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>はじめまして、中々面白そうな話を書いているなと思ってこの記事を読ませていただきました。私は名前の通り海外在住なのですが、その点から思ったことを書かせて頂きます。
私が思ったことというのは管理人さんの言うことはある種正しいけども、少なくとも時代の流れにはそぐわないことになっているということです。
理由を書かせていただきます。それは一言で言うなら世界規模で「個人の力が容易に生かされる環境」が生まれてきているからです。中途半端な説明ですが、ある程度優秀な人材であればその人の国籍がある国で仕事を探すよりも海外で仕事を探したほうがやりがいのあり、経験もつめる仕事が簡単に見つかるということです。
以前ならば日本だけの話でも世界を又に駆ける人材というは研究者でもごく一部、普通の仕事をする人なら商社マンくらいでしたが、今は簡単に仕事が世界にわたっています。そう規模の話が世界全体で起こっており優秀な人材が気軽に海外に移動するという時代がやってきているということです。
その視点で考えると、「皇室」であるとか「日本を憂いる気持ち」というのは日本人として非常に共感は出来るでのですが、あまり意味がないと思っています。なぜならその論法は日本という国をサイズでみた全体論にすぎず、そういったものが重視される時代ではなくなりつつあるならばあまり意味がありません。
その点から伺います。管理人さんに質問したいのですがなぜそこまで日本に拘る必要があるのでしょうか?日本が多くの問題を抱え悩ましい国であるのは事実ですがならばより良い環境を自分で作り出したり、または探す為に外に出るという方法の方が最近は健全かつ現実的だと思います。それほどまでに世界規模では「個人の力が容易に生かされる環境」が生まれてきています。
少なくとも最近私はあまり日本という国そのものに関しては仕事上の理由、自分の能力(日本語が使える)という以上の意味で関心がなくなりつつあります。
そんな中で国策として又は精神論として日本人のアイデンティティを追求する理由をよければ教えてください。
Posted by 海外在住の怠け者 at 2012年01月30日 01:55
↓そして、俺の回答
>>海外在住の怠け者 さん
そうですね、結構難しいというか保守的な思想を考える上で根本的かつ本質的な質問だと思います。
まず、第一に言いたい事は海外在住の怠け者さんは現実に「日本より良い環境があるから日本を出る」という考えを実際に実行した方だという事です。正直言ってこのような方を批判するつもりは一切ありません。もちろん、日本を思う気持ちを大事にして欲しいとは思いますが、それ以上の事を求めたり、非難したりすることは不可能です。
しかし、現実には日本国内で先人たちの築き上げたインフラや安定した社会的、経済的システムなどの恩恵を被りながらも、バカみたいに
「日本はダメだ!!」
と言い続けるキチガイ言論人やら、公務員でありながら、日の丸、君が代に反対するバカが日本には大勢います。このような人間を非難する事は道理に適うのではないでしょうか?
それから、もう一つには東北の復興を例にしますが、例えばこれまで(というか今でも・・・)散々に海外の活力を取り入れるんだ!!と言って海外から人間や資本を取り入れてきました。しかし、現実には東北の震災後にそういったグローバルに移動する資本や人材はあっという間に逃げていってしまいました。このような状況で復興を成し遂げるのには必要なのは、むしろグローバルに身動きが取れない、地元に職場や住居を持つ人間であったり、この地から離れたくないというようなそういうその地にとどまる他ないような人間の発揮する
「自分達の地域をもう一度立て直すんだ!!」
という活力のようなものだと思っています。
もちろん、海外在住の怠け者のような国家の枠に縛られず自分の力のみで運命を切り開くような生き方を支えるのも活力だと思っていますが、また同時に自分の生まれたこの国を宿命のように受け入れて、
「なんとか少しでもこの国を良くしよう。そしてこの地で自己実現を可能にする生き方を目指そう!!」
という気概もまた活力の源であり、当然
「どちらが大切か?」
といえば、それを判断するのは個人の自由です。しかし、戦後に行われたこの国の教育や、この国家の全体的な価値観があまりにも後者の活力を軽視し過ぎたのではないだろうか?というのが私の考えなのです。
「最近の若者は活気が無い!!」
なんて、いう年配の方などは沢山います、
「うるせーよ、お前らが生きてきた時代とは全く状況の厳しさが違うんだよ!!」
と言い返したく気持ちがある半面、確かに、現在の若者の無気力は本気で取り組まなければならない問題であるのは確かです。それで、それで古くからある伝統的な価値観の中にも、まあそんな問題を解決するヒントの一つになるかなぁと思っているというのが、一つの回答です。
他にもまあ色々理由はあるんですけど、参考になればと思って、このような回答をさせていただきました。
Posted by 管理人 at 2012年01月30日 03:01
なんというか、一応回答した後に思った事は・・・
「こんなに簡単に知ったような調子で回答していいのか?!」
という事。基本的には中野剛志さんの「忠国心」という思想をもとに考えた回答だが、そもそも、こんな本質的な問いを簡単にまとめてしまっていいのだろうか?
中野剛志「私も、先ほどから出てますように、『さようなら戦後保守』だと、また表現者スペシャルだったっていうので、そういった話をちょっと考えてたもんですから、それを申し上げますと、あの、私は一応表現者にも書いてありますし保守を目指していると、で、保守っていうのは私にとってどういうイメージかというと、簡単に言うとですね「経験を積んだ大人の知恵」みたいな、そういうイメージなんですね。で、そうなりたいと。
で、私はまだ、そんな年いってないのでですね、あの、保守見習いなんですね(笑)だから、もうちょっと加齢臭が出ないと、ああ、すいません(笑)あの「保守になれないな」と。で、それが何かっていうと、人間も社会もすごく複雑、そのわりには人間の能力には限界がある。特に理性には限界があるから、色々試行錯誤で経験を積んで、やっと、大人になって「ああ、こうだったのか!!」と分かるものがある、それを身につけたいっていう、単純に言うとそんなイメージなんですね。
そうすると、保守の人っていうのは、実際に保守と言われる立派な先人たちは日本でも外国でもそうですけど、もう卓越している。一回読んだだけでは、もう全部理解できなくて、歳取ってもう一回読み直すと、また分かるみたいなですね、超一流の人しかいないんですね。メチャクチャ頭が良くて色んな経験を積んでて表現力が豊かと、これが保守だとするとですね、なんか日本に保守って言ってる人は多すぎる。ちょっとあまりにも多すぎるってのが問題で、そんな簡単に沢山出てきてもらっちゃ困るんですね。
靖国参拝をしたから保守だとか、日教組と対決してるから保守だとかですね、それは「保守」じゃなくて「馬鹿」なんですよね。で、単純な理屈を繰り返すマッチョで自己愛的なバカがですね、保守って呼ばれてるのが・・・私一応、保守になりたいと思ってるので、そういう人たちが保守って言われてるのが、物凄く嫌だと、で、別にあの媚を売ってるワケじゃないんですけど、そういう意味では保守っていうのはやはり老人が保守であるべきで、若い時結構やんちゃだった人でも、歳取ってくると、段々面白くなってくる。
だから、保守っていうのは老人のもので、若者は革新なんですが、この国ではですね、なんか老人のくせに若作りして「改革」とかですね、まああの、寺脇先生とかいらっしゃるから役人で言うと、いい歳こいて脱藩官僚の会とか、そういうガキみたいな連中がいっぱいいるんですね。それが物凄く嫌だと・・・イメージとしてはそういう感じで考えてます」
↑またまた、書き起こしなのだが、上のような考えは一応まがりなりにも武術をやっている身としては物凄く理解の出来る話で、普通は武術をやっている人間でも自分の事を「武術家だ!!」と堂々と言う人間はあまりいない。
例えば老人の武術家なんかが、他の武術家を称して「真の武術家」なんて事を言う場合の武術家ってのは達人クラスの技術とその技術に見合うような高潔な人格なんかを備えた人物の事を言うのであるが、中野剛志さんにとっての保守思想家ってのは多分そういうレベルの重みを持っているのだろうと思う。
俺は非常に中野剛志さんの事を尊敬しているが、それでもこの人は自分は「保守見習い」であると・・・では一体俺は?バカ保守か?うーむ・・・まあ自分をバカ保守というのはあまりにも自虐が過ぎるので・・・「保守見習い補佐代理心得」とでもしておくか・・・
まあ、そんな事を考えつつ、先の問いの回答について考えるなら、「国家とは?」などという類に近いこのような質問はまさに保守思想の核心をつく問いの一つであって、まあ、一応現時点で説明できる範囲で答えたとしても、結局保守というものを目指すのであれば、一生考え抜く必要のある問いなのではないか?そんな風に思ったわけである・・・
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