいのある仕事を与えてもらうことを望みそのために地道にコツコツ努力することが日本人の特性であり、同時に美徳でもあるのだ。

 雑草でも自分の生きる環境ではいきいきしているが、そうでないところではすぐに枯れる。
 雑草は自分の生きる道を知っている。
 同質社会の経済と異質社会の経済とは違う。
 アメリカで年功序列を取り入れたらとんでもないことになる。社会は機能しなくなる。
 年功序列など、そもそも考えられない社会なのである。それが異質な社会である。日本は同質社会で、異質社会のアメリカから学ぶべきことは多い。しかし同時に、異質社会なのだからアメリカを手本にすることには慎重でなければならない。


 90年代以降、日本経済がバブル崩壊の後遺症で苦しむ中、アメリカ経済は好調であった。それまで、ジャパンアズナンバーワンなどと調子に乗って騒ぎ立て、「日本企業はなぜこれほど強いのか?」などと研究していた連中が一斉に、アメリカ企業礼賛を始め、「日本の古い企業や社会の体質が景気の低迷を招いた!!今こそグローバルスタンダード(という名のアメリカ化)を目指すべきだ!!」と叫んで実際に社会のシステムを変革してしまった。これに関する問題はいくつも存在するが、特に重要な問題のひとつは、「アメリカ型のシステムを日本持ってくることが本当に良いことなのか?日本社会や日本人にとってアメリカ型のシステムは合わないのではないか?」という視点が欠落していたという点である。

 アメリカの成果主義や市場主義や競争主義がいいといっても、アメリカを理解していなければ、どこを日本に取り入れていいかわからない。
 アメリカの成果主義や競争主義に対して日本の経営者は、日本的経営によって「どう成果主義と戦うか」を考えるべきだったのではないか?
 少なくとも成果主義を日本的経営のように練り直して取り入れなければいけない。


 このような視点に立つ限り、各国の社会システムや市場のルールを政治的に統一させるTPPのような枠組みは断固拒否すべきであったはずである。経済的効率性を求めて、いやもっと有り体に言えば、グローバルに活躍する一部の大企業が自由に金儲けできるようにすることと引き換えに、日本人が日本人であるというアイデンティティーを捨て去るのがTPPなのである。もっともTPP参加によって被るであろう日本の経済的打撃を考えるならば、TPP参加という選択は金に目がくらんで自分の国家の伝統や文化を捨て去りながら結果的にその得られると思っていた経済的利益すらも騙し取られるのであるからなんとも滑稽である。中野剛志さんは自民党を愚民党と揶揄したが、まったく上手い表現だと感心させられる。

 平和と繁栄、平和と繁栄と言いながら、実は平和と繁栄に背く言動をしているのが、いわゆる経済合理主義者たちであり、偽平和主義者である。
 日本のいまの経済合理主義者は人々を心理的に奴隷にする。(中略)
 日本人はいま、日本人の土壌を失ってしまってしまうような生き方をしている。この本で私は「原点を忘れるな」と言いたかった。
 私たちは、お米を一粒ずつつくるようなコツコツした仕事をする農耕民族の特徴を失った。しかし騎馬民族の強さがない。
 アメリカ人は、イギリスからアメリカの大地に来て、「ここで頑張らなければ」と思ったであろう。
 今の日本にはそれがない。
 実はグローバリズムの波が押し寄せているいまこそ日本は、日本人として生きるべく頑張らなければならないときなのである。
 アメリカ人が、イギリスからアメリカの大地に来て、「ここで頑張らなければ」と思ったように、今の日本人は「ここで頑張らなければ」ならない。


 今の日本人は、まるで日本人が必死にアメリカ人になろうとしているかのような滑稽さがある。もっとも、現時点ではそのことのバカバカしさに気づく人間も増えてきていて、ある者は「日本人として頑張るんだ!!」声を上げてみたり、また別の者は「あいつはアメリカ人にでもなりたいのか?」と冷ややかな目で見ている。それでも、どうやら政治家や官僚、知識人の中ではアメリカ人になりたい派が多数を占めているようで、頑張って日本をアメリカのように変えようと必死に努力をしている、日本人として頑張りたい人間にとっては迷惑千万な話ではあるが、彼らは彼らのなりの善意でやっている、必死なのは結構だが残念ながら少々思慮が足りないようだ。施光恒さんは日本の全ての大学が英語で授業を行うことになったら、アメリカ人は大喜びして「これで日本に負けることはなくなった!!」と言うだろうと言った。それはそうだ、アメリカ人が、必死になってアメリカ人のフリをしている偽アメリカ人に負けるわけがない。日本人が考えるべきことは、必死こいてできる限りアメリカ人そっくりな偽アメリカ人になることではなく、日本人としてアメリカにどう対応していくかという一点である。

 小学生から英語を教えたりするのは、教育の目的を根本から履き違えている。人は企業にとって有為な人材になるために教育されるのではない。
 日本語でコミュニケーションできないときに、小学生に英語を教えることでコミュニケーション能力をつけるなどというのは、ホンネかタテマエか知らないが、正気の沙汰ではない。
 子供が「うざい」とか「うっそー」などと言っているときに英語を教える必要がどこにあるのか。いまの子供は日本語で感情を表現できないし、意思を伝えられない。
 大学生の答案を読んでほしい。大学生になって日本語ができないのである。(P203)


 この本は2006年に出版されているが、ここまでに書かれている問題はすべて2013年の現在においても全く同様に当てはまる問題ばかりである。果たして、この7年間政治家や官僚、知識人といった人達は何を考え何を反省し、何をしてきたのか?

 心ですべてのことが解決できるとは思わないが、心を無視して何ごとも解決しない。いまの日本は心を無視した政策が多すぎる。
 それよりも経済的繁栄にさえ実は危険信号がともりだしているのではないか?
 心理的なことではなく、日本の構造改革が経済的に進んで成功していれば、国際競争力は強まっているはずである。しかし世界の指導者が集まるダボス会議主催「世界経済フォーラム」(2005年9月28日)は世界競争力ランキングを発表した。日本は以前の九位から十二位に下がった。(P204)


 TPPの問題に関していえば、日本はTPPに参加はすることによって経済的利益を得られると思って、日本人のアイデンティティーを売り渡しながら、現実には経済的も得られず一方的に搾取されるわけであるが、これは何もTPPの問題に限ったことではない。結局ところ日本人の性質に背いたアメリカ型社会への変革を志向する様々な改革の中で日本人は、次第に活力を失っていった。もちろん、構造改革の失敗と国際競争力の低迷は構造的な問題でもあるが、同時に、自分の本性に逆らって生きることで日本人が活力を失った結果でもあるだろう。活力を失えば、自然に経済的な競争力も落ちてくる。このような観点から眺めるならば、現在の日本の問題は経済的問題や心理的問題といった個別の事象というよりも、むしろ日本人そのものの質的劣化、能力的衰退と捉える方が的確なのではないかと思える。



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2013年09月22日

法人税減税の問題点を考える

 今回は、現在議論されている法人税減税の問題について考えてみたい。特に、消費税増税の議論の中で、消費税増税による景気悪化の補償として法人税減税が検討されているというが、果たして現在の日本の状況下で法人税減税は有効な景気浮揚効果をもたらすであろうか?仮に法人税減税にさして景気浮揚効果がないとするなら現在の消費税増税と法人税減税のセットは最悪の景気押し下げ効果をもたらすことになる。

 法人税減税の問題点に関しては中野剛志さんが『日経ヴェリタス』(2010年6月27日付、第120号、日本経済新聞社)に書いた「法人税減税は究極のバラマキ」と題した記事で非常に説得力のある説明を行っている。

@「国際競争力への影響は、法人税に社会保険料を加味した『公的負担』でみるべきだ。」

A「公的負担は自動車、電機、情報サービスいずれの産業でも日本より独仏の方が重い。英米の自動車、電機産業の公的負担は日本より軽いが、国際競争力は弱い。米国の情報サービス業は競争力は強いが、その公的負担は日本より重い。(中略)つまり、日本企業の公的負担は欧米より重いとは言えず、公的負担の軽さと競争力とが一致しているとも言えない。」

B「税務会計学の権威である富岡幸雄氏によれば、法人税は課税ベースの侵蝕化(徴税漏れ)が著しく、特に大企業の実際の負担率は法定税率よりはるかに低い。」

C「02〜06年の日本経済は輸出主導で景気が回復したが、雇用者報酬は上がらず、デフレを脱却できなかった。国際競争力を強化しても国民は豊かにならないのだ。(中略)そもそも日本の輸出は国内総生産(GDP)の2割にも満たない。輸出の拡大で経済全体を引っ張ろうとするより、8割以上を占める内需の拡大を重視した方が合理的だ。法人税減税はその内需を逆に縮小させる公算が大きい。なぜなら今の日本経済は、需要不足でマネーが投資に向かわない貯蓄超過(カネ余り)だからだ。しかもその過剰な貯蓄は、もっぱら法人部門にある。法人部門にカネはあっても投資先がないというのが、デフレ不況の問題の本質だ。需要のない中での法人税減税は、この法人部門の貯蓄をさらに増やすだけで国内投資を促進しない。むしろ、減税分だけ政府支出(公需)は減らざるを得ないから、経済全体の需要はより縮小する。(中略)政策効果のある使途に限定せず、予算を一律に配分する政策を『バラマキ』という。(中略)法人税減税こそ究極のバラマキだ。」

「結局、『競争力強化による経済成長のための法人税減税』という政策論は、様々な角度から検証すると、ほとんど系統的に間違っていると言わざるを得ない。」(一部抜粋)


 まとめると、まず国際競争力への影響は法人税に限定せず、法人税に社会保険料を加味した『公的負担』でみるべき。公的負担で見ると必ずしも日本企業の公的負担は欧米より重いとはいえず、同時に公的負担と競争力は一致しない。法人税は減税してもデフレの状況下では国内投資に回さず内部留保に回す可能性が高い、一方で法人税減税による税の減収の分だけ政府支出は抑制せざるを得ないため、経済全体の需要は縮小する。ということになる。

 非常に優れた考察だと思うが、俺なりに補足したい論点が一つある。まず、そもそもなぜ法人税減税が企業の内部留保を増やすのか?という問題である。

 これは、あまり触れられない点であるが、法人税減税は企業の内部留保にお金を回すことのインセンティブを高めるのである。物事をわかりやすくするために非常に単純化した説明を行うと、例えば、法人税が30%であれば、企業の内部留保に回したうち3割が税金で取られることになるが、一方で法人税が80%の場合であれば、企業が内部留保に回したお金のうち8割が税金で取られることになる。相対的な比較で見た場合、法人税が30%の場合であれば、経営陣は先々の事を考えできるだけ内部留保にお金を回しておこうと考えるかもしれないが、一方で法人税が80%の場合では8割も税金でお金を取られるくらいなら、むしろ将来の成長のために投資をしたり、優秀な人材を確保するため人件費を上げたり社員の待遇を改善したりしようとするだろう。

 つまり、非常に単純化して説明する場合、法人税は上げれば上げるほど企業の側からすると、投資や従業員の賃上げに対するインセンティブが高まり、逆に法人税を下げれば、企業はお金を溜め込もうとする。ちなみに、世界恐慌時のアメリカはデフレ不況脱却のためのニューディール政策では、様々な減税を行う一方で法人税は引き上げたというが、法人税を引き上げた理由は、他の分野での減税による減収の穴埋めであると同時に、このように法人税を増税することにより企業の側の投資や賃上げのインセンティブを高めるためだったのではないかと思われる。

 一般に、営利企業の目的は利益の最大化だととらわれがちであるが、これはあくまで個人的な側面から見た一面的なモノの見方に過ぎず、一方で社会的責任という側面から企業の目的や役割を考えるなら、雇用の創出、新技術や新しいサービスの開発提供、従業員の生活の保証等々様々な存在意義がある。

 そのような多面的な捉え方をするのであれば、やはりデフレ不況という困難な時期にあっては、企業の税引き後利益の最大化を目的とする法人税減税よりも、企業の投資や賃上げといった社会的役割を担うことのインセンティブを高める法人税引き上げ(それが難しければ、せめて法人税はそのままにする)という選択こそ正しい方策であるのではないだろうか?



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2013年09月18日

消費税増税と国土強靭化は両立しうるか?

 前回の記事(『消費税問題と、盲目的安倍信者への不信感について・・・』http://achichiachi.seesaa.net/article/374789463.html)で、平成25年の第二四半期のGDP成長率が年率換算で、実質+2.6%名目+2.9%であると書いたが、どうやらすでに改定値が出ていたようで上方修正となり年率換算で実質+3.8%名目+3.7%であったようだ。
(日本経済新聞 実質GDP、年率3.8%増に上方修正 4〜6月期 http://www.nikkei.com/article/DGXNASDF09002_Z00C13A9MM0000/ より)

 日本のGDP成長率が予想以上に成長したということを悲しむというのもおかしな話だが、消費税の附則18条の規定では、実質+2%名目+3%を基準に増税の是非を判断すると書かれていることを考えると、まあほぼ消費税増税は決定したものと考えて構わないだろう。ここで多くの人が、
「たとえ、それなりのGDP成長率を記録したとしても、アベノミクスの最大の目的の一つであるデフレ脱却という目的が達成されていないのに消費税増税を決定するのはおかしいじゃないか?!」
と思うことだろう。事実、筆者自身も全く同じ感想を持つ。しかし、ここでの間違いはひとえ多くの日本国民にとってデフレと不況や低成長の区別がついていなかったことではないだろうか?結局のところ、一応短期的にはデフレの状況下でも経済成長をさせることは可能なのであって、不運なのことはそのおそらくは短期的にしか起こりえないであろうデフレ下の経済成長という希な現象が消費税増税の判断時に起こってしまった事である。ちなみに、1997の橋本政権下での消費税増税の時には、日本は比較的経済が好調であり、先進国の中では比較的高い4%程度の経済成長をしていた、そのような現在と比較して余裕のあった時期に3%から5%へ2%の消費税引き上げを行っただけで、日本が長期的なデフレ不況へ陥った事を考えれば、現在のようにデフレ状況下で5%から8%へと消費税を引き上げる事は経済の相当な悪影響をもたらすであろう。

しかし、それでも政治状況的に増税回避が、前日にはほとんど不可能であるとするなら、次に考えるべきは果たして消費増税を行った上で、そのマイナス効果を補って余りあるほどの景気対策としての財政出動が可能であるか?という問題になるのではないだろうか?

 この問題について廣宮孝信さんは面白い意見をブログに書いている、廣宮さんは現在の政治状況の中で消費税と国土強靭化の財政出動についての関係で次の4つの選択がありうるとしている

@増税なしで国土強靭化あり
A増税ありで国土強靭化あり
B増税なしで国土強靭化もなし
C増税ありで国土強靭化なし


そして、この4つのうちどれかを選択した場合、次のような状況が予測されるという。

@が最善だが中期財政目標から困難。
Aは渋々ながら次善で実現可能性は比較的高い。
Bは国土強靭化なしなので、恐らく@とAに比べれば犠牲者は確実に多くなる(個人的には、ちょっとこの選択肢は選べないなあ、と思う次第です)。
Cはまるで消費税を三途の川の渡し賃とする阿鼻叫喚の生き地獄となるので勘弁してほしい
(『GDP実質+2.6%、名目+2.9%。ここでもう一度「附則18条」を振り返ってみましょう!増税しようがしまいが、一にも二にも国土強靭化!!』http://grandpalais1975.blog104.fc2.com/blog-entry-594.html


廣宮さんの主張によると、このうち@の選択肢は、様々な状況を勘案して困難であるとし、事前の策としてAの増税ありで国土強靭化ありが実現可能性が比較的高く、かつ大規模な財政出動が可能ならば消費税増税のマイナス効果を打ち消せるのではないかと予測しているようだ。

 しかし、俺はこのAの選択も現実には相当実現困難であると考えている。いくつか理由を挙げると、まず第一に、公共投資による財政出動は一般に思われているほど事務的な手続きその他を勘案しそれほど急激な増額が容易ではないという問題がある。マクロ経済の理論ではあたかも財政出動の額は政治的な決断によりいくらでも増額できるかのように論じられているが、実際には公共事業は現実の一つ一つ個別の公共的なプロジェクトの総体であり、道路や建築物といったであれば用地の買収が完了している必要があり、すべて設計図が完成している必要があり、さらに当然ながら適正な価格帯で受注し納期以内に正確にプロジェクトを完遂させられる業者が必要になる、さらに様々な計画を提案する官僚の存在も不可欠だ。つまり、マクロ経済で単純にお金の問題のように論じられる公共投資も実際には様々なリソースの存在が前提となっているのだ。かつて、三橋貴明さんとの対談の中で経産省で官僚を務めている中野剛志さんも、現在の官僚組織のマンパワーのリソースを考えると公共投資の増額は15兆円が限界であると述べている。

 次に、リソースの問題から世論の問題に目を向けるとこちらもこちらでややこしい問題が山積している。東日本大震災という未曾有の危機に対して、復興のための積極財政を惜しんだ世論が、今回何のきっかけもなく突然考え方を180度転換させてケインズ主義的な積極財政を肯定し出すとはとても考えにくい。特に、社会保障や財政健全化の問題に対処するために消費税増税もやむなしと考える意見も多くあり、苦しい不況の状況でも仕方なく消費税増税に耐えようと考えてきたところで、安倍首相が「公共投資を増額します!!」といったところで納得する人はかなり少数派となるだろう。
「自分たち苦しい庶民に増税し、自分たちの支持基盤である土建屋に金をばら蒔くのか?!」
という声は当然上がるだろうし、ほとんど確実にマスコミもその種の世論を煽るだろう。そして、さらには官僚組織の人員も増やす必要があり、オリンピック開催の準備ために様々な予算や人員を割く必要もある。一方で、庶民に増税をしておいて、官僚組織や土建屋に金を回すという政策を支持してくれる人がどれだけいるかは大いに疑問だ。

 そして、安倍首相のブレーンの多くもおそらく、ケインズ主義的な政策も支持せず、また消費税増税後の大規模な財政出動にも賛成しないだろう。浜田宏一参与は増税する場合は景気対策として財政出動ではなくさらなる追加緩和が必要であると述べ(http://mainichi.jp/select/news/20130904k0000m020142000c.html)。安倍首相お気に入りの竹中平蔵に至っては「消費増税は歳出削減をセットで行え」と述べている(http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20130718/358478/?ST=business&P=1&rt=nocnt)廣宮さんは、先のCの「増税ありで国土強靭化なし」という選択を行った場合「阿鼻叫喚の生き地獄となる」と書いているが、竹中の案は、それすら超える第5の案とでも呼ぶべき「増税ありで緊縮財政」である。これらの条件を勘案するとやはり次善の策であるA増税ありで国土強靭化ありも相当に実現は困難であると考えてしまうのだが如何だろうか?

 もちろん、様々な政治的状況を無視し、純粋に政策の善し悪しで考え、なおかつ日本の福祉や公共的な分野の経済の規模を拡大していくという中長期的なビジョンにもとづくなら、消費税増税をした上で、公共支出を拡大していくという選択肢もあって構わないと思うが、残念ながら現政権がそこまでしっかりとしたビジョンのもとに消費税増税を行おうとしているとはとても思えない。はっきり言って、事なかれ主義、状況や空気に流されまくって、なんとなくアメリカに歓迎されそうだからTPP参加、なんとなく金融緩和したほうが良さそうだから金融緩和、やっぱり改革と成長戦略は必要だから減税と構造改革、消費税増税は特に有力な反対論もないし既定路線で・・・安倍さんや自民党の支持者には申し訳ないが、これが客観的に見た安倍政権の実態だろう。



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2013年09月14日

消費税問題と、盲目的安倍信者への不信感について・・・

 最近、ネットの一部で消費税増税の議論や、消費税問題に関するマスコミの報道について問題になっており、その中の一部の人々は
「マスコミは、消費税増税はまだ決まっていないのに、決定したかのように報道している、これは既成事実化によるマスコミの悪質な世論誘導だ!!」
などと論じている。

 この問題については、以前書いた記事(『安倍首相は、TPP交渉離脱も、消費税増税先送りもしないだろうという予想と、その根拠・・・』http://achichiachi.seesaa.net/article/371513558.html)にコメントで面白い考察が書き込まれていたので、ぜひ紹介したい。

 安倍総理に全幅の信頼を置く人たちは 閣僚から消費増税に関する発言があったとしても、その一言一句を忖度して、“増税するとは明言してない、首相の発言は一ミリたりともブレていない””マスコミの既成事実化に騙されるな”とすがるような思いで強弁していますが、
 本当に増税を先送りするつもりならもっと政府高官から増税を凍結するぞという発言が聞こえてこないとおかしいですし、”消費増税時の価格転嫁を円滑にする特別措置法”などというどうでも良い法律を今年6月の時点で通す理由がありません。また、財務省は2014年度予算に消費税増税を前提とする二段階査定方式を強要するなど、増税に向けた地均しは着々と進んでいます。
首相や官房長官の口から、増税への慎重発言が出ることもありますが、消費税増税問題に対して「熟慮」を重ねたというアリバイ作りに過ぎないでしょう。(中略)

 三橋さんは「マスコミは増税を既成事実化しようとしている。 既成事実化に踊らされるな。」と書いていますが、実際三橋さんが「新聞やテレビの飛ばし記事だ。まだ決まっていない。」と予測し、蓋を開けてみて飛ばしに過ぎなかった事象はどのくらいあるでしょうか。 私が知る限りは自民党総裁選で安倍総裁誕生しか思いつきません。 昨年6月の増税3党合意、維新の会と旧たちあがれ日本との合併、安倍首相のTPP交渉参加・・・ 新自由主義、構造改革的政策に関しては「既成事実」がそのまま「事実」になっていることばかりで、これまでの自民党幹部の発言や成立してきた法律なども鑑みると、 秋に増税決定するのはマスコミの飛ばしである などというのはあまりにも楽観が過ぎます。


 この方は、一部の論客が散々に「○○はマスコミによる既成事実化だ!!」と騒ぎ立てたものの蓋を開けてみればマスコミの報道通りそれが事実になってしまった例を複数挙げているが、特に顕著でかつ深刻な問題であるのがTPPの交渉参加などだろう。

「安倍さんは国益を重視する政治家だから!!」
「安倍さんは瑞穂の国の資本主義を掲げて選挙に勝ったのだから!!」
などと根拠薄弱な理由を並べ立て、
「きっと安倍さんはTPPに反対してくれる」
などと楽観的な希望にすがっていたものの、現実には安倍さんは参院選を前にTPP交渉参加を表明、農業分野に多大なダメージを及ぼすことがほぼ確実視されている状況で、参院選前にTPP交渉参加を決定すると農村地域での支持を失うと予測していたために、日本のTPP参加を熱望していたアメリカまでもが参院選前の交渉参加表明には驚くといった始末。保守派の論客は誰も触れないが、はっきり言ってこの参院選前の交渉参加決定は、農村地域の選挙民に対する裏切りであると同時に、農業といった生活の基盤となる第一産業より、グローバルに展開する大企業を優遇するという決意の表明でもあるだろう。仮にギリギリまで粘った末、どうしてもアメリカの圧力に抗しきれず仕方なしにTPP参加というのならともかく、この参院選を不利にしてでもアメリカや財界に評価してもらうために参院選前に早々にTPP交渉参加を決定してしまった安倍さんが今後どれだけ、瑞穂の国の資本主義などと騒いだところで、所詮それは理念だけを根拠にした全く実態を伴わない空語、さらに悪く言えば保守派へのご機嫌取り程度にしか解釈のしようがない。

 さらに呆れるのは、このTPP交渉参加決定後の一部の保守論客の取った安倍首相弁護の姿勢である。TPP交渉参加前には、TPPに賛成する人間は売国奴だ!!と一部の論客や政治家を徹底的に糾弾していたくせに、ひとたび安倍首相が交渉参加を決定するや、
「アメリカとの関係があるからいきなりTPP不参加は難しい」
だの
「TPP交渉参加というたった一つの事実を取って大げさに安倍バッシングを始める連中こそが売国奴だ!!」
などと、まさに倒錯したとしか言い様のない弁護を始めだしたのだ。

 ちなみに補足しておくと、このような理屈を述べている論客の代表である倉山上念両氏に関して、実は彼らは初めからTPPに反対などしていない。倉山上念両氏がTPP参加に反対していたと考えている人は多いかもしれないが、実際には彼らは、民主党のような交渉力のない政党が政権を握っている状態ではという限定付きかつ消極的なTPP参加反対の立場であったので、彼らにとって自民党になってしかも紙の如き交渉力と政治力と政治的判断能力を有する安倍さんが首相となったとあってはTPPに反対する理由など何一つないのである。つまり、仮に真っ当な理由からTPP参加に反対していた人達が、上念倉山両氏の意見に賛成するというなら、それはまさにTPP賛成派の連中の口八丁にまんまと乗せられたとしか言い様がないのである。

 少し話が脱線してしまったので、ここで消費税の問題に戻ると、一部の安倍支持者の間ではあたかも安倍首相が本音の部分では消費税増税に反対していると思っているようだが、残念ながら安倍首相自身は去年の衆院選の前から、消費税増税に反対するなど一言も言っていない。ひたすら言い続けていたのは「来年の秋に景気動向等を見て判断する」の一言である。一体、これをどう解釈すれば安倍さんは消費税増税に反対していると読み取れるのか?是非とも教えて欲しいものである。

 これはあくまで推測に過ぎないが、おそらく安倍支持者が安倍首相が消費増税に反対していると考える根拠はこうである。
「第一に安倍首相はデフレ脱却を経済の分野における最優先課題に挙げている、次に消費税増税はデフレ脱却という目標に対して不利な影響を及ぼす、そして最後にだからデフレ脱却を目標に掲げる安倍首相は消費増税に反対するだろう!!」
と。確かに、こうみれば、なるほど安倍首相は消費増税に反対してくれるに違いない!!と考えられそうだが、これが成立するためには、また二つの前提条件が必要になる。それは

1 安倍首相がしっかりとした論理的判断能力を有している
2 安倍首相が常にそのしっかりとした論理的判断に基づいた政治的決定を行う

という二つだ。しかし、TPP交渉参加までの経緯を見るに、「瑞穂の国の資本主義」を掲げていたにもかかわらず早々にTPP交渉参加を決定してしまった安倍首相がこの二つの条件を満たしているようには俺には思えない。

 ならば、頭の中で勝手な願望に基づいた憶測に頼るよりは、実際に安倍さんが口にした発言をもとに判断するしかないだろう。そこで安倍さんの発言をもう一度見てみると、安倍さんは消費税問題に関してこのように発言している
「来年の秋に景気動向等を見て判断する」
次に、消費増税法の附則18条から消費税増税引き上げの判断基準を見てみると
消費税率の引上げに当たっては、
経済状況を好転させることを条件として実施するため、
物価が持続的に下落する状況からの脱却及び経済の活性化に向けて、
平成二十三年度から平成三十二年度までの平均において名目の経済成長率で三パーセント程度かつ実質の経済成長率で二パーセント程度を目指した望ましい経済成長の在り方に早期に近づけるための総合的な施策の実施その他の必要な措置を講ずる。

つまり、消費税引き上げの重要な基準は名目成長率3%程度、実質成長率2%程度となる。内閣府社会総合研究所が発表した、今年の第二四半期のGDP速報(第一次速報)を見てみると(http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/sokuhou/files/2013/toukei_2013.html

年率換算で、
実質+2.6%
名目+2.9%

となる。これら諸々の条件をもとに総合的に判断するなら消費税増税はほとんど決まったようなものだと判断するのが妥当ではないだろうか?

 さて、そこで気になるのは、「消費税増税はやばい!!」「消費税増税は日本経済に深刻な悪影響をもたらす!!」と散々に騒ぎ立てた人々が、安倍首相が消費税増税を決定した場合に、どのような反応を示すかである。

TPPの時は、TPP交渉参加を決定した安倍首相を擁護する保守派の姿が
「民主党のTPPは汚いTPP、自民党のTPPは綺麗なTPP」
と揶揄された

8月15日の靖国不参拝では、民主党の首相の不参拝は臆病で逃げ腰な売国的不参拝だと散々に避難したのに、安倍首相の不参拝は中国と韓国にプレッシャーを与える戦略的な不参拝だと言った人間もいた。

さて、最後自民党の消費税増税に関しては、大局的観点から決定した消費増税などとでも言うのだろうか?それとも「消費税増税を決定したくらいで安倍首相を批判する奴はスパイか売国だ!!」などとまたヒステリックに騒ぎ出すのだろうか?

果たして、どうしたところで、うんざりするような未来しか想像できないのは筆者だけではないだろう・・・



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2013年09月11日

東京五輪と7年後の日本・・・

 最近、世間では2020年東京オリンピックの開催が決定したことが非常に話題になっている。俺自身空手とダンスをやっていてスポーツは大好きで、特に純粋にスポーツを楽しむという目的でもあまり政治的文脈からこのオリンピック開催について論評したくないのではあるが、現実にスポーというものの社会における影響力が大きくなると同時に、政治的にも大きな意味を持ってしまっているという現実及び、最近のオリンピックに関係したニュースやネットでの反応に強い違和感を覚えたため、ここに自分なりの東京オリンピック開催の感想及び展望について書いてみたいと思う。

 まず第一に、どこぞのTとBとSのつくテレビ局がワイドショーで
「もっと経済状態が良い国があるのに」
「他の国に譲れば良かった」
「小さなナショナリズムにうずくまる日本」
「ひとモメあるかも」
「一部の人がいい思いするだけでしょ?」
などと、とんだ的はずれな批判をしてシラケムードを醸成させようとしたことについては、もはや論評するまでもないと思う。精々頑張って下らないキムヨナ上げと日本選手叩きを繰り返し、大量の抗議の電話とFAXでも受ければいい。

 一方で、非常に楽観的なお祭りムードや、あるいは東京五輪開催によって明るい日本の未来が約束されたかのような非常にマッチョで自己愛的な論評にも疑問を感じずにはいられない。

 まず第一に、有りうるというか実際にネット上で一部の人間が騒ぎ立てている東京オリンピック開催の問題点として、日本が現在抱えている放射能問題、東北の復興の問題、首都直下型地震及び、南海トラフ地震への災害対策といった複数の問題に対しオリンピックの準備という重要な課題が発生したことによってその対策が遅れるのではないか、あるいは十分な予算が割きにくくなるのではないか?という批判が存在する。

 一方で、逆にオリンピックで世界中から多くの人々が集まるからこそ、日本が世界に恥じない一流の先進国であることを証明するためにも政府は、これらの問題の対策に全力で取り組むだろうという見方もある。

 結論から言ってしまえば、どちらも有りうる現象であり、現時点では状況がどちらに流れるかはわからないのである。筆者自身の考えとしては、オリンピックの開催はその開催地のインフラを充実させる絶好のチャンスとなるため、現時点である程度のインフラが整備されている東京より、もっと地方の都市で開催したほうが地震のリスク回避のためにも、東京のインフラの一極集中を避けるためにも効果的であるのでは?と思っていたものの、こちらも結局考え方とその後の対策次第なのである。

 例えば、首都直下型地震のリスクに関しても、もしかすると逆に東京五輪開催が決定したことにより、今後4年以内に直下型地震が五〇%程度の確率で発生するという試算や、その甚大な被害に対しての対策ということについてより多くの人々がより切迫したリスクとして認識するかもしれない。なにしろ、現状で東京はM7クラスの地震に耐えうるだけの強靭性を持っていないことは明白であり、何の対策も講じないままで2020年より前に首都直下型地震が発生すればオリンピック開催どころの話ではなくなるのは明白なのだから。逆に、多くの人々が首都直下型の地震のリスクを直視し、たとえM7規模の首都直下型地震が発生しても、かならず2020年のオリンピックは東京で開催するのだという決意を持ってあらゆる対策に全力を投ずるならば、東京はこの上なく強靭な都市と化し、さらなる安全と繁栄が約束されるだろう。

 さらに、人口の集中に関してもこれだけ人口が密集している東京にわざわざオリンピックで外国人を連れてこなくてもとも思ったが、一方で、さらなる人口集中に対しての対策としてのインフラ整備の想定を出来るかもしれないし、人口が密集した状況での災害やテロ対策の予算を立てるためのチャンスになるかもしれない。

 つまり、「どうなるか?」という見通しと共に、ある意味それ以上に「どうするか?」という選択が重要なのである。オリンピックの準備にばかり目を向け肝心のより深刻な問題の対策をおろそかにして国家を傾かせることも可能ならば、同時に、オリンピックがあるからこそ、世界に恥じない一流の先進国として、放射能問題、東北の復興、さらには来るべき大災害に対する万全の対策を期し、堂々とオリンピック開催を行うことも出来るし、オリンピックの開催はそのための絶好のチャンスともなりうる。

 現在、世界情勢は混乱し、一見事態は沈静化したかに思える日本の状況も注意深く見てみるならば、様々な危機が迫っていることが容易に見てとれる未だ日本は政治的に分岐点にあり、オリンピックの開催はこのまま平和ボケで何の備えもないままに危機を迎えるか、それに対して万全の対策を期すかの分かれ目になるのではないかと思っている。



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2013年09月08日

安倍首相の陥穽・・・

 先日、菅原出さんと中野剛志さんの対談イベントに参加してきた。対談自体も面白かったのだが、やはりそれ以上に面白かったのが二次会での雑談。中野剛志さんは、対談では経産省の現役の官僚という身分もありいろいろと発言に制約もあるようだが、飲み会では別であるのか、かなりぶっちゃけたトークを展開してくれる。もし、仮に今後中野剛志さんのイベントに参加する予定がる方は、もし二次会がある場合はそっちまで参加することを是非おすすめしたい。

 本講座と二次会で共に話題になったテーマの一つが安倍政権の構造改革推進の問題点であったのだが、それらの話を聞いて、筆者はふと
「結局、安倍さんって小泉とブッシュの時代で思考が停止してるんですよね・・・」
と言ってみたのだが、中野剛志さんも、「そうそう」と同意をしてくれた。

 どうやら、この話題は先日行われた『表現者』50号刊行記念シンポジウムでも取り上げられたようであるが、安倍首相は未だに「構造改革推進」「競争原理の導入」によって大きな支持を得られると勘違いしているフシがある。

 日本で、もっとも強力に構造改革、規制緩和を推し進めたのは小泉純一郎元首相であるが、この小泉純一郎は
「自民党(つまり既得権の象徴であると思われる)をぶっ壊す!!」
「改革なくして成長なし!!」
をスローガンに様々な改革を推し進め、それによって絶大な支持を得た。

 つまるところ、安倍首相も当時の幻影を追い続けているのではないか?首相就任後の安倍首相の発言や、現実に推進している政策をみるにはっきり言ってそのように思えてならないのである。
曰く
「国を開く!!」「国際競争力の強化!!」「○○の分野の輸出を××倍に!!」「岩盤規制の改革に取り組む!!」
と・・・

 しかし、現実の世論を見てみれば、このような楽観的で威勢の良い言葉に良く言えば期待し、悪く言えば踊らされるような種類の人間は以前と比べれば減っていだろう。いわゆる第三の矢と呼ばれる成長戦略の発表後に株価が下落したという事実が端的に象徴するように、もはや国民のうちの多くあるいは少なくとも何割かは、夢物語のような非現実的な成長への幻想は抱いていない。むしろ、自分たちの足元を省みて、中高年であれば
「この不況をなんとかしてくれ!!」
「もっと、安定的で将来まで安心して生活できる社会にしてくれ!!」
若者であれば
「ちゃんとまともな仕事に就けるような社会にしてくれ!!」
「真面目にコツコツ働く人間が報われるような社会にしてくれ!!」
と非常に現実的かつ堅実な政策を実行していくれることを願っているのではないか?

 だからこそ、急進的な改革を推進しようとしているみんなの党や維新の会が失速し、逆に驚くべきことに共産党が議席を伸ばしたのではないか?まさか、共産党に投票した人達も、日本で共産革命を起こすために投票したわけでもあるまい。おそらくは、共産党の労働者の雇用条件の改善や、TPPのような急激なグローバル化や改革に対してノーの意思を示すような姿勢に賛同したのだと思う。

 その点では、安倍首相は全くの考え違いをしていると言えるだろう。もっとも、安倍さんが自分の支持を磐石にするために人気取りを目的として構造改革を推進しているのか、それとも本当に改革を推進することが日本のために良いことだと考えているのか、そのどちらであるかはわからない?まあ、おそらくはその両方であろう。そういう意味では、安倍さんは二重に勘違いをしている、第一には構造改革は現在の日本の状況を改善することはほとんどありえない上に、もはやそんな政策は対して期待されてもいないが故に、それを推進したところで支持率が上がるわけですらない。

 思えば、去年の衆院選では、救国内閣などと呼ばれ、現在の世界規模でのデフレ不況、国際的な政治の混乱、地政学的リスク、東北の復興問題、来るべき大災害に備えた国土の強靭化といった様々な課題を抱える中で、それらの危機を克服することを期待された政権であったが、その後の一時的な事態の沈静化(もっとも国際情勢はますます混迷を極めているのであるが)と共に多くの国民と同様、政権にまで危機感が薄れてきたという事実がある。

 そのような状況の中で地道な景気対策、災害対策といった政策の重要性を忘れ、一国の首相までもがなにやら威勢の良い改革論や成長論を吹聴している様子を見ていると、どうにもうんざりしてしまう。はっきり言って、「こいつらは真面目に政治をやる気があるのか?」と疑ってしまうのである。

 言論人も、言論人で、ついこの間までは、左派の論客が民主党を政権の誕生を「これで初めて日本に本格的な民主主義が生まれた!!」などと絶賛していたかと思えば、今度は「アベノミクス万歳!!」と、逆に右派の論客は、民主党の現実には実現不可能な夢物語の様々な政策についてその非現実性を批判していたのに、今度安倍首相が夢みたいなことを言い出せば、「安倍さんは素晴らしい首相だ!!」と手放しで絶賛・・・一体この軽率さは何なんだろう?と疑問に思わずにはいられない。

 多くの庶民の、現実的で悪く言えば醒めた、良く言えば地に足のついた目線と、政治家や言論人のあまりの軽薄さのギャップは一体なんなんだろうか?戸惑ってしまうのが筆者個人の現状である。



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2013年09月07日

『あなたはなぜ「嫌悪感」をいだくのか』(著 レイチェル・ハーツ 訳 安納令奈)を読んで・・・

 人間の抱く嫌悪感について解説した本。ごくごく簡単にわかりやすく解説すると嫌悪感は恐怖のような直接的な危険や死に対する反応ではなく、病気や毒などより緩慢緩やかな危険や死に対する防御のために発達した人間独自の感情であるとこの本では解説する。つまり、常に身の回りに危険が存在し、死と隣り合わせにある野生動物では発達しなかった、ゆっくりとその生物を死に追いやっていく毒や病、病原菌に対する拒否反応として人間は嫌悪感を発達させたというのだ。そして、その嫌悪感は個々の人間特有の感覚に限定するのではなく、社会全体の防御反応として、社会学的に応用させている点もこの本の面白いところである。

 嫌悪感はきわめて社会的な感情である。この感情は、自分がどの社会集団に属するのか、その社会での相互関係の大切さを理解しているかに影響されている。同じように、病気に対しても嫌悪感をいだき、健康を損ねないように病気を避けなければならない。嘘つきや詐欺師は、道徳的にも不愉快で、私たちの生き方を破綻させる恐れがあるので、避けなければならない。嫌悪感と共感の抽象的で自己中心的な側面はまた、政治基盤の根底にみられる。政治には、他者の要望や目標を理解し、それをコントロールし、グループ内部の力関係をまとめる働きがある。道徳的、および社会的嫌悪感―なかでも誰を回避し、排除し、反対すればよいのか―は、政治で用いる初歩的なテクニックである。
「私に投票してくれれば、やつらを締め出してこれを法律にしましょう」というようにだ。同時にこれは共感を有効に使うスキルであり、民衆の問題に取り組む政治家だったら熟知している巧みな手腕だ。彼らはこうして社会全体にとってより良い暮らしを約束する。(『あなたはなぜ「嫌悪感」をいだくのか』p325)


 一般に、ある特定の集団が集団内の団結力を強化しようとする際に、多くの場合外部に打ち克つべき、あるいは排除すべき敵を想定する、そうした場合外部の敵に打ち勝つべくあるいは排除するため集団内の団結力、結束力が強化される。これは国家の場合でも同様であり、仮想敵国に打ち勝つべく、あるいは他国からの侵略に対抗すべく国民が一致団結し国力を高める。もちろん、これは必ずしも一概に悪いことでばかりであるとは言えない、かつて過激な排外的思想を持った尊皇攘夷論者に命を狙われたこともある福沢諭吉も、一部にイカレタ排外主義者が存在することを認めつつも、尊王攘夷の思想について、他国からの侵略に負けないように、国民が一致団結して大きな力を発揮したことは良いことであったと認めている。

 このようなある意味で、排外的かつ国粋主義的な思想や運動の根源の一つに、極めて社会的な感情である嫌悪感という感情が存在する。

 しかし、この嫌悪感の利用は、集団内の団結力を高める可能性がある一方で、政治家や政治活動家などがこの嫌悪感を利用し自らの権力獲得の目的のために使おうとした場合、非常に大きな問題が発生し得る。このような敵意や嫌悪感を他国へと向けた場合、場合によっては他国との関係は著しく悪化し戦争すら起こりうる。では、はっきりと他国への敵意を表明することのできない臆病な政治家は何を行うか?このような政治家は多くの場合国内に敵を想定する、いわゆる既得権者というやつである。

「国内に○○という、甘い汁を吸っている既得権集団が存在する、こいつらが甘い汁を吸っているせいで我々は大変な生活を送っているのだ。この既得権を潰せば我々にもその分け前が回ってくるに違いない!!」
と。外部に敵を想定する場合と内部に敵を作る場合、このような対立を煽る人間にとってはどちらにしても大衆の支持を集め権力を得られるという同様の効果があるが、この手法によって起こる現象は前者と後者で全く違う。前者のように、外部に敵を想定する場合は国内の団結力を高めるのであるが、一方で後者の国内の特定の集団を敵に見立てる方法は国家の分裂をもたらす。それまで、一つの国家のもとで暮らす国民であったはずであったのが、このような対立を煽られることによって自分たちの利益を侵害する敵へと変化させられる。

 しかも、このような対立を煽られた側は何も得るものがない。現実の日本でも過去に散々に既得権を叩いて、「こいつらが、悪いんだ!!こいつらがいなくなれば、我々の生活はもっとよくなるのだ!!」と煽る政治家や評論家は散々に現れてきた!!曰く「自民党が悪い!!」「土建屋が悪い!!」「郵政が悪い!!」「官僚が悪い!!」「農協が悪い!!」「公務員が悪い!!」こいつらが我々の足を引っ張っているのだと。

 しかし、このように民衆を煽り既得権と思われる集団を散々に叩き続けてきた結果一体何か一つでも良いことがあったのか?結果として、政治は混乱し、国家の一体感は失われ、経済は長期のデフレ不況へと低迷していったのではなかったか?

 つまり、簡単に言いたいことをまとめるとこうだ。多くの論者はかつてのナチスのような排外主義や国粋主義を嫌うあまり、国粋主義や排外主義には十分すぎるほどの警戒感を持ち続けて来た。しかし、現実には、現在のように国内に既得権を仮想敵として想定し、それとの対立を煽ることはある意味でナチスのような排外主義以上の弊害をもたらしてきたのではないか?簡単に言えば、極度の排外主義がナチスを生み出すとするなら、極度の既得権叩きは魔女狩りと文化大革命という別の悲劇を生み出すということである。

 もちろん、現在の日本がナチスや魔女狩りと同等の悲劇的な結末を迎えることは考えにくい、しかし、一方で以前の記事でも指摘したように、非常に煽られやすい空気や、全体主義的な警告が国家として醸成されつつある現在、このような悲劇を想定しつつ慎重な行動や判断が政治家やあるいは政治に携わる全ての者に求められているように思えるのである。



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