まず、『民富論D』では、投資の金額が貯蓄の増加とイコールで結ばれる。と解説したが、現実の日本経済をみたときの民間の貯蓄(あるいは企業の内部留保)の増加は投資のみでは説明できない。
日本(人、企業)貯蓄の源泉の代表的なものの一つは、貿易黒字であり、それから政府つまり官の赤字である。
これらについても、おいおい書くとして、今回のテーマは
「日銀の発行した通貨がいかにして社会に流通するのか?」
である。
「日銀は日本で唯一の発券銀行である」これは、中学卒業以上の者であれば誰でも知っている事実だ。しかし、先ほど「日銀の発行した通貨がいかにして社会に流通するのか?」の問いについては誰もが答えられるワケではない。
非常に基本的でありながら、意外と知らない人も多い問いであろう。
まさか、日銀が発行した通貨を空からばら撒くと思っている人はいないだろうが・・・。
ちなみに、この後に続く文章は全てが何かしらの資料で確認をとった事実ではない。経済やお金についていろいろ調べているうちに俺が「いろいろなデータを総合してみるとどうやら日銀から始まるお金の流れはこのようになっているようだ」と推測した箇所も多く含まれるので承知しておいてほしい。
この問いの答えは一つではない、まず一つ目は日銀が銀行にお金を貸す。そして日銀からお金を借りた銀行が民間に貸し出すことで社会に金を流通させるという方法。この機能こそが日銀が銀行の銀行と呼ばれる理由である。
それから、もう2つ目は国債の買い取り。日銀(又は日銀からお金を借りたその他の銀行)が国債を買い取る、そうして日銀から直接あるいは間接的にお金を受け取った政府が国家予算として使用したお金が民間に流れる。
それから、3つ目が日銀が民間から直接的に資産を買い取る方法。これは公園であろうがビルであろうがなんでもかまわない。とにかく日銀が資産を民間から買い取ることでこれまた社会にお金が流通する。
他にも、日銀が消耗品を買うこともあれば、日銀の行員の給与の支払いもある。ただ、これらのことはあまり重要とは思いにくいので解説は省略。とにかくお金を貸すか、使うかすることによって社会にお金が流通するのである。
しかし、ここで一つの疑問が残る。
「たとえ、日銀がこれらの方法で金を社会に流通させたとしても、社会の富の量自体は変わらないのではないか」
と、しかし、現実にはバブル崩壊まで日本経済はひたすらに富を増加させてきた、当然お金の量もである。
例えば、日銀がお金を他の銀行に貸し出してその銀行のお金が増えたとしても、同じ額だけ借金という負債も増えるので富の資産の量は変化しない。さらには当然のことながらこのお金はいつか返さなくてはいけない(とされている)ものである。
民間からの資産の買い取りにしても、不景気で通貨の流通量を増やすために資産を買ったとしても、その後景気が過熱気味になり通貨の流通量を減らしたいとなったときに再び民間に売り戻すこととなる。もしこの時に買い取り金額と販売金額が同額であるならやはり社会の富は増加しないことになるのだ。
この疑問の答えは先に挙げた『民富論D』の中にある。
つまり、『民富論D』のなかで説明したように投資家や企業家が投資を行いその分だけ社会の富が増加する。
その新たに増加した富(資産)を日銀が買い取ることで社会のお金も増加するのである。
と、ここまで書いておいて実は「すまん」と謝っておきたいことがある。というのも先に書いたように、この理屈が全て正しいという確証は実はないのである。何かの本に書いてあったワケでもなく、いろいろな情報をつなぎあわせて俺自身が考えだした理屈である。
もし
「この他に社会のお金の量を増やす方法はないのか?」
と問われれば、
「あると思う」
と俺は答えるだろう。
たとえば、今までは無価値なゴミでしかないと思われていた物質が新たなエネルギー燃料の素材であると判明すれば、(不思議なことだが)その判明した瞬間に社会の富は増加することになる。
宇宙のすべての真理を理解している者はいない。その例えがオーバーであるというなら、現代のPCの仕組みを完全に理解している人間は存在しない。
それと同じように社会のお金の流れをすべて理解している者は存在しないのである。
だから、こそこのような一部推測的な議論はどうしても必要なのではないかと思っている。
「一般にいって、いわゆる働き盛りといわれる年齢の人は、一生懸命働いて貯蓄します。(中略)このため、働き盛りの人がたくさんいる社会は貯蓄がたくさんあることになります」(『竹中教授のみんなの経済学』竹中平蔵)
少なくとも、こんな文章を恥ずかしげもなく披露し、それでいて偉そうに経済の専門家を名乗るよりは、100パーセント正しいという保証はなくとも情報を集めたり、分析したり、推論をたててみたり、少しでも真実に近いと思われる認識を獲得に向けて努力する。それこそが探究者として正しいあり方なのではないだろうか。
↓あー、なんかだんだん文章が難解になってきた・・・応援よろしくお願いします

