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2013年07月31日

『間違っている エラーの心理学、誤りのパラドックス』(キャスリン・シュルツ 著 松浦俊輔 訳)を読んで・・・

 俺は、数年前から、「人間はなぜトチ狂った行動や判断をしてしまうのか?」みたいな事が書かれた本をたくさん読んでいる、まあ大体どれも同じような事が書いてあることが多いのだが、まあそれぞれに微妙に違った視点や価値観から論じられていて色々と読んでみるのも面白い。

 人はよく他人を見ながら
「なんで、この人はこんなおかしな考えに固執してるんだろう?」
などと思ったり、
「なんで、こんなバカな行為を繰り返すんだろう?」
などと考えさせられたりするが、こういった種類の本では、なぜ人が誤るのか?という理由がさまざまに述べられていて面白い。時には
「あー、なるほど、あの人がこんなに愚かな主張を恥ずかしげもなく主張するのはこういう心理的な要因が作用してるんだな」
などと妙に納得してみたり、また別の時には、同様の愚かな過ちを自分自身も冒しているかもしれないと思い思わずわが身を振り返ってみたりもする。

 ところで、この本では、人はどれだけ自分の過ちを認めるのが困難であるかということが事細かく解説されているのだが、それにもかかわらず、ある人物が自分の過ちを(少なくとも一部は)認めた時に、どのような反応を示すかということも書いている。その反応のうちの一つとして、非常に馴染み深いある反応パターンについての解説があったので紹介してみたい。

 たとえば、「時期ずらし」弁護、私なら「間違っていたけれど、来年まで待とう」式とでも呼びたい方式を考えてみよう。(中略)
 「時期ずらし」弁護は政治分析家、株式市場ウォッチャーなど、未来を予測しようとする人(誰でもそうだ)の間ではとくに永遠の人気を誇っている。ジョージ・W・ブッシュは二〇〇六年にそれを使った。イラク戦争の取り扱いについて、アメリカ人の70パーセントが反対していることを示す世論調査に対して、自分は「長い歴史の歩みによって」正しいとされるだろうと説いた。この方向からうかがえるように、「時期ずらし」弁護の一つの含みは、自分がどんなに間違っているように見えても、今正しいように見えている人よりも、本当は自分のほうが正しいということだ。私は先を見通していて、もっと遠くの高い視点から(つまり神のように)形勢を見ているという。「時期ずらし」弁護の困ったところは、いつでも使えるとはいえ、ばかげている場合が多いことだ。この論理によれば、マーク・トウェインが亡くなる一三年前に訃報を出した記者は、予言者のように正しかったことになる。(p285)


 この部分の説明を読んで、俺がまず初めに頭に思い浮かんだのは、東田剛さんがメルマガで紹介していた安倍総理の言葉である。

「TPPはアジア・太平洋の「未来の繁栄」を約束する枠組みです。」
「『TPPがアジア・太平洋の世紀の幕開けとなった』。後世の歴史家はそう評価するに違いありません・・・TPPへの交渉参加はまさに国家百年の計であると私は信じます。」
「私たちが本当に恐れるべきは、過度の恐れをもって何もしないことではないでしょうか。前進することをためらう気持ち、それ自身です。私たちの次の世代、そのまた次の世代に、将来に希望を持てる「強い日本」を残していくために、共に前に進もうではありませんか。」

これぞ、まさに先ほどの文章で解説されていた「時期ずらし」弁護そのものだろう。先ほどの文章では
>「時期ずらし」弁護の困ったところは、いつでも使えるとはいえ、ばかげている場合が多いことだ。
と書かれているが、困ったことはもう一つある、この論法を使いものの口からは何やら勇ましい言葉が飛び出すものの、その説明には何一つ具体的な内容が含まれていないということだ。

 東田剛さんは、安倍総理のこれらの発言について、このように述べている

「TPPはアジア・太平洋の「未来の繁栄」を約束する枠組みです。」

この台詞は、交渉途中の離脱の可能性を封じるものでしょう。TPPが「未来の繁栄を約束する枠組み」なら、離脱する理由はないからです。
実際、総理は、途中離脱の可能性について慎重に言及を避けています。

TPPについては、多くの論者が危険性を指摘し、多くの国民が懸念し、自民党内でも240人もの国会議員が反対論を展開しました。
そんなTPPについて、あっさりと「未来の繁栄を約束する枠組み」だと断言する。これは、総理が、反対派の意見を真面目に聞く気はないことを暗示しています。(中略)
さらに、総理は、こうも言っています。
「『TPPがアジア・太平洋の世紀の幕開けとなった』。後世の歴史家はそう評価するに違いありません・・・TPPへの交渉参加はまさに国家百年の計であると私は信じます。」

後世の歴史家に評価を任せるというのは、政治家が説明責任を放棄して強行するのを正当化するときの言い草です。どんなに深刻な問題が生じたとしても、百年後は正しかったということになるのだから、今は言うとおりにしろということです。
百年後は正しかったと評価されるなどという証明不可能なことを「信じる」と言い切ってしまった人には、何を言っても通用しないでしょう。
つまり、これは、議論の打ち切りの通告なのです。


 この「時期ずらし」弁護のやっかいなところは、この神のような視点からモノが見えているという立場を取ることにより、今現在考えられる具体的な論点をすべて吹き飛ばすことが可能になるという点である。だからこそ、「具体的な論拠を示すことで安倍首相の決断を思いとどまらせよう」と考えていたすべてのTPP反対者強い徒労感、失望感、虚無感を抱かせることが出来るのである。

 ちなみに、これと同様の論法は、皮肉なことに安倍首相を支持している保守層の多くが心の底から軽蔑しているあの鳩山由紀夫も過去に使用している。首相を辞める時の「国民が聞く耳を持たなくなった」という発言がそれである。 こちらの場合は、必ずしも「時期ずらし」をおこなっているわけではないが、
>もっと遠くの高い視点から(つまり神のように)形勢を見ているという
含みを持たせている点は、同様である。この説明を聞いた保守層の人々のほとんどは、憤慨するか、心底軽蔑するか、徹底的に馬鹿にするか、このうちのどれかの反応を示したものだったように思えるが、はたしてほとんど同様のロジックを用いた安倍さんに対して、どの程度の数の保守層が同様の反応を示しただろうか?

 もちろん俺は、安倍さんを支持したり応援することが悪いと言いたいわけではない。それでも、かつて徹底的に馬鹿にした民主党の元トップと、安倍さんが同じ過ちを冒そうとしてるのを見て、何の反応もなく、「まあ、安倍さんのことだから色々と深い考えがあってのことなのだろう」として済ますのはいかがなものかと思うし、少なくともフェアではない。ついでに言えば、「安倍さんのことだから色々と深い考えがあってのことなのだろう」と考える事は、
>もっと遠くの高い視点から(つまり神のように)形勢を見ているという
含みを持たせようとする安倍さんの論法にまんまと引っ掛かることになるのだから、あまり賢い判断とは言えないのではないかと思う。

 え?愛国者の安倍さんがわれわれ保守派を騙そうとするわけがないって?いやはや、それはなんとも・・・



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2013年07月27日

ネット選挙解禁も含めて参院選についてアレコレ書く

 今回の参院選は大方の予想通り自民党の圧勝で終わったのだが、いくつか気になった点があったので、特に選挙の結果そのもの以上に選挙をとりまく周りの言論状況等について書いてみたい。

 今回の選挙で特に注目が集まった候補者といえば、やはり山本太郎と渡邉美樹の二人だろう。ネット上では、渡邉が当選したことや、山本太郎を当選させた東京都民の愚かさをオーバーに嘆いてみせる声が特に目立ったが、前回の衆院選の結果から山本太郎の当選は予測できた。自民党の調査では、すでに公示前に「5位に喰い込む」と予想していた。各メディアの調査でも、3日前から「当選圏内」と出ていた。渡邉美樹に関してもおそらく当選するだろうと思っていた。むしろ、あれだけ下位での当選だっただけまあまともな判断する人がそれなりに多かったという事だろう。仮に小泉の時代であればもっと楽に当選していたハズだ。

 「ネット選挙が〜」などといったところで、ネット使うようになっただけで、人間そんな急に賢くなるはずもない。ネットなどは所詮情報をあつめるための1つのツールにすぎない。自分がネット使うようになってどの程度賢くなったかって考えれば分かることだろう。

 まあ、そうは言っても俺自身は山本太郎は嫌いだし、当然ながら出来ることなら落選して欲しいと思っていた。何より、俺は政治の世界で奇抜なパフォーマンスや政治信念を表明することによって大衆人気を集めようとする人間が大嫌いなのである。ビジネスやスポーツ、あるいは芸術の世界といった分野で奇抜な事やろうとするのは個人の自由であり、一向に構わないが、政治の世界で奇抜さを売りにしてる人間は、まあほぼ間違いなく信用出来ない人間だと思って良い。そもそも、何千万、あるいは何億といった人々の生活や生命が関わる政治の分野でワケのわからん奇抜なイデオロギーや政策論、あるいはパフォーマンスで人気を獲得しようと思う人間がまともなワケが無い、非常に多くの人々の人生に多大な影響を否応なく与えてしまう政治という分野において最も重要な要素は確実性と安定性である。

 まあ、俺自身もこのような考えを持ってはいるのであるが、それにしても、まあ渡邉や、山本太郎の当選をあまりにも派手に嘆くネットユーザーの主張を見ても、今さら何を驚いてるんだ?と思う。実際に、異常なまでの理不尽な東電叩き、これまでの構造改革やTPPの議論と、いくらでもそこに至る過程であると見て取れる兆候はあった。

 例えばの話だが、もし仮に、西部さんのような人が俺のツイッターのTLを見たら、きっと「コイツ等は、何を今さらワタミだの山本太郎だの大騒ぎしとるんかい・・・」と言うと思うのだ。

 おそらく、西部さんのような視点からすると、大衆を見たとき、お湯の温度がどんどん上がってるのをずーっと無視してて、お湯が沸騰してブクブクし出したとたんにギャーギャー大騒ぎする人間のような愚かしさを感じとるのだと思う。
「お前ら、お湯の温度が上がってる間、何もしないどころか、それに気づきすらしなかったじゃないか!!」
と・・・。

 ほとんど全ての人々は、派手でわかり易い事件に対しては大げさに反応するものの、そこに至るまでの大小様々な兆候に関しては驚くほど鈍感である。そういう人々は往々にして、高い認識力や鋭い見識を持った少数派の人々が、大きな危機を招く可能性のあるさまざまな出来事に対して発する警句をことごとく無視する。ある時は、そんなの「ビビり過ぎだ!!」と言ってその訴えを退け、またある時はただそれが少数派の意見であるというだけの理由でバカにする。

 以前、西部さんは、冗談で「あれだけ、アメリカについていけば日本の安全は大丈夫!!なんて言い続けていた岡崎久彦でさえ、最近では米中接近を言い始めているようだが、ハッキリ言って彼はワシに謝れと言いたい!!」と言っていたが、おそらく半分冗談半分本気といったところだろう。

 おそらく、いつでも現実の人々や社会の認識はこのようなものなのだろう。大衆が一部の優れた認識力を持った人々の卓見を無視し続ける、そして何か事が起こった時にようやくどちらが正しかったのかがわかる時が来る。

 まあ、願わくばこの山本太郎と渡邉美樹の当選がさらなるさらに大きな危機への兆候でなければと思うが・・・。



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2013年07月15日

『反・自由貿易論』(著 中野剛志)を読んで〜日本がTPPを批准しなかった場合何が起きるか?〜



 なんとなく、これ以前に書かれた『自由貿易の罠〜覚醒する保護主義〜』と似た内容の一冊。しかし、TPPという言葉が日本で話題になるはるか以前に、現在行われている様々な貿易協定の問題点を的確に指摘していたという点は、さすが鋭い認識力と先見力の持ち主であると感心させられる。

 『自由貿易の罠』では、あとがきにて

 保護主義については以前から関心があったが、正直に告白すれば、一冊のまとまった本として論ずることが出来るか否かは、依頼を受けた時点では自信がなかった
 しかし、実際に検討を開始してみると、保護主義を説得的に擁護できる議論が、予想以上に存在することが分かった。逆に、自由貿易の原則を信じるに足る理論的根拠は、ついに見つからなかった。


と書いているのであるが、この思いは今でも全く変わりはないのであろう。特に昨今のように、世界の様々な国同士で結ばれるEPA・FTA等の貿易協定が大変多くの弊害を生み出している状況を目の当たりにしてますますその思いを強めているだろう。

 ちなみに、この『反・自由貿易論』では、もはや絶望的な状況になりつつあるTPP問題において、仮に日本が土壇場で条約を批准しなかった場合に、一体何が起こるか?という事についてオーストラリアの教授が書いた本『異常な契約-TPPの仮面を剥ぐ』の議論を引用してこのように説明している。

 もし日本がTPPへの参加を明確に拒否した場合、何が起きるでしょうか。おそらく多くの人が、アメリカとの関係が悪化することを一番懸念するのではなでしょうか。
 この点に関しても、本書の冒頭で参照した米豪FTAの例が参考になります。リンダ・ウェイス教授らが論じたように、オーストラリアもまた、アメリカとの同盟関係に配慮して、米豪FTAに合意したのですがウェイス教授らは、前述の著書の中でオーストラリアは米豪FTAの批准を拒否すべきだと主張し、次のように述べています。


 批准拒否するということは、「アメリカ人が持ち込んできたFTAには気をつけろ―注意深く検証すれば、これらのFTAは参加する価値が全くないだろう」という強いメッセージを世界中に送ることでもある。オーストラリアは、アメリカのFTAというジャガノート(訳註・人間を轢き潰すヒンドゥー教の神を祭る山車)が動き出すのを止めたとして、世界中から称賛されるだろう。これもまた、私たちの不利益になるようなことではない。
 われわれが米豪FTAの批准を拒否したら、アメリカは敵対的な行動だとみなすだろうか?それも逆だと示す証拠がある。批准を拒否しても、我々がアメリカに何かしたというわけではない。我々は、アメリカとの共同の軍事行動を行うのを拒否するわけではないのだし、すでに十分受け入れているアメリカの製品や投資を拒絶しようというのでもない。我々は、単に「あなた方の基準ではなく、われわれの基準で物事を考えているのです」と言えばよいだけである。そうすれば、今日、日本以上に攻撃的な経済ナショナリストと化しているアメリカは、オーストラリアの独立心の表現とみなし、少なくとも非公式にはこれを評価するだろう。強い心をもった現実主義者であるアメリカ人たちは、我々がこんな不平等な取引になびいたら、少なくとも私的な立場においては、それを従順さと卑屈さのしるしだとみなすだろう。


(中略)もし、日本の首相が…TPPを拒否してみせれば、オバマ大統領は少なくとも内心では納得せざるを得ず、それを言い切った日本の首相に対して敬意を払うでしょう。そして、アメリカが主導するグローバル化は失敗であり、国内社会を犠牲にせず、各国の多様性と自律性を認める新たな「国際化」の世界秩序が必要であるというメッセージを、世界に向けて発信することができるのではないでしょうか。
(『反・自由貿易論』著 中野剛志 p193)


 全くもって、同感である。経済評論家の廣宮孝信さんは安倍首相がTPP交渉の参加表明を行う前の時点において、「仮に安倍首相が早い段階でTPPの不参加を明確に表明した場合、他国に対してTPPはクソ条約だと宣言したに等しくTPPの年内条約締結を目指すアメリカの面目を完全に潰す事になる。だから、TPPに関しては参加とも不参加とも明言せず出来る限り決断自体を先延ばしにするべきだ。」とった主張をしておりまったく理に適った選択であると感心したが(もっとも、安倍首相の参議院選挙前のTPP交渉参加表明はそれを完全に台無しにしてしまった)、先の引用で書かれていたように、むしろ積極的にTPPを拒否する姿勢を見せることにもメリットはある。特に、中野剛志さんが開国病などと揶揄するグローバル化大好き連中が散々に述べている「世界から尊敬される国家に」なる事を考える場合。1000年に1度の大災害を経験した東北地方をさらなる地獄に突き落とすに等しいTPPという条約を受け入れることは、国際社会から軽蔑されることはあれど、全く尊敬されず、ただただアメリカに追従するために国内の被災地を見捨てる冷酷で卑屈な国家であると見做されるだろう、実際にそれ以外に評価のしようもない。

 最後に、安倍首相が第一次の安倍政権時から主張しているいわゆる価値観外交についてもすこし言及しておきたい。まず、この点について第一に述べたい事は、戦後最も多くの戦争を行ったアメリカに対して日本と価値観を同じくする仲間であるなどという欺瞞は即刻止めて欲しいという事だ。さらに、アメリカのようなマッチョなナルシシズムと個人主義、利己主義に凝り固まった精神性も、安倍首相の掲げる瑞穂の国という理念とは決して相容れないものであろう。確かに、現実の日本人の価値観がそのようなアメリカ型の愚かな個人主義やナルシシズムに侵食されつつあるという事は事実であるとしても少なくともそれは日本人が理想とする精神性とは決して親和的ではあり得ない。

 そして、第二に、すでにオバマ大統領はそのような価値の次元を政治や各政策の中心課題には据えていないという問題もある。実際、オバマ大統領が演説で貿易協定について述べている時、その主眼は価値観を共有する国家と自由で公平な貿易のルールを策定していこうなどという甘っちょろい理想論ではなく、徹頭徹尾国内の失業問題の解決という極めて内向きで現実主義的な問題解決のツールとして捉えている。もちろん、貿易協定によってアメリカ国内の失業問題を解決させるという事は、他国に自国の失業問題を押し付けるという事である(これを相手の国内で堂々と宣言してしまう神経には恐れ入るが)。もっとも、リベラリストであるオバマ大統領の頭の中に一切に理想主義的なヴィジョンが欠如しているとも考えにくいが、少なくともそのような理想論に終始することが不可能な程に、現在のアメリカの国内情勢は厳しいという事だろう。

 理想主義的な価値観外交の一環として、貿易協定を捉えている安倍首相と、極めて現実主義的で利己的な目的を達成するための手段として貿易協定を捉えているオバマ大統領。このような部分にも日本とアメリカのTPP交渉における非対称性が垣間見えるように思える。



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2013年07月07日

『それでも日本は原発を止められない』(山名元 森本敏 中野剛志)を読んで・・・〜財界に支配される日本の政治について〜

 前回の記事(『長いものには巻かれろの安倍首相の基本的外交および国内政策方針・・・』http://achichiachi.seesaa.net/article/366557825.html)に引き続き、今回も如何に日本の政治が財界の支配下に置かれているかの現状について書いてみたい。そして、今回取り上げるのは原発問題のみならず、エネルギー安全保障や日本人の各種政策に関する議論の稚拙さ等々様々な問題について多面的な視野から書かれた本である『それでも日本は原発を止められない』の一文。

 もう一つ、話題になっているのが「再生可能エネルギー法」です。再生可能エネルギーによる電力の全量を固定価格で買い取るというもので、二〇一一年八月の国会で成立しました。ただこれも、今まで再生可能エネルギーへの投資意欲が自発的に湧かなかった現実に対し、経済的な導入障壁を下げるという当面の策を提供しただけです。自然エネルギー利用に対する国民の意識や意欲を高めるという意味では意義はあるでしょうが、これが究極の解を提供するものではありません。
 厳しい言い方をすれば、現状のインフラに無理やり再生可能エネルギー発電を増やすための政策であり、これには、自ずと限界があるということです。たしかに損をしないビジネスが保障されているわけで、発電設備の量もある程度は増えるでしょうが、社会全体で見ると、その負担の公平性を欠いていることや発電装置の将来の価格低下の期待が不透明であること等、問題は多々存在します。バックアップ電源や系統安定化に多大なコストをかけ、このコストに対して市民から強制的に費用を徴収するカタチになるからです。(中略)
 ところで、この法律の“立役者”といえばソフトバンクの社長の孫正義氏でしょう。その「脱原子力」の論調は、多くのメディアに取り上げられ、話題となりました。しかし、孫氏は、一方で福島の事故以降に同社のサーバーを韓国に移転したとも報じられています。韓国の電力の四〇%は原子力。ここにおおいなる論理矛盾を感じるのは私だけでしょうか。
 サーバーの移転は韓国において原子力を含む安定・安価な電力供給のメリットを享受するためでしょう。ところが日本では、原子力を廃して再生可能エネルギーの拡大を主張する。つまり自社だけは供給の安定した国に非難しておきながら、日本に対しては、多大な投資を必要とする不安定電源の増大を要求しているわけです。
 国内に残る製造産業の死活問題や固定価格全量買取制度を支える国民の負担について論評しないまま、太陽光発電への投資を進めるということは、固定価格全量買取制度に裏打ちされた損しないビジネスへの投資を謀っているといると見られても仕方ないのではないでしょうか。原子力を含むエネルギー安全保障体制の下での経済発展を素地にして、携帯電話やインターネットビジネスで大儲けしてきた人間が、“勝ち馬”を乗り換えようとしている様にも見えます。(p251)


 この文章から読みとれる重要な事実は二つ。一つには現時点において、財界の人間がエネルギー政策という国家運営において最重要といって良い程の重要課題に意見を言い、それが実際に大きな影響力を持ってしまっているということ。そして、もう一つさらに重要な事実はその財界人は国家や国民全体の利益など何も考えておらず、ただただ自らのビジネスチャンスを拡大させることのみを目的に政治に圧力を掛けているということである。

 今回の参院選ではワタミの渡辺氏が自民党の公認を得て立候補するという事が大変話題になっているが、このことも深く関係していると思われる。中には、「ワタミの会長が一人入ったところで特に大した事は出来ない」という見方もあるが、俺はそうは思わない。選挙前にあれだけのバッシングやさらには自民の候補として出馬する事に対する抗議行動が行われたにもかかわらず(落選運動ではなく、一候補者の出馬自体に対して大規模なバッシングが行われる事がそもそも普通ではなかなか考えられない事態であるが・・・)、自民党が公認を取り消さなかったという事は、それだけ自民党、さらにいえば安倍政権が渡辺氏に期待をかけている事の証明である。ハッキリ言って、渡邉美樹に関してはただの集票目的のマスコットではなく、自民党の今後の政策において重要な位置付けをされていると考えていい。三木谷氏が産業競争力会議のメンバーを抜けると申した事に対し、安倍首相の周辺の人物が必死に止めたという事実が、安倍政権が如何に財界の人間を徴用しているのかという事実を如実に物語っている。

 さらに、厄介なのが、おそらく首相周辺の人物は、彼らの意見を参考にすることが本当に日本の国益に適うと信じていることだ。中野剛志さんと柴山桂太さんは、かつて対談で「スティーブ・ジョブズ等の優秀な経営者の意見を参考に国家運営を営んでも、企業経営と国家運営はあまりにもその性質がかけ離れているために、全く参考にならず、むしろ多くの場合害悪が発生する」というような事を言っていたが、まさにその通りで、特に現在のようなグローバル化した時代にあっては、非常にしばしば財界の利益と、中小企業の経営者やその従業員である多くの国民の利益が反する自体が発生する。資本家と、労働者の対立などというといかにも古臭い話に聞こえるが、現実に昨今のグローバル化の波がその古い対立を表面化しつつある。

 結局のところ、財界人であろうが労働者であろうが、厳しい競争環境にあっては、ますます利己的に振舞いだし、その対立は激化していく。協力と利己主義のパラドクスとでも言おうか、人々、あるいは生物は厳しい競争環境にあっては、それぞれが皆で協力し合わなければ生きていけなくなるのだが、現実には、厳しい環境になればなるほど、皆自分の利益を確保するために利己的に振舞う傾向が強くなる。つまり、皆個々人が豊かで幸せでいられる環境にあっては、比較的協力的になる一方で、皆で協力し合わなければどうしても切り抜けられないような厳しい事態に直面した時ほど、皆自分だけは生き残ろうと考えて協力とは逆の方向のベクトルが働く。

 利己主義からの脱却などと口先で言うのはいとも簡単ではあるものの、これはある意味人間としての本能であるともいえ、なかなかに克服困難な問題なのではないかと思われる。昨今の現状では、特に、財界や知識階層といったエリート程この利己主義の克服という課題は強く突きつけられている。




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