『大転換』(カール・ポランニー著)を読んで・・・〜カール・ポランニー的な立場から橋下行政を批判してみる〜

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 久しぶりに、橋下以外の話題かと思いきや、やっぱり橋下批判だったりする。この人は、意外と色んな角度から切り込めるというか、まあ、日本の問題である構造改革やらデフレレジームやらポピュリズム政治やらの典型的、かつ象徴的な人物であるので、やはり批判すべき点が多いのだろう。

 今回も橋下のツイッターでの書き込みを参考にしてみたい。

 限られた財源を本当にサポートが必要な人に回すことができる。今の農家、中小企業の方を全員保護することなどできない。農家以外の分野でも日々、倒産、起業、転職の繰り返し。中小企業でも同じ。その業をしっかりと支えることと、今その業をやっている人を守ることは別。

その業を自立してやっていける人に、その業を任せれば良い。じゃあ今仕事に就いている人は?業態を変えるか、自立できる人と組むのか、職を変えるか。ここのサポートはすべきだ。今のままでとにかく保護するというわけにはいかない。

これを必要な改革と呼ぶのか、新自由主義と呼ぶのか、グローバリズムと呼ぶかは自由。でもやらなければならないことはやらなきゃならん。

現代社会において求人率の高い仕事はたくさんある。そういうところに人が移ることをしっかりとサポートする。日本の血管の詰まりを正し、血の質を上げる。そこで最初のひと押しで血を流し込む。必要な公共事業はある。しかし今公共事業でデフレギャップを埋めにかかると血は身体全体を巡らない。

現代社会において求人率の高い仕事はたくさんある。そういうところに人が移ることをしっかりとサポートする。日本の血管の詰まりを正し、血の質を上げる。そこで最初のひと押しで血を流し込む。必要な公共事業はある。しかし今公共事業でデフレギャップを埋めにかかると血は身体全体を巡らない。


 突っ込みどころはいくらでもあるが、まず、下の二つの書き込みからデフレの問題を全く理解していないという事が容易に理解出来るだろう。

>公共事業でデフレギャップを埋めにかかると血は身体全体を巡らない。

などと、書いているが、これは明らかにデフレの問題を理解していないからこそ書ける台詞である。デフレの問題は複数存在するが、第一には通貨の価値が上がるので、通貨を保有し続ける事が有利になるために、皆が消費や投資にお金を使わなくなる事にある。つまり、デフレそのものがカネ(橋下の言うところの血)が巡らない原因になっているワケで、デフレギャップを埋めてもカネの循環が良くなることは無いという認識は、それ自体が根本的に間違っている。

 と、まあわりあい一般的な批判をしたところで、ここからは本題として、カール・ポランニーの『大転換』から、一部引用して一連のツイートに対して批判を行ってみたいと思う。

 労働という名のもとに人間が、そして土地という名のもとに自然が、ともに販売の為に用意された。労働力の使用は賃金という名の価格でいたる所で売買の対象となり、また土地の使用は地代という名の価格で交渉の対象となった。労働にも土地にも市場が存在し、両者の供給と需要はそれぞれ賃金と地代の多寡によって調整された。労働と土地は販売の為に生産されたのだという擬制が一貫して維持された。労働と土地のさまざまな組み合わせに対して投資される資本は、いろいろな部門間における利潤の自動的な平準化という要請を受けて、ある部門から別の部門へと自由に移動することができたのである。

 たしかに理論的には、生産をこのように組織することができるのであるが、土壌と人間の運命を市場にゆだねるということはそれらを抹殺するに等しいことであり、商品擬制はこの事実を等閑に付すものであった。 『大転換』


 そもそも、供給過剰のデフレの状況で、雇用の流動性を上げたり、人の配置を変えるだけで、雇用問題が解決するのか?という根本的な問題点はあるが、それをさておいても、当然ながら、橋下の一連のツイートに関しては、ここで引用したカール・ポランニーの提起した問題が必ず浮かび上がってくる。

 上のツイートから見るに、橋下にとっては、農業も人間の職業も全て市場のメカニズムによって決定つけられるべきものであると考えているのは明確である。しかし、現実には労働は明らかに人間の生活、人生の一部であり、土地とはこの地球上の自然そのものである。当然ながら、それらは市場で販売され取引されるために生み出されたものではないし、そうされるべきものでもない。つまり、これらの要素は販売を目的とした純粋な商品とはなり得ないという意味で、ポランニーは(これらから、さらに貨幣を加えて)疑似商品と呼んだ。

 結局、橋下がやってることって、まさにカール・ポランニーが批判した疑似商品の商品化なのである。人間の労働や土地、特に農場というものを市場で流通し、簡単にやり取りできる商品であるとしか捉えられていない。しかし、現実にはポランニーの言うように「土壌と人間の運命を市場にゆだねるということはそれらを抹殺するに等しいことで」ある。労働とは、人間の生活の一部であり、能力の問題や技能、経験、職場に対する愛着、忠誠、様々な要素が絡みながら、その人間の一部となる。その労働を「それが、市場の原理からすると効率的だから」などという理由で、移動、取引させることは人間性の完全なる無視であり、ポランニーに言わせればそれは抹殺なのである。土地にしても、特に農場に関しては、一度農家が失業して、休耕地になってしまえばそれらを回復させるのは何年も、下手をすれば何十年もかかるかもしれない。これもやはり土地を抹殺したと言えるだろう。それを自覚しながら良しとしているのか、そんなことにまで考えが回らないのか?それは良く分からない。しかし、一つ分かるのは、彼の発言、思想、理論の中には一切血が通っていないという事。彼は、散々に「学者先生のやってる事は現場を知らない無責任な連中の勝手な議論、発言だ!!」というが、先の発言からして、さまに自分が批判している机上の学問に橋下自身が陥っている。

 それから、先の農業に関しての認識について言えば、これは、なんとなく、ピーク時にだけ原発を稼働すればいい言った氏の発言を思い出させる・・・

「必要な時に、必要な分だけ調達すればいい」
一見合理的に思える発想だが、現実には土地は一度使われなくなれば荒廃するし、原発だって、そんなに簡単に稼働したり停止させたり出来るワケではない。ここでも、現場の現状を理解せずに、ただ、頭の中で、それが効率的だろうと考えて、思い付きで発言しているに過ぎない。

 それから、同じような発言は他の場面でも見られる。

>藤井教授の震災復興の著書が、現実の政治・行政を預かる僕の心に全く響かなかったby橋下ツイッター

↑これまた、俺としては非常に気に障る発言であるが、この発言について、一つには、こういった解釈が可能なのではないだろうか?

 藤井聡さんの、列島強靭化10カ年計画は、最初に東北復興5カ年計画から始まる。実は、ここでいきなり、橋下の思想と矛盾が発生してしまうのだ。どんな矛盾か?それは簡単に言えば、
「震災で被害に遭った東北の人々をとにかく今すぐにでも助けたい!!」
という、日本人であれば誰もが抱くであろう、人間的な当たり前の感情、つまり人間性と、橋下(あるいは彼のブレーン)が重視する市場原理との矛盾である。市場の原理とは一言で言えば、「一番儲かるところに投資する」ただただコレに尽きる。しかし、では現実的に考えて、現在ボロボロになっている東北に投資することは儲かる話であろうか?効率的で、市場の原理にのっとっているのだろうか?もちろん答えはNOである。

 つまり、市場原理と人間性とは真っ向から衝突する概念であるのだ(人間性を「概念」と呼ぶのはふさわしくないかもしれないが)。ここで、市場の原理にしたがう事は、同時に人間性の破壊を意味する。ポランニーはこのような市場が破壊を引き起こすメカニズムを悪魔のひき臼と呼んだ。

>藤井教授の震災復興の著書が、現実の政治・行政を預かる僕の心に全く響かなかったのは、藤井教授の政府の実態分析の弱さ、そして組織を動かした経験のないことに起因する。

彼のいう、実態分析とは投資効率でしかなく、組織とは利潤を上げる事を目的とした組織なのである。現実には藤井聡さんは京都大学レジリエンスユニット長であり、その意味ではあきらかに、京都大学レジリエンスユニットという組織を動かす立場にある。

 さらに、藤井聡さんの列島強靭化論は、また地方の活性化、地域コミュニティーの維持、商店街の活性化等々の見地からも書かれている。当然ながら、インフラの投資は人口の多い大都市に行うのが最も効率が高い。理由は極めて簡単、同じ公共施設を同じ費用をかけて作れば、人口の多い土地の方が利用者が多いため、
費用対効果が高いのだ。

 ならば、効率性を最重視する市場原理の信奉者は、どう考えるか?当然ながら、彼らは、人口の多い大都市への投資を好む。そして、その結果どうなるかと言えば、

人口の多い大都市への公共投資の集中⇒大都市の生活利便性の向上⇒さらなる大都市への公共投資の集中

という無限ループである。当然ながら、逆に地方の過疎地域から見れば

公共投資の削減⇒生活利便性が向上しない⇒人口流出⇒雇用の現象⇒さらなる人口流出⇒さらなる公共投資の削減

とこちらも無限ループである。なんとも、酷い話だ・・・と思われるが、結局現在の日本の過度な人口の大都市への集中現象は、これらのループが延々繰り返された結果なのである。

 ある人は
「地方への公共投資は無駄だ!!熊や鹿しか通らない道路なんて作ってどうする!?」
と叫ぶが、これも「何言ってんだ?」という話で、(本当に熊と鹿しか通らない道路があるのかは別にして)このように地方の過疎現象を引き起こした重要な原因の一つがまさに、公共投資をしなかった事であり、そのような過去を無視して、「こんな過疎地域に公共投資するなんてカネの無駄だ!!これは国民の血税だぞ!!」などと叫ぶ、偽善も甚だしいところである。とわいえ、こんなインチキな言説がまかり通り、さらには、このようなデタラメな社会的コンセンサスによって日本の行政は運営されているのが日本の悲しい現状なのだ・・・

 一方で、藤井聡さんは、このような言説に、まさに真っ向から異を唱える。

 公共投資を活用して、地方分散を図るという考えである。先の地方における悪循環の全く逆のプロセスを積極的な公共投資を中心に図っていこうという事だ。コレには、当然第一には今後、高確率で発生するであろう、関東直下型地震と、西日本大震災に備えたリスクヘッジであるが、それに劣らぬ重要な論点が地域社会の存続である。藤井聡さんは国家や社会を一つの有機体、生物であると考えている。そのような観点からすれば、地方の地域コミュニティーも、また生物であり、どのような理由であれば、それが消滅することは、コミュニティーという有機体の死であると捉えられる。

 一方で、橋下が重視する市場の論理でいえば、存続不能なコミュニティーの消滅は、そのコミュニティー内の人間の移動に過ぎず、むしろ適材適所が進む格好の機会であると認識される。仮に、国家を利益を生み出す事を目的としたロボットであると捉えるなら、そのようなコミュニティーはそもそも無駄であり、無駄なパーツがそぎ落とされて効率化された程度の認識にならざるを得ない。

 まあ、これだけ真逆の認識を有するのであれば、藤井聡さんの列島強靭化論が橋下の心に響かないのも当然であろう。むしろ、藤井聡さんが唱えるような具体的な政策や、その根底にあるイデオロギーは市場原理の活用や効率化障害でしか無く、まさに自分たちの思想に敵対する危険思想なのである。


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結局、橋下徹は病気なのか?それとも論争テクニックを用いているだけなのか?という問題について・・・

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 以前書いた、「橋下は病気だ!!」という内容の記事(『中野剛志・小林よしのりVS橋下徹市長 論争について・・・』http://achichiachi.seesaa.net/article/268043532.html)と、その後に書いた「例のキチガイじみた粘着ツイートは論争テクニックの一つだ」という内容の記事(『橋下徹市長の例のツイッター発言に対して中野剛志さんがコメント・・・』http://achichiachi.seesaa.net/article/270331792.html)とで、矛盾が出てしまうなぁと思ったので、今回このようなテーマで俺がどのような解釈をしているかについて書いてみる事にした。

 もちろん、正しい事は分からない。もちろん、彼が完全にキチガイを演じきっている可能性もあれば、あんなもの論争のテクニックでも何でもなく、たんにキチガイがワーワー喚いてるだけに過ぎないのかもしれない。もちろん、正確なところは分からないし、どれだけ議論を突き詰めたとしても、最終的には推測の域を出ないという前提で、俺の考えを簡単に説明するとこうである。

 論争テクニックの一環として、感情的で支離滅裂な発言を繰り返すキチガイを演じ続けた結果として、本当にキチガイになってしまった


と・・・もちろん、非常に冷静で知的水準が高く、なおかつ精神的、感情的に安定した人物であれば、そのような事は容易には起らないであろうが、なんとなく、彼の独善性や、権力欲の強さ、他者からの批判に対して過剰な反応を示す精神的な弱さ、非社会的で、その場にふさわしい言葉使いや立ち振る舞いを出来ない傾向等々を考えれば、もともと潜在的に精神病的な気質があったのではないかとも思える。そのような生まれつきの気質に加え、突然(喉から手が出るほど欲しがっていた)権力と名声を手にした高揚感、同時に、府知事や、市長としての激務や、マスコミや世間のからのバッシング、さらには絶頂期の府知事時代からの人気の翳り等の要素は、もともと精神病的気質を備えていた彼を本格的病ませるのに十分なショックだったのではないかと思う。

 それから、先に書いたように、「キチガイの振りをしてたら、本当にキチガイになったでござる(。・ω・。)」なんて事が、あり得るのか?という疑問についてある出来事を参考にして考察してみたい。ここからは、相当に主観的な見解になるので、あまり論理的に考えずに、「まあ、そんな事もあるのかなー?」程度に考えながら読み進めていただけるとありがたい。


 俺は、以前ニコニコ生放送というサイトで、政治放送等をよくやっていた時期があったのだが、そのニコニコ生放送というサイトでは女の子の中で一番人気の生放送配信者でまったんという女の子がいた。

 彼女が、どのような放送をやっていたのかというと、自宅の自室で部屋中を駆け回りながら、

「ぶーーーーーーーーーーーん⊂二二二( ^ω^)二⊃」
「ニコ厨!!まいしてううううううううううううううううううううう!!(「ニコニコ動画ユーザーの皆!!愛してるよー」の意)」
「ワンツーワンツー(「1・2、1・2」の意)」


等々、特に意味のない言葉を絶叫し続けるというまさに、キチガイじみた放送である。こう書くと、相当に異常に思えるが、実際相当に異常であったので特に問題は無い・・・。

 とは言っても、別に彼女が本当にキチガイであるワケではなく、あくまで、キチガイじみた放送を視聴者と一緒に楽しむというスタイルの放送であった。もっとも、彼女もごくごくまともで健全な女子というワケでもなく、虚言症的な傾向があり、異常な目立ちたがり屋であり、さらに誇大妄想的な傾向も有していたようであるが・・・。

 そんな、彼女はいつの日か、ニコニコ生放送で、当時最も人気のあった配信者であった、「暗黒放送」という番組の配信を行う横山緑という人物と恋仲になった。しかし、この横山緑という人物が、なかなかとんでもない人物であり、元AV男優兼監督であって、その仕事を辞めた後は、職もなく自堕落な生活を送りながら、毎晩何時間も、酷い時には徹夜でニコニコ生放送で配信を行うような人物だったのである。

 彼と、付き合うようになってからのまったんは段々とオカシクなっていく。放送で、リスナーからカンパを募りだしたり、「カンパしてくれた人には少しHな姿をサービスで見せちゃおっかなー」と言ってみたり、ライブチャットのチャットレディーを始めてみたりと、色々である。まあ、要は金が欲しかったのだろう。

 この程度であれば、もちろん、
「まあ趣味のついでに小遣い稼ぎでもしたくなったのだろう」
程度の問題であったのだが、ここから段々と事態は悪化。

 二人で沖縄旅行へ行って撮ってきた写真を、放送上で公開したり、二人でパーティーイベントを開催したり、彼の家で配信してラブラブぶりを見せつけたりと、まあなんやかんや言われても順調な交際を続けていた。

 そして、付き合い始めて数年が経過した時、ついに男は、まったんの両親に会いに行き、結婚したいと伝える・・・しかし、結果は・・・もちろん両親には認められず・・・

 まあ、当然である、元AV男優で無職である上に、ネット上で有名人になったせいで顔も名前も過去の職歴もすべて特定され公開されているのだから、将来生まれてくるであろう子供の事を考えれば、そう簡単に結婚など認められるワケもない。しかし、それでも男の熱意にほだされたか、なんとまったんの両親は、男がちゃんと定職に就き、仕事を継続させる事が出来れば結婚させても良いか考えてやると言う。

 しかし、もともとそんなメチャクチャな人生を歩んできた男がまともな定職に就けるわけもなく、バイトを始めては辞め、そして辞めた翌日には生放送で、辞めた理由をアレコレ言い訳し、その職場や、職場の人間がどれだけ酷かったを延々言い連ねるような日々・・・

 普通なら、愛想を尽かしてもおかしくないような状況であったが、まったんは余程、男の事が好きだったのだろう。そのようなどうしようもない生活を続ける男と同棲を続けていた。

 そんな、ある日・・・まったんが自身のブログでとんでもないカミングアウトを行う。

「私は、今年と、去年で2回中絶しました・・・」

と、まあ、別にそれだけなら、まあどうしても告白してしまって辛い思いと一緒に吐き出したかっただけかもしれない。しかし、そのブログには、なんと病院で撮った、自分の胎内の中絶前の写真が添えてあった・・・そして、こんな一言も

「今回は、私と同じような悲惨な目に合う人が、少しでも減らせればと思い、思い切ってカミングアウトしました。避妊しなくても、射精をコントロールと言った彼の言葉を信じた自分がバカでした・・・」

と・・・なんとも痛々しい限りである。

 結局、その後彼女はネットの世界から姿を消した。今、どこで何をしているのかはさっぱり分からない。正直、そのような状況で避妊せずに性交を行い2度も妊娠して中絶させた二人の気持ちは良く分からない。もしかしたら、「子供さえ出来てしまえば、両親も結婚を認めざるを得なくなるだろう。」という甘い見通しもあったのかもしれない。しかし、現実そんな単純にはいかない。ブログには父親の事も触れており、「今、彼と父親を会わせてしまったら、何をするか分からない。とにかく、もう緑ちゃんは配信もしないで欲しい」と書いてあった。

 結局、男は配信を続けた、現在はニワンゴ(ニコニコ生放送の運営元)に雇われて、給料をもらいながら配信もしているようである。「はあ、彼女の訴えを完全に無視して、一体、何考えてんだ?!」と思うが、また同時に「どうせ、コレくらいしか彼に出来ることは無いだろうし、こうしなければ、無職でどうしようもない人生を送るんだろうな」と考えれば、まあ已む無しとも思える。

 おそらく、一連の出来事全てが彼女の精神を徹底的にブチ壊すほどの衝撃を与えたであろう。キチガイの振りをして、キチガイを演じているうちに彼女は本当にどうしようもない状況に自分を追い込んでいった・・・


 「こんな例から橋下を考察するのかよ!?」と、まああまりにも突拍子もない試みではないかと思う方がほとんどだろう。しかし、なんとなく、俺には彼女と橋下に似ている面があるような気がしてならないのだ。もちろん、細かく分析するなら、彼女と橋下は全く別の人間だし、似ても似つかないと思えるかもしれない。しかし、もう本当に大雑把に人間を二種類に、破滅型の人間と、安定型の人間に分けるのであれば、もう明らかに両者共に破滅型の人間なのだ。

 規模は違えど、もともと両者ともに精神的な未熟さを抱えて、なおかつ突如注目を浴び有名人になり、キチガイじみた態度を取る事でさらに注目を集め、結果、徹底的なバッシングに晒されたりと、色々な点で似ている。さらに、橋下の最近の主張を見るに、おそらくは彼自身、決定的な能力、知識、見識の不足を認識しているようにも思える。

 だからこそ、「中野剛志、俺を呼び捨てにするなら、俺の目の前でやれ。」などと言った直後に、「市役所の記者会見に来い!対談なんてどこかの出版社の利益になるだけだ。」と、直接の対面を実質的に拒否するような発言を行ったり。「大きな方向性、考え方について、中野氏と討論したいものだ。」などと言った直後にも「僕は学者じゃないから知識論争をするつもりはない。」といった具合に逃げを打つ。

 結局のところ、自分自身が天才でもカリスマでも何でもなく、ただただ詭弁術を使いこなして、知識のないバカな愚民どもを騙すペテン師に過ぎないという事を、うっすらと、あるいはある程度はっきり自覚しているのだろう。

 そして、さらに問題であると思えるのが、彼の各種論争のテクニックである。残念ながら、橋下の書いた論争の指南書は現在どれも絶版であるためなかなか手に入らない。しかし、ありがたい事に、ネット上に橋下の書いた論争テクニックについて解説してあるサイトがったので紹介したい。

『橋下徹の言論テクニックを解剖する』
http://www.magazine9.jp/hacham/111109/

『橋下徹の言論テクニックを解剖する その2』
http://www.magazine9.jp/hacham/111111/index.php

正直、非常に論理的かつ実践的な技術であるように思える。
「仮装の利益」「ありえない比喩」「前言撤回」「ふっかけ」「涙」「脅し」「言い訳」
うむ、どれも有効な手段なのであろう。まさに論争の戦場である法廷という実践で戦ってきた橋下が、特に有効だと考えるテクニックを紹介しているのだから、まあ当たり前と言えば当たり前である。

 そして、同時に、良く読んでみれば、これらのテクニックは微妙にカタチを変えて、ほとんどの優れた著述家や演説かが使っている手段でもある事が理解出来る。

 では、一体彼の論争手段の何が問題なのか?俺が考える問題点は二つある。第一に彼の言葉使いである、「仮装の利益」「ありえない比喩」という言葉は、明らかに相手を欺く目的としての手段に付けた名称である事が分かるだろう。「仮想の利益」は英語でいうところの「ドア・イン・ザ・フェイスは(大きな要求から小さな要求(本来の目的))」であろう、もちろん意味は手段は同じであって、この二つの言葉を使う人間の主観的な意識には大きな開きがあるように思える。

 つまり、全く同じ手段であっても、「ドア・イン・ザ・フェイス」は意味中立的な交渉、あるいは論争手段であるが、「仮装の利益」は明らかに相手を欺こうという意図を伴う。比喩に関しても、優れた表現力を持つ人物であれば、ほぼ例外なく使う手段であり、それ自体はやはり意味中立的あるいは、より相手に分かり易く伝えようという意図を持つならば、ポジティブな意味が付加され得るものである。それに対して「ありえない比喩」もまた、明らかに相手を欺こうという意図を伴う・・・

 結局のところ、彼はこのようなテクニックを、このような名称と共に使う事によって、どんどん自分自身の精神を腐敗させていったのではないか?つまり、これらを使用するたびに彼は「自分は、相手を騙して利益をかすめ取ろうとする人間であり。詭弁や汚い論争術を操るペテン師なのだ・・・」という意識を強化していたのではないか?と思えるのである。それは、

「政治家を志すっちゅうのは、権力欲、名誉欲の最高峰だよ。 自分の権力欲を達成する手段として、嫌々国民のため、お国のために奉仕しなければいけないわけよ。ウソをつけない奴は政治家と弁護士にはなれないよ!嘘つきは政治家と弁護士の始まりなの。」

という彼の発言からも容易に読みとれる。一方で、彼は今現在「お国ために、大阪に市民の為に尽くす云々」とそれとは正反対の事を言っている。正直なところ、人を騙し、自分自身をも騙し続けた結果、何が何だかワケが分からなくなっているのではないか?

 それから、第二には、ふさわしさ、つまり自分の置かれた状況や立場を考慮した上での適切な振舞いというものから、あまりにも逸脱し過ぎているのではないか?という問題である。このような状態を早稲田大学名誉教授の加藤諦三さんは反社会性と区別して、非社会性と呼んだのであるが、まさに橋下はその典型であるように思える。単純に考えて分かるように、どんな手段を使ってでも相手を打ち負かすことのみを目的とする法廷でのテクニックを、例えば国民の代表たる政治家が、政治や表現の場に持ち込めば、それは国民の威信や誇りや名誉に関わる問題になる。たとえ、論争でどれだけ有効な手段であっても国民の代表たる政治家が使うにはふさわしくない表現や振舞いというものが存在するのである。

 2ちゃんねる等で、「橋下はキチガイではなく、論争のテクニックとしてキチガイのように振舞ってるだけなのだ!!」などという人間もいるが、ハッキリ言って、法廷で有効なテクニックを政治の場に持ち込むこと自体が問題なのである。国民の代表たる政治家には、当然ながらそれにふさわしい振舞いというものが求められてしかるべきなのだ。

 さて、第二の点については、理解しやすい問題だと思うので、もう一度第一の点を振り返って、問題を検討してみよう。彼は、「自分が他人を欺く人間なのだ」という意識を刷りこむ事で、精神的な問題を発生させたと書いた。しかし、彼は、法廷で長年そのような精神的問題を発生させ、拡大させても表面的には特に問題を起こさなかった。しかし、弁護士から、政治家になった今、明らかに彼は精神に異常をきたしている・・・さて、それは何故か?

 それは、俺が思うには良心の葛藤なのではないか? もちろんこれらも推測に過ぎないが、最初は、彼も純粋な権力欲から政治家を志したのだろう。しかし、現実に自分が責任ある立場に、国民に奉仕する立場に立たされたとき、
「さて、自分のこの詭弁術や、相手をただ騙そうとしか考えないこの心構えは果たして正しいのだろうか?」
という疑問が浮かんできたのではないか?

 それまで、何の疑いも持たなかった自分の態度、振舞いに疑いが発生し、そのような疑念と、自分の振舞いとの葛藤が彼の精神を徹底的にオカシクしたのではないか?と・・・

 結局のところ、人間はどこまでも徹底的に悪を極めることは出来ない。どれだけ、「名声や権力が全てだ!!」と叫んだところで、どこか心の片隅で、「本当にそうなのだろうか?」という良心の声がささやく。おそらく、弁護士時代には、それはもうほとんど無視できるほど、小さな声だったのだろう。しかし、現実に自分の判断が大阪府民や、大阪市民の生活を左右するという事態に直面した時、「彼らの為に、何かをやらなくては・・・」という声が、無視できない程の大きさに拡大されたのではないか?そこで、葛藤が生まれる。しかし、それまでの振舞いや心構えを一気に全て立て直すことは出来ない・・・もしかすると、彼は今想像を絶する精神的緊張やストレスと戦っているのかもしれない・・・

 彼が、何故中野剛志さんや藤井聡さんにあれほどまでに異常に突っかかったのか?もしかすると、彼らの言論が、橋下の持つ良心、良識に訴えるん何かがあったのではないか?だからこそ、一度は

官僚として仕事をしそして研究もしている中野剛志の主張は具体的である。
TPPについて、そして経済政策について僕とは全く考えが異なりそうだ。
僕は学者じゃないから知識論争をするつもりはない。

大きな方向性、考え方について、中野氏と討論したいものだ。
なぜ僕がTPPにこだわるか、デフレ下でも競争にこだわるか、中野氏にぶつけてみたい。
価値観、哲学が180度異なるであろう。

しかし役立たずの学者連中と違って、
同年代でもある氏との議論では建設的なものが生まれると感じている。


とまで言ったのだろう。その他大勢の学者連中とは明らかに違う何かを感じ取っていた。しかし、同時に中野剛志さんの主張を受け入れることは、自分のそれまでの思想や信念を全て覆すことになりかねないという危機を感じていた。そして、結局精神分裂したまま、あのような支離滅裂な罵詈雑言を繰り返したのではないか?

 加藤諦三さんは、神経症は、真に奴隷になる事を拒否する身体と精神の反応である。と言った。では、橋下の現在の異常な状態は何なのか?それは真に欺瞞だらけのペテン師に堕ちる事に対する精神の拒否反応であるのかもしれない。

 正直、俺は今現在の橋下は、何一つ評価できない。ハッキリ言って、まさに平成時代の政治と社会の混乱や幼稚性の象徴であるという捉えようのない人物である。だから、当然応援も出来ないし、批判も行う。しかし、もし仮に、何かを成し遂げたいと真に願うのであれば、どうか、下らない論争術も、肥大化した自己意識も、ギラギラした権力欲も全て投げ捨てて、素直な気持ちであらゆる事に取り組んでほしい、物理的にも精神的にもである。

 変な上っ面の論争術や、賢そうな物分かりの良い態度、あざとい人気取りのパフォーマンスも全て止めて、極めて困難な課題に真正面から向きあい、一つ一つ丁寧に解決していく。まあ、そんな事ほぼ不可能であろうと思いながらも、同時にほとんど願わくばそんな政治家になってもらえればとも思う。結局のところ、価値ある何かを成し遂げるにはそれ以外に方法は無いのだから・・・


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橋下徹市長の例のツイッター発言に対して中野剛志さんがコメント・・・B〜ついでにみんなの党松田公太も〜

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 今回も前回に引き続き、ラジオでの発言の書き起こしから・・・



中野剛志さん(以下 中)「日本の状況と引きつけて言うと、今三橋さんがおっしゃった点で重要なのはですね、これギリシャも同じで若年層の失業率が物凄く高い。で、日本もそうなんですね、そこまで(ギリシャほど)数字は酷くなくても、やっぱり若年層にしわ寄せが来て、最近、自殺者が若年層で増えていると、非常に痛々しい状況なんですね。で、そこでデフレの時、不況の時ってのはですね、普通は公共支出を拡大したり、大きな政府でいいんですよ。

 あの、公務員の数なんか別に減らしちゃいけなくて、増やしてですね、就業機会を増やして全くいいわけなんですね。それをやるべきなんですけど、そういう事やるとですね。バラマキだとか、公務員優遇だとかですね。そういう事をカットしろとかですね、身を削れと、自ら身を削れとなる。日本は今、そういう方向へ行ってますよね。でも、それでしわ寄せが来るのはですね、若年そうなんですよ。

 だから、もういい加減デフレの時はですね。小さな政府がいいんだじゃなくてですね。大きな政府にしなきゃいけないんですが、どうして、そういう考え方が出てこないのかなぁと思うんですけど、例えばですね、最近腹立たしいのが、あの国会議員でですね、名前は、あの本人の名誉のために伏せますけど、ツイッターで若者が仕事が無いで苦しんでる事について、「仕事が無いなら起業すればいい」と、で「死ぬ気でやれば出来るだろう」なんて事を平気でつぶやく国会議員がいて、私、怒りのあまりその人に熱いコーヒーをぶっかけたくなりましたけれども、ちょっとですね、なんかお考え違いをなさってるんじゃないのかなと思いますね。」

寺島尚正アナウンサー「だから三橋さん、コレちょっと、人事じゃないって事ですよね。」

三橋貴明さん「全然、人事じゃありません。でね、今、中野さんが言ってた、ある国会議員の人に言いたいんだけども、そりゃね、インフレ期にはお金を借りると、借金の実質的な価値が下がっていくと、かつ売り上げも上がるんで、起業もいいでしょうけど、デフレ期はできないんですよ、というかそもそも今の既存の企業がリスクを恐れて投資しないからデフレが起きてるんですね、そこに若者、一番弱い人たちである若者の職が無い人に起業って、こりゃあ無茶も甚だしいんですよ、本当に。」

中「加えて言うとですね、これ、橋下市長も競争が大事だと言う、で、この国会議員も起業すれば良い、頑張れば良いって、そりゃあね、最悪、デフレでも頑張ればそいつは助かるかもしれませんが、でもデフレで需要が無い、仕事が無い時に頑張って仕事を取るってのは、コレ別の人を蹴落としてる事になるんですよ。

 だから、経済が成長してる時は、「頑張れ!!頑張れ!!」「競争!!競争!!」で、努力した者が救われるで良いんですけども、全体のいわゆるパイですね、パイが縮まってる時は、コレ自由貿易もそうなんですけど、パイが縮まってる時に「競争!!競争!!」で、「頑張ればいいんだ!!」ってやるのは、誰かを蹴落としてるんだっていう、そういう事なんですね。

 だから、本人は助かっても、国民経済全体が、どっかでオカシクなったり、格差が拡大したり、全体が縮小したりっていうのは、そういう事なんですよ。」


 ここで、話題になったのが、

「仕事が無いなら起業すればいい」「死ぬ気でやれば出来るだろう」

という松田公太議員(あ、言っちゃったw)のツイートであるが、元ネタはこちら↓

そんな事で自殺したら駄目だよ。就活がうまくいかなければ、起業でも何でもしてみよう。死ぬ気になれば何でも出来るはず。 :「就活失敗し自殺する若者急増…4年で2・5倍に」(読売オンライン)→  http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120508-OYT1T00690.htm

ふむふむ、なるほど、まさにその通りであるなぁと思える、立派なツイートである。そして、彼のツイッターアカウントに書かれているプロフィールを見てみると

松田公太
@matsudakouta
参議院議員の松田公太です。日本で生まれてアフリカとアメリカで育ちました。筑波大学→銀行員を経て、タリーズコーヒージャパンを創業。10年で約320店の出店後、アジアで事業を展開していましたが、政治から日本を元気にしたい一心で現職となりました。宜しくお願いいたします! 


↑とある。このようなツイートやプロフィールを見ると、
「おー、なるほど、こりゃあ立派な人物だ!!全く、中野剛志とかいう官僚学者は、こんな立派な人物にすらケチをつける気なのか?!全く、橋下市長の言うとおり、中野剛志は、しょうもねぇ思い上がり識者じゃねえか!!」
と、多くの人が思うのではないだろうか?

 まあ、あまり松田公太議員を褒めてばかりいてもフェアではないので、ここで一つ思い上がり識者(?)の中野剛志さんと、そのお友達の三橋貴明さんの主張に関しても、細かく検討してみる事にしよう。

 この二人の反論の主要な論拠は二つである。

 第一には、デフレ期には国内の全体の需要のパイが縮小していっている状況では、起業して成功することは非常に困難であり、なおかつ就職に失敗し、元手も、経験も社会的信用も無い若者に対して「起業して成功しろ!!」などという事はあまりにも酷であるという事。そもそも、その若者が就職に失敗した理由も、デフレで全体の需要が縮小していっている事が原因で、仕事が無くなり、人員を整理するために、新規採用を起業が減らしている事が原因であって、そのような状況では、この就職に失敗した若者が一念発起して新規事業を立ち上げたとしても、おそらく、ほとんど似たような原因(需要の縮小)で彼の立ち上げたビジネスは失敗する可能性が非常に高い。

 しかし、彼が超人的な根性と努力で、そのような困難をものともせずに成功したとしよう、仮にそのような事が出来たとしても次に第二の問題が浮かび上がってくる。つまり、全体の需要が縮小していく過程で、彼が超人的な努力により成功を手にしたとしても、彼の成功の陰には、彼との競争に敗れ蹴落とされた人物が必ずいるという事である。つまり、個人単位では、各自の努力により生き残る事が可能であったとしても、通常の景気循環から外れた継続的なデフレ状態、つまり恐慌状態においては、必ず、自分以外の誰かを犠牲にする事でしか生き残れない。仕事(需要)をパン(もちろんパイでもいいのだが、パイだと象徴的な意味にも取れてややこしいのでw)だと考えると、自分で独立して新たにパンを獲得するという事は、他人が食ってた分のパンを奪い取る事でしか、自分のパンを確保する事が出来ないのである。

 結局のところ、彼の
「起業して、死ぬ気で努力して成功すれば良い」

というツイートは、デフレの状況下においては、本質的な意味で、映画バトルロワイヤルのイカレタ教師の台詞
「今から殺し合いをしてもらいます」

と全く同じなのである。

 さらには、ここで俺が、三橋さんも中野剛志さんも触れなかった第三の問題を追加してみたい。デフレとはすなわち、需要(消費者の購買力、起業の設備投資)より供給(企業の数や生産能力)が過剰であるがゆえに、企業が人件費を抑え、そのために若者が就職出来なくなってるのだが、もしその若者が起業して企業の数が増えればもっとデフレギャップが拡大して、失業が増えるだけなんのである・・・

 もちろん、就職に失敗した若者が、自分の身一つで、起業を決意して、死ぬ気で努力して成功を手に入れる・・・これが、素晴らしいサクセスストーリーであることに疑問の余地は無い。では、何故それが問題になるのかといえば、まさにデフレというのが、資本主義が破壊される異常事態だからである。このような状況では、通常の資本主義の世界では社会的にも倫理的にも素晴らしい事、つまり「一生懸命働く」「生産性を上げる」「不正や腐敗を正す」という事が、信じられない事になんと全体の状況を悪化させることになるのだ。

 では、デフレ期に正しい事とは何か?それはなんと「一生懸命働かない事」「生産性を下げる事」「非効率分野を温存する事」なのである。「そんなバカな?!」と多くの人が思うであろうが、そんなバカな事が起こる理由が、繰り返しになるが、デフレというのが、資本主義が破壊される異常事態だからなのだ。そして、この異常事態を解決するための唯一の手段が政治の力なのである。

 つまりは、中野剛志さんが言ったように、公共投資を増やして、大きな政府にする、若者の雇用を確保するために公務員の数も増やす。こうしてデフレの問題を政治的に解決する以外に方法はないのである。

 では、現実の政治はどうなっているのか?このデフレという異常事態に対して、正しい対策が取られているのか?と、考えながら、先の松田公太議員のツイートをもう一度見てみよう。

そんな事で自殺したら駄目だよ。就活がうまくいかなければ、起業でも何でもしてみよう。死ぬ気になれば何でも出来るはず。 :「就活失敗し自殺する若者急増…4年で2・5倍に」(読売オンライン)→  http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120508-OYT1T00690.htm

 なんと、彼は若者の自殺者数が4年間で2.5倍になるという異常事態において、無責任にも「就職出来なきゃ、起業して頑張ればいいんじゃないの?死ぬ気で頑張ればどうにか出来るでしょ?」と言い放つのである。このようなツイートから、デフレ期には、どうしても頼らざるを得ない政治が、全く無意味化しているのだという事が良く理解出来るだろう。

 しかし、問題はそれだけには留まらない。一体、このデフレ不況気に、若者の失業率を増加させる完全に間違った政策を最も強烈に推し進めてきた政党はどこか?それは、まさに「小さな政府」や「公務員改革」といった政策を掲げてきた松田公太議員の所属する、みんなの党そのものなのである。

 つまり、まとめるとこうだ。彼らは、一方では、若者を自殺率が2.5倍に増加せざるを得ない程に、苦しめておいて、その現実を見て、
「なんで?そんなに簡単に自殺しちゃうの?起業しようとか思わなかったの?努力が足りなかったんじゃないの?」
と平気で言い放つのである。

 中野剛志さんは皮肉とユーモアを込めて「怒りのあまりその人に熱いコーヒーをぶっかけたくなりました」と言ったが、冷静に分析するならば、その程度の問題ではない事が理解出来る。

 彼は、その本質において、一昔前に現れた、「いじめられて自殺するような子がいるみたいだけど、いじめられたり、自殺したりする子にも問題があったんじゃないですか?」などとしたり顔で解説する鼻持ちならない、ゴミクズ知識人と全く同じなのである。

 大分、長くなってしまったが、さらに彼がどんなにクソなのか、追加でさらに解説させてほしい。彼は、とある地上波のTV番組で、過去にこのような発言をしたことがある。

「日本は外圧でしか変われない!!」

と・・・

 は?何言ってんだ?!

「不況で就職出来なければ、起業するなり、個人で頑張れば良い!!」
「日本は外圧でしか変われない!!」


じゃあ、テメーは何で国会議員やってんだよ?!


 ここまでで、もう十分にコイツがクズであることが、良く理解出来たと思うが、まだ更にダメ押しさせてもらおう。上の二つの発言から、彼が国会議員になった事は全く無意味であった事が良く理解できるだろう、何しろ「日本は外圧でしか変われない(=国内で何をやっても無駄)」のであって、おまけに「不況で就職出来なければ、起業するなり、個人で頑張れば良い!!(=政治の力で国民を助ける必要などない)」のであるから。では、何故彼は、国会議員をやっているのか?実は、この点については非常に分かりやすい解説をしてくれた人物が存在する。それは・・・橋下現市長である

「なんで『国民のために、お国のために』なんてケツの穴が痒くなるようなことばかりいうんだ?政治家を志すっちゅうのは、権力欲、名誉欲の最高峰だよ。自分の権力欲を達成する手段として、嫌々国民のため、お国のために奉仕しなければいけないわけよ。」

なるほど、さすがは論争ファンタジスタ(by茂木健一郎)(失笑)!!これほど、正確に松田公太議員のモチベーションを表す言葉も無いだろう。何しろ、彼は何の意味もなく国会議員をやっているのだから・・・

 しかし、ここまで、解説してもなお、
「まあまあ、彼もそんな悪意があって、言ったワケではないよ。ちょっとおつむが弱くて、表現も悪かったかもしれないが、「自殺なんてしないで、頑張れ」って、きっとその程度の意味で書いたのさ。それに彼のプロフィールを見てみろよ

>タリーズコーヒージャパンを創業。10年で約320店の出店後、アジアで事業を展開していましたが、政治から日本を元気にしたい一心で現職となりました。

ほらほら、320店舗のチェーン店の社長という地位を捨ててまで日本を元気にするために政治家になるなんて、なかなか立派な志を持った男じゃないか!!」

という方も、いるかもしれない。では、彼のプロフィールに書かれている事は真実なのか?それを検討してみよう。

 ネットで色々調べてみると、「総合フードビジネスマガジン飲食店経営」というサイトに松田公太元社長が、如何なる理由で退任したのかの経緯が書かれていた。

2007年9月25日にタリーズ・コーヒー・ジャパン創業社長の松田氏が退任したという大変残念なニュースが報道された。1998年米国タリーズ社と提携して「タリーズ・コーヒー・ジャパン株式会社」として設立し、2001年には、株式上場を果たすという素晴らしい勢いだった。  

提携当時の米国タリーズ社はグルメコーヒー業界最大手スターバックスの最大の競合で、急成長するコーヒー業界の彗星のような存在であった。しかし、スターバックスは競合の存在を許さず、同業者で少しでもデザインや手法でスターバックスに類似すれば訴訟を起こしたり、資金力にものを言わせてシアトルズベスト社を買収すると言う厳しい経営手法をとっていた。しかも当時の米国タリーズ社は債務超過の状態となっていた。

米国タリーズ社が倒産したり、他社に買収されるとせっかく築き上げた日本でのタリーズブランドを使えなくなる危険性が出てきた。そこで、せっかく上場したにもかかわらず、2003年にMBOを行って上場廃止をし、米国タリーズ社を救済するべく日米の統合を図った。しかしながら米国タリーズ社と経営統合が成立せず、日本におけるタリーズブランドを守るべく、2005年に米国タリーズ社から日本における商標権、営業権などの各種ライセンス権利を譲り受けることになった。  

これにより日本における展開権の自由度を得たが、MBOの実施と米国タリーズ社への支払いと言う2重の債務を負うことになり、2006年暮れには伊藤園の出資を仰ぎ傘下に入ることになってしまった。その結果、今回の退任にいたったのだろう。

http://www.sayko.co.jp/article/syogyo/insyoku/2007/2007-11.html
 

 繰り返す

>MBOの実施と米国タリーズ社への支払いと言う2重の債務を負うことになり、2006年暮れには伊藤園の出資を仰ぎ傘下に入ることになってしまった。その結果、今回の退任にいたった

「政治から日本を元気にしたい一心で現職と」なったんじゃなかったんですかああああああああああああああ?!

 ここで、もう一度件の論争ファンタジスタ()にご登場いただこう!!さあ、彼の解説によるとこうである

「ウソをつけない奴は政治家と弁護士にはなれないよ!嘘つきは政治家と弁護士の始まりなの。」


さすがは論争ファンタジスタ()!!ここでも、非常に的確かつ、分かり易い解説をしてくれた。とはいっても、まあこの程度の嘘であれば、まあ一種の方弁であると、許容も出来よう・・・しかし、彼はこのように経営に失敗したにも関わらず、そのネームバリューを利用して政治家になり、あまつさえ、日本を元気にしたいという一心で巨大チェーンストアの社長の立場を捨てて国会議員になりましたなどと、いけしゃあしゃあと抜かした上で、就職に失敗して自殺する若者たちに対して

「仕事が無いなら起業すればいい」「死ぬ気でやれば出来るだろう」


などと上から目線で抜かしいるのである。

それを言ってる、テメー自身が起業して失敗したんじゃねーかよ!!

と・・・まさに言語道断、思わず熱いコーヒーをぶっ掛けたくなるような目に余る所業なのである!!


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posted by TAKA at 02:27 | 神奈川 | Comment(2) | TrackBack(3) | その他

橋下徹市長の例のツイッター発言に対して中野剛志さんがコメント・・・A

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 今回も前回の記事(『橋下徹市長の例のツイッター発言に対して中野剛志さんがコメント・・・』http://achichiachi.seesaa.net/article/270331792.html)に引き続き、中野剛志さんと三橋貴明さんのラジオでのコメントを紹介して解説してみたいと思う。



寺島尚正アナウンサー(以下 寺)「では、今日のテーマはこちら。」

ナレーター「世界が注目した二つの選挙、どうなるEU経済?」

寺「えー、この時間は三橋さんと中野さんお二人に、先週日曜日に行われたフランス大統領選挙と、ギリシャ総選挙を、こちら経済の視点から解説していただきます。フランス大統領選挙、こちらは昨日も取り上げましたが、緊縮財政のサルコジ大統領に「NO」の審判下されました。えー、ギリシャ総選挙でも緊縮財政の連立与党が過半数割れ、まずはフランス大統領選挙からいきます。

 社会党のフランソワ・オランド前第一書記が現職のサルコジ大統領に勝利するという結果出ました。現職のフランス大統領が再選を逃したのはおよそ30年ぶり、オランド氏の得票率が約52%、サルコジ氏はおよそ48%、こういう結果が出ました。まずは三橋さん、この結果どう捉えてますか?」

三橋貴明さん(以下 三)「あの、今のフランスの失業率は10%なんですね、二桁なんですよ。まあ、日本の倍以上なんですけど、これは何故かというと、もちろんユーロの中でバブルが崩壊したから。フランスもバブルだったんですね。で、まあそのバブルが崩壊してですね、物価上昇率が下落して、要はデフレ化してる時に、緊縮財政をすると、緊縮財政って要は増税と政府支出の支出削減、まあ日本がやってるのと同じなんだけど、そうすると、これまた日本と同じで、名目GDPという国民の所得の合計が段々小さくなっていってます。で、税収が減るんですね、結果的に財政が悪化して、「大変だー」また緊縮財政という悪循環に突っ込んでしまうんですけど、その過程で失業率がどんどんどんどん上昇して、国民が貧しくなっていくと。

 これはですね、政権がそういう事をやっている以上、国民が民主主義に則って「NO」と言わなきゃいけないと私は思ってたんだけども、ちゃんと言ったんです。というのが、今回のフランスの結果です。」

寺「中野さん如何ですか?」

中野剛志さん(以下 中)「ええ、フランスに関しては、経済については、今三橋さんがおっしゃった通りなんですが、ちょっと別の視点から見てみると、このサルコジ大統領、サルコジっていう人はですね。

 ああ、そうだ、サルコジの方が年上だから・・・俺年下なんで、サルコジさんですね(笑)えー、丁寧に「お」も付けましょうか?おサルコジさん。これ面白い人なんですね。面白いってどういうことなのかっていうと、もともとはですねヌイイ市という市の市長でですね。そこで、すごくTVによく出て劇場型の政治演出をやって、人気を博したと、で、彼の政策っていうのは、いわゆる日本でいう小泉構造改革のような新自由主義的な構造改革を押し進めるというようなタイプです。

 それから、TVに出てきてですね、過激で攻撃的な発言を繰り返したり、下品な悪態をついたりするんですね。あの「お前が消えろ!!この野郎!!」とかですね、あるいは「社会のクズだ!!」とかですね。なんか、そんな発言をするんですけど、逆にそれで人気が出ると。で、敵を見つけては叩くとかですね、口から出まかせを言って、今度は全く反対の事を涼しい顔をして言うと、あるいは自己顕示欲の塊、自己陶酔・・・ナルシシストなんですよね。

 で、そういう人なんだと、えー、エマニュエル・トッドという、まあ彼も年上だからアレだけど・・・まあ、彼がサルコジの事を、そう批判しているんですけども、ちなみに、このサルコジさんという方は弁護士なんですね。これ、どっかで・・・サルコジさんの事話してるんですけど(笑)」

寺「どこかの、誰かと似てるなぁと(笑)」

三「あと、もう一つね、似てるのがあって、いわゆる保守的な方にウケる事やるんですよ。」

中「そうそう、右派なんですよ」

三「たとえば、その中絶問題なんかについては、保守的な人たちが喜ぶような発言をするワケですね。そこがオランドさんと正反対なんだけども、なんかねぇ、教育関係で保守的な事をやってる方もいるんだけど、まあねぇ同じとは言わないんだけども、本当に似てるなぁと思います」

中「『パリ維新!!』とかなんか言ってるんじゃないですか?wまあフランス革命か?ww」


 いやはや、これぞ中野節とでも言うべき、皮肉を込めた素晴らしいジョークがちりばめてある、非常に面白い話であったwただ、ひたすらにレッテル貼りと汚い罵倒のみを繰り変えすしか脳のない、橋下に対して、これだけのユーモアを用いて余裕で対処しているあたり、やはり中野剛志さんの方が何枚も上手だなぁと感じる。「これなら直接討論してもイケるんじゃないか?」とも思うが、まあ、相手がそもそもまともに討論する気がないのだから仕方ないか・・・

あーでもないこーでもないと言ってりゃ済む空想・思想の世界と違って現実の厳しい政治・行政を教えてやる。市役所の記者会見に来い!対談なんてどこかの出版社の利益になるだけだ。

↑もう、このようなメチャクチャな発言をしている時点で橋下がまともに討論する気がない。もしくは何らかのカタチで自分が絶対的に有利な状況でなければ討論する気がないのは明確であるのだが、コレでも低能な橋下信者にとっては、
「現実の政治の厳しさを肌で知っている橋下さんカッケー!!橋下さんまたもや大勝利!!」
になってしまうのだろう。普通なら、こんなバカ放っておけばいいのだが、現実には、悲劇的とも言える二つの事実が存在し、一つには、こういったバカが残念な事に非常に多く存在することであり、もう一つは現行の民主主義のシステムでは、一個人としてどれほど賢明な判断を下そうと努力しようが、大多数の国民のバカな判断の巻き添えを喰ってしまうという事である。

 しかし、彼の著書『最後に思わずYESと言わせる最強の交渉術』に書いてある
「交渉の途中で,自分の発言の不当性や矛盾に気付くことがたまにある...運悪く相手方に気づかれてしまったら,仕方がない.こんなとき私がよく使うテクニックがある.相手方に無益で感情的な論争をわざとふっかけるのだ.....さんざん話し合いを荒らしまくっておいて,最後の決めぜりふにもっていく『こんな無益な議論はもうやめましょうよ。こんなことやってても先に進みませんから』自分が悪いのに、こう言って終わらせてしまうのだ....これは有効だと思う」
という発言と、彼の取った明らかに無益で感情的な論争としか思えない一連のツイッター上の書き込みを見ると、実は、彼は自分自身の考えや政策に関して、まさに不当性や矛盾に気付いているのではないか?などとも思えてくる。

 もし、仮にそうであるならば、是非とも考えを改め、政策や信念を軌道修正して欲しいものであるが、これまた残念な事に、彼がもし自分の考えや政策についての不当性や矛盾について気付く程度には利口であったとしても、それらを根本的に修正することが可能なほどには賢明ではないであろう事が予測されるのである。

 なにしろ彼は、
「政治家を志すっちゅうのは、権力欲、名誉欲の最高峰だよ。 自分の権力欲を達成する手段として、嫌々国民のため、お国のために奉仕しなければいけないわけよ。ウソをつけない奴は政治家と弁護士にはなれないよ!」
と公言してはばからない人間である。もし仮に、彼が現在推進しようとしている新自由主義的な改革が、有権者の支持を得やすいものであって、一方中野剛志さんが提唱するような地味でありながら、とてつもなく労力のかかり、多くの人の理解を得るのが困難である漸進的な改革の実行や政策レジームの根本的な転換等は、有権者の支持を得るためには役に立たないと考えたとすれば、橋下は間違いなく前者の政策を押し進めるだろう。

 ただ、まあ実際のところは分からない。本当に彼が自己陶酔的なナルシシズムを持ったバカで、本当に自分が完全に正しくて、
「識者とかいう連中は政治の現場を分かっていない。よって批判する権利などない。はい論破」
程度にしか、物事を認識できないような人間である可能性だってゼロではない(実際に、そのようなバカは腐るほどいるのだから・・・)。

 さらには、これまた、突然立場を変化させて、今までの改革路線を修正する方向に向かう可能性も全く無いワケではないのだ。結局のところ、彼が何を思って、あのような病的なツイートを連続して行ったのかも、今後政策の方向性の軌道修正を行う可能性が存在するのかも謎であり、可能であるのは、せいぜいそれらしい予測や推測に過ぎない。

 次に、サルコジと橋下について少し解説してみると、まあ共通点は中野剛志さんが挙げているだけでも

1 元市長(もっとも橋下は現市長であるが)
2 TVによく出て劇場型の政治演出を行い人気を博した
3 政策に関しては、新自由主義的な改革路線
4 過激で攻撃的な発言を繰り返したり、下品な悪態をついたりするが逆にそれで人気が出る
5 敵を見つけては叩く
6 口から出まかせを言って、今度は全く反対の事を涼しい顔をして言う
7 自己顕示欲の塊、自己陶酔、ナルシシスト


 と様々である。いや、しかし箇条書きにすると本当に共通点が多いなぁと思うが、これらの点で、特に気になった点の一つが6つ目の
>口から出まかせを言って、今度は全く反対の事を涼しい顔をして言う
という点である。

 橋下は2008年の大阪府知事選挙では「同和対策予算はゼロにします」という公約を掲げ、いわゆる保守派、あるいは右派の政治家や言論人たち、そして同和による逆差別に苦しめられてきた大阪府民の喝采を浴びた。しかし、選挙に勝利し、知事に就任した直後のインタビューでは
「差別意識はまだ残されており、同和問題は解決されていないと認識している。」
と180°完全に意見を変えてしまっている。「一体、この間に何があったのだろうか!?」などと想像力を膨らませて、様々な理由を推測する事も可能ではあるが、まあまともに考えれば、当選するためだけに口から出まかせを言って、当選すれば、就任前の発言との一貫性などはどうでもよくなって本音を口にしてしまったのだろう。と推測するのが妥当な判断ではないだろうか?なにしろ、彼は

「ウソをつけない奴は政治家と弁護士にはなれないよ!嘘つきは政治家と弁護士の始まりなの。」

と、公言しているのだから、なるほど、彼は「同和対策予算はゼロにします」という嘘をついて政治家になったのだ!!という事がよく分かる。彼が、嘘をついているのは確かなのだが、皮肉にも「嘘つきは政治家と弁護士の始まりなの。」という点に関しては、彼はまさに正しい事を言っていたようである(さらには、それを自らの身で証明したのだ)。

 ちなみに、中野剛志さんの発言中に出てくるエマニュエル・トッドという方は、実は学者で、中野剛志さんが尊敬している学者の一人である。まるで、中野剛志さんが橋下を批判するのと同様に、彼もサルコジを批判しているようであるが、なんとなくここまで似ていると、トッドも中野剛志さんと同じように、

「識者とかいう連中は政治の現場を分かっていない。よって批判する権利などない。はい論破」

などと言われているのかもなぁと想像して、少し可笑しくなってしまうw

 それから、最後に一つどうしても書かなければいけないと思ったことは、前回、橋下のような非常識な人間を政治家として支持する日本人はコモンセンス、つまり常識感覚が相当に傷んでいるのではないか?という問題提起を行ったが、サルコジという橋下と非常によく似た人物がフランスで大統領にまで選ばれたという事実を考えると、どうやらこのコモンセンスの棄損は、なにも日本人に限られた特殊な現象ではなく、ある種の普遍性を持った世界共通の現象なのであるかもしれない。

 もっとも、フランス人は世界同時不況に、ユーロ危機が重なるという危機的な状況における判断で、サルコジに「NO」を突き付けたのであるから、100年に一度の経済危機と、1000年に一度の大震災が起きた後の、まさに危機的な状況において大阪のダブル選挙で、あのようなふざけた選択を行った日本人(もっとも、現実にはあくまで大阪府民、大阪市民の判断ではあるが)よりは幾分マシであるのかもしれない。

 まあ、このような状況において他国との比較など無意味だろう。やるべきことはただ一つ、日本国民が賢明な判断を下すことのみであり、一つの単純なメッセージとして伝えたい事があるとすればそれは

「間違えるなよ!!」

とまあ、このたった一言に集約されるのである。


↓そのために、何かしらの有益な情報を提供できれば・・・と思っています!!応援よろしくお願いします


posted by TAKA at 04:13 | 神奈川 曇り | Comment(6) | TrackBack(0) | その他

橋下徹市長の例のツイッター発言に対して中野剛志さんがコメント・・・

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 今回の論争について、とうとう中野剛志さんコメントを残してくれた。以下は、ラジオ文化放送の夕方の番組『夕やけ寺ちゃん 活動中』での発言の書き起こし(三橋貴明さんがレギュラーコメンテーターで、中野剛志さんは特別ゲスト。おそらく、今回のツイッター事件の件についてインタビューするために呼ばれたと思われる)



寺島尚正アナウンサー(以下 寺)「あの、地元大阪では圧倒的な支持を得ています橋下大阪知事なんですが、ツイッターもよく、マメにしてますね」

三橋貴明さん(以下 三)「本当にマメにやってますね〜(苦笑)」

寺「で、非常に(本人の)目の前で中野さん結構やられましたね」

中野剛志さん(以下 中)「そうらしいですね、他人から聞きました。僕ツイッター見ないっていうかやってないんで知らんです。」

寺「で、三橋さんの話題なんかも出てきててね。で、これどうしたかというと、雑誌SAPIOでの中野さんと漫画家の小林よしのりさんの対談を受けて橋下市長が色々と反応したって事なんですけど、えー、このSAPIOの発言、中野さん簡単にどのように発言されたんですか?」

中「えーっと、どれが気に障ったのか分からんですが、あの皮肉なことにこういう事を言ったんですよ。あの、TVとかで下品な悪口とかを、あるいは他人を罵倒したり、ツイッターですね他人の悪口を延々書き連ねてるような他人が、この国を変えるんだとか言うのは勘弁してくれと・・・そんなの政治家としての資質が無いんじゃないか?とそういう事を言ったら、そのツイッターでですね悪口を言って、資質が無い事を証明しちゃってるっていうね、事なんですけど。」

寺「まあ、ねえ、つい先日橋下さん、毎日放送の女性記者にね、ぶら下がりで30分くらいバトルを展開したっていう・・・まあ、なんか戦うのが好きっていう・・・」

三「っていうよりも、あの、戦うのが好きっていうよりも、そもそも、よくあんな時間があるなぁと。中野さんへのツイッターの粘着(?)っていうのが5日間くらい行われていて、その間に私たちの本読んだりしてるので、いやぁなんか変わった人ですね。私なんかそんな時間全然無いんで、すごいですよね?」

中「もしかしたら、中身というよりは、延々こう悪口を垂れ流されるっていうのは、どんな人でも嫌なもんですよね?そうすると、まあ面倒臭いから関わるなと、批判なんかしないでおこう、相手にしてもしょうがないからっていうふうに、なんか大人の人ほど諦めたり、逃げたりするじゃないですか。別にそれは大人の振舞いっていうか、「君子危うきに近寄らず」ってやつですよね?もしかしたら、それやって自分への批判をさせないようにする、つまり粘着することで相手を黙らせるので、これを「粘着テープ」と言ってですね、「粘着テープ」を口に巻いて黙らせるってそういう事かもしれないですね」

寺「あー、私もこの前、その毎日放送の女性記者の一件でね、もしかしたらコレ作戦で、注目を絶えず、こうされるようにネタ作ってるんじゃないかな?とも思ったんですが、それはやっぱりちょっと違うんですかね?」

三「そこまでしなくても注目は集めてますよね橋下さんの場合は、逆に私がやるんだったら分かるじゃないですか。私が5日間橋下さんの悪口をツイッターで書くとかね。」

寺「えっと、だけど中野さん。藤井聡さんという方がですね、あの、面白い解釈をされてますよね?これちょっとご紹介いただけますか?」

中「えーっとですね。あの、僕なんか橋下市長と討論してくれとかですね、議論したらどうですか?とか言われるんですけど、なんかそれ嫌ですよねって話をしてたらですね、なんか藤井先生がFaceBookかなんかで書かれてたんですけど、えーっと橋下さん2003年に出してた本で、『最後に思わずYESと言わせる最強の交渉術』という本を、今絶版みたいなんですけど出していたようで、そこにこう書いているんですよね。
「交渉の途中で,自分の発言の不当性や矛盾に気付くことがたまにある...運悪く相手方に気づかれてしまったら,仕方がない.こんなとき私がよく使うテクニックがある.相手方に無益で感情的な論争をわざとふっかけるのだ.....さんざん話し合いを荒らしまくっておいて,最後の決めぜりふにもっていく『こんな無益な議論はもうやめましょうよ。こんなことやってても先に進みませんから』自分が悪いのに、こう言って終わらせてしまうのだ....これは有効だと思う」
これ、こういう態度の人とですね、会って、討論とか議論とかしても何の意味があるのかな?っていう。」

三「弁護士さんの裁判所におけるテクニックなんですかね?」

中「でね、もっと凄いのがですね、えー私も三橋さんも、維新の会でどんな政策やっているのか分からないので論評のしようがないとおっしゃりましたが、まあ、私も中身がよく分からない上にですね。これあの、今月号の文芸春秋にも書きましたけど、橋下市長が大阪府知事になる直前2006年くらいのご本で『真っ当勝負』って本をお書きになってて、何故かコレも絶版になってるんですけど、そこで彼こうおっしゃってるんですね。
「政治家を志すっちゅうのは、権力欲、名誉欲の最高峰だよ。 自分の権力欲を達成する手段として、嫌々国民のため、お国のために奉仕しなければいけないわけよ。ウソをつけない奴は政治家と弁護士にはなれないよ!嘘つきは政治家と弁護士の始まりなの。」
ってこう書いていてですね。橋下さんの言ってる事どう思いますか?って言われても、だって嘘つくって言ってるんだから、そこで困っちゃうなっていうのがあるわけですね。そういう事を考えると、「支持が高くて、国政に出てきて世の中良くなりますか?」って、もちろん政策次第なんだけど、それ以前の話なんじゃないのかな?って思うワケですね。」

寺「絶版になってて良かったって本人は思ってるでしょうけどね(笑)」


>もちろん政策次第なんだけど、それ以前の話なんじゃないのかな?

↑正直、もう、全てが、中野剛志さんのこの一言に集約されるような気がしてならない。粘着テープに、無益で感情的な論争の吹っ掛けで議論を有利に進めるテクニック、さらには嘘を吐きまくると・・・そんな、人間に政治家になられたら困るというのが、まともな人間の常識的感覚からくる判断ではないだろうか?

 ちなみに、この無益で感情的な論争を見て大絶賛していた人物が一人・・・

みんなやられているらしいけど、ツイッター上では頼まれもしないのに人を罵倒したり、汚い言葉でののしったりするつぶやきが、時には@メンションで飛んでくる。
私は基本的にじっとがまんしているけれども、心の中では、実はあることを思っていて、それが小さな復讐のつもりでいる。

それは、「ああ、この人、かわいそうに。もし、オレと実際に会って論争したら、こてんぱんにやられてしまうのになあ」ということ。
小学校の頃から、論争でも口げんかでも、負けたことなし。論点を繰り出し、相手を攻撃するスピードは、ファンタジスタ。ツイッター上では、封印しているだけ。

おそらく橋下さんもそうだと思うのだけれども、論争ファンタジスタの人は、だーっとその場では言うけど、あまり後を引かないというか、あとはケロリと仲直りできるんだよね。
かえって、ねちねち後出しじゃんけんで言い続ける人の方がやっかいで、でもこういう人は論争では勝てない。

今朝の橋下さんのツイートに対しても、後出しじゃんけんで、「痛いところを突かれたからムキになったんだろう」みたいなことを書いている方がいたけど、
あんがいネチネチしていて、生のリアルタイムの論争には向いていなかったりする。で、時代の気分は、橋下さんの方なのでしょう。

ぼくが、個々の政策においては意見を異にしても、橋下徹さん(@t_ishin)に一度首相をやっていただきたいと思うのは、その意志決定やコミュニケーションのスタイルに惹かれてのことだと思う。
なんだか、フェアな感じがするんだよね。後出しじゃんけん系の人たちよりも。

だから、相変わらず@メンションでイミフな罵倒をあびさせてくる方々へ。もうしわけないけど、生で論争したら、絶対に負けません。
口げんかになったとしても、こっちはファンタジスタだぜ。でも、ツイッター上でそれをやることはせず、じっと我慢しているだけなのです。

以上、連続ツイート577回、「けんかにはばーっとさわやかなのと後出しネチネチがあるけど、さわやかな方がいいよね」でした。


脳科学者・茂木健一郎さんの4月27日の連続ツイート。
http://togetter.com/li/294050


 まあ、論争ファンタジスタだろうが何でもいいんだけど、もう常識感覚からして、「ああ、コイツはダメだな」と判断してほしい。中野剛志さんは日本人の特に知識人や政策に関わる人間全般のコモンセンスが相当に傷んでいるのではないか?という事を懸念しているようであるが、そういう意味ではもう末期なのではないだろうか?

 じゃあ、例えばこのような橋下の汚い罵倒に対して、憤慨して公開討論の場に中野剛志さんが応じたとする。そこで繰り広げられる討論はどうなるか?予想は簡単である。まずもって、中野剛志さんが新自由主義的改革が現実にどのような悪影響を及ぼしてきたか?さらには今後及ぼし得るのか?といった事について、過去のデータや、社会学的知識を用いて説明したとする。そこで、橋下が何をするのかは、決まっている、

「あきれるほどの机上の空論。識者とかいう連中は政治の現場を分かっていない。よって批判する権利などない。はい論破」と、学者相手に用いるいつものレトリックで反論 by虚構新聞


し、それでもなお議論が劣勢になると思えば、おそらくは作戦の第二弾として「無益な感情的論争を吹っ掛ける」であろう。

 ちなみに、中野剛志さんが紹介した橋下の書籍の正式なタイトルは『最後に思わずYESと言わせる最強の交渉術―かけひきで絶対負けない実戦テクニック72』である。中野剛志さんも非常に議論に強い人間ではあるが、弁護士時代に海千山千の経験を積み、まさに議論において百戦錬磨の戦歴を持つ橋下に、こんなうんざりするようなテクニックを72個も使われれば、さすがの中野剛志さんでもどうしようもなくなるだろう。

 もちろん、まともな政策論争であれば、中野剛志さんが負けることはないだろうが、そもそも相手はまともに論争する気などさらさらない。議論が有利であれば、それで良し、不利だと思えばまともに議論させない数々のテクニックを駆使して、最悪視聴者や聴衆に、
「なんかゴチャゴチャして、ワケわからなかったな・・・」
と思わせて終えるように持っていくだろう。

↓おまけに、過去のツイートでは討論をしたいと言いながらも、しっかり逃げも打っているようであるし・・・

中野氏と討論したいものだ。なぜ僕がTPPにこだわるか、デフレ下でも競争にこだわるか、中野氏にぶつけてみたい。価値観、哲学が180度異なるであろう。(中略)
中野剛志の主張は具体的である。TPPについて、そして経済政策について僕とは全く考えが異なりそうだ。僕は学者じゃないから知識論争をするつもりはない。byはっしー


 知識論争では、勝てないから、無益で感情的な論争を吹っ掛けるのか・・・泣く子と弁護士には勝てませんわな・・・おまけに、その後は政策の具体的な批判をしろとか言い出すし・・・弁護士の弁論術は、全く内容を問わずに、その場の場当たり的な論争テクニックだけで急場を凌ぎ、如何に持論をそれらしく見せるためのモノなのだろうか?

 ともあれ、聴衆は、まともな判断力を奪われ一瞬催眠術にでもかけられた状態にされるだろう。そうであれば、彼が首相になるなら、下手をすれば、国民の大多数が催眠術にかけられたまま、国家がメチャクチャになるのを目の前にして、ある者は「これが時代の流れか・・・」などと呟きながらただボーっと眺め、別の者は「彼こそ先進的な改革者だ!!」「時代が求める強烈なリーダーなのだ!!」と叫びながら拍手喝さいを送るだろう。

 まさに、過去に、日本の伝統や国体を徹底的に破壊した元小泉首相を大絶賛し、国民のモラルに徹底的な悪影響をもたらしたホリエモンや村上ファンドの村上を時代の寵児として持て囃したのと全く同じように、いやあるいはそれよりもっと先鋭的な改革とそれを絶賛する状況が発生するかもしれない。

 なるほど、このような資質をファンタジスタであると言うならば、それはそれで正しいだろう。人間ほとんど誰にだって、多かれ少なかれ破壊衝動は持っている。9.11の自爆テロのシーンをTVで見た時、アメリカ人以外の多くの人間が一種の催眠術にかかったようなフワッとした現実感のない、しかし妙な快感を伴った奇妙な感覚を味わったのではないだろう?圧倒的な破壊を目の前にした時、人の脳はフワフワとした快感を感じるように出来ているのかもしれない。

 ほとんどの人は、子供の時代に、積み木やブロックで何時間もかけて作り上げたお城や王国は、それをブチ壊す時、それを作り上げた達成感と同程度、あるいはそれを越える快感を感じたハズだ。

 小学生になれば、昆虫や、酷い奴なら小動物をブチ殺す事に快感を感じ、中学高校では、ある種の連中は窓ガラスをぶち破る事に大変な快感を感じる。

 そうやって、人は大人になり、いつしかそれらのガキっぽい破壊衝動はなくなっていく・・・

 大人になるほどに、そういった衝動的な力を失う代わりに、新しい力を得る。そうして、何かを守ろうとする。恋人が出来れば、恋人を守ろうとするし、結婚して子供が出来れば、配偶者と子供を守ろうとする。企業の経営者であれば、従業員やその企業を守ろうとするし、軍隊に入れば、国家と国民を守ろうとする。

 じゃあ、政治家は何を守る?もちろん第一義的には国民の生命と財産だろう。しかし、もう一つ決定的に重要な守るべきものがある。それは国家の伝統、文化であり、国民の生活であり、精神であり、秩序であり、さらには国体そのものであろう。

 そこで、必要なのはまさに知性や品格といった抽象的なモノをも含めた人間としての総合的かつ本源的な能力であり、そのような場には、下品で小賢しい72の論争テクニックを駆使する論争ファンタジスタなどの出番などあろうはずもない。

 「パフォーマンスとしての改革」「パフォーマンスとしての破壊」「非効率分野の淘汰」日本国民は、もういい加減、こんな下らない壮大な茶番劇に付き合わされるのは勘弁してくれ!!と言うべきだ。

 破壊されるのは、自分たち一人一人の生活であり、文化であり、非効率分野はそれに従事する人間の生活の糧を得るための生業であり、淘汰されるのはまさに国民自身だ。

 非効率分野の淘汰のために、工場を停止したり、潰したり、田畑を休耕田にすることは出来る。しかし、現実にその分野での仕事をする労働力だけは淘汰出来ない。何故なら、それは現実に生きて生活している人間それ自体であって、その非効率分野は、彼の生活そのものなのだから。

 大した数の人間が読んでるワケでもないと理解しつつも、一人でも、多くの人間が、催眠術から目を醒ましてもらえるようにと思い、今回の記事を書かせてもらった。橋下市長率いる大阪維新の会が次期衆院選に向けて準備をしているようであるが、その時には国民が健全な判断力を取り戻し、しっかりとした選択を行ってくれる事を願っている。


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posted by TAKA at 03:03 | 神奈川 曇り | Comment(2) | TrackBack(0) | その他

改革派小学生市長橋下徹、市内の小中学生にツイッターを義務化!!

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 橋下市長、市内の小中学生にツイッターを義務化

 大阪市の橋下徹市長は13日、市内全ての小中学生に短文投稿サイト「ツイッター」の利用を義務付ける方針であることを明らかにした。早ければ6月にも「ツイッター利用条例(仮)」案を市議会に提出、可決した後、2学期が始まる9月からの本格施行をめざす。

 13日、橋下氏がツイッターへの投稿を通じて公表した。投稿によると、「偏向したマスコミだけでない、オルタナティブな情報源が若者には必要」との考えから、義務教育である小中学生のうちからツイッターを有効利用できる能力を身に着けるべきだと主張。「市内の小中児童19万人は全員ツイッターを活用できる」を目標に、6月にも条例案提出を予定している。

 条例案では、週に1時間程度「ツイッター学習の時間」を設け、ツイートの方法や、フォロー、リツイート、ブロックなど基本的な使い方を指導するとともに、毎日最低1回のツイートを義務付ける。また橋下氏のアカウント(@t_ishin)を必ずフォローすることも定めている。

 このようなツイッター義務化の裏には、昨今橋下市政に対するマスコミからのバッシングが強まっているという現状がある。先週も、卒業式での君が代斉唱問題について、批判的な質問を投げかけた毎日放送(MBS)の記者と20分にわたる不毛な口論を繰り広げたばかりだ。

 ツイッターのヘビーユーザーとしても知られる橋下氏の投稿の中には、各種メディアによる橋下批判への反論も多く含まれている。MBS記者との論戦についても「(動画配信の)ユーチューブやツイッターがあって良かった」と振り返っている。このように、ツイッターを通じて自らの主張を若年層に周知させることで、未来の有権者を囲い込むことが条例の真の目的ではないか、との見方も強い。

 今回のツイッター義務化について、識者からは「ツイッターを橋下市政のプロパガンダの道具に利用しようとしている」との批判の声も挙がっている。これに対し橋下氏は「あきれるほどの机上の空論。識者とかいう連中は政治の現場を分かっていない。よって批判する権利などない。はい論破」と、学者相手に用いるいつものレトリックで反論した。

http://kyoko-np.net/2012051401.html


 まさに、/(^o^)\ナンテコッタイといった感じの記事であるが、この記事のサイト元を見てみると・・・虚構新聞(「実際にありそうで実は存在しない」ネタをニュースとして掲載しているサイト)でしたというオチである( 〃..)ノ サーセン

 まあ、確かにトンデモな嘘話なのであるが、相当に皮肉の効いたジョークを交えていてあまりにも「秀逸だなあ」と感じて紹介させてもらった。おそらくは、橋下の君が代強制問題とかけて、「独裁的な権力で何かを強制させる」という事を皮肉ったのだろう。

>ツイッターのヘビーユーザーとしても知られる橋下氏の投稿の中には

↑これなども、中野剛志さんと小林よしのりとの論争時にも、明らかに就業時間であると思われる時間帯に「中野剛志は国民の血税を使って無責任で無意味な研究ばかりしている!!」といった内容のツイートを連続して行っていた事から
「中野剛志は公費を使って研究を行っているが、お前は国民の血税を使って、下品で病的なツイートを垂れ流している!!」
と散々に批判されたことなども揶揄しているのだろう。

 ちなみに、中野剛志さんと共に共著として『売国奴に告ぐ』を出版した三橋貴明さんは、一連の事件について、とあるラジオ番組で
「すごい時間ある人なんですね。中野剛志さんの悪口を延々5日間もツイッターで垂れ流し続けて、しかも、その間私たちの本まで読んでるっていう・・・なんとうか変わった人だなぁと思います」
とコメントしている。

>今回のツイッター義務化について、識者からは「ツイッターを橋下市政のプロパガンダの道具に利用しようとしている」との批判の声も挙がっている。これに対し橋下氏は「あきれるほどの机上の空論。識者とかいう連中は政治の現場を分かっていない。よって批判する権利などない。はい論破」と、学者相手に用いるいつものレトリックで反論した。

↑そして、何より極めつけは、このオチである(笑)このブログでも散々に批判したように、中野剛志さんへの批判もなんら具体性を持った批判は一切なく、ただひたすらに的外れな人格批判と、「識者とかいう連中は政治の現場を分かっていない」等といったレッテル貼りに終始していた。しかも、具体的にどのように学者の認識と現場の現実が乖離しているかの説明も一切無し・・・いやはや、それほど長くない文章を非常に皮肉の効いたジョークを交えつつ、橋下徹という市長の本質のほとんどを説明し切っているのではないかと思う。いやはやお見事・・・

 さらにはダメ押しで・・・

hasimoto.jpg

>写真=論破好きで知られる橋下徹大阪市長 と・・・

 ちなみに、このネタは、ガチ情報だと勘違いして騙されてるツイッターユーザーが非常に多かったらしく虚構新聞のツイッターアカウントからは・・・

虚構新聞速報/編集部便り‏ @kyoko_np

【お詫び】本日付記事でネット界隈をお騒がせしたことをおわび申し上げます。現実にありえないことをお伝えするのが本紙のポリシーですが、今回非常に多くの方から「橋下氏ならやりかねない」と思われたのが最大の誤算でした。今後はもっと現実離れした虚構報道を心がけます。申し訳ありませんでした。


と反省の色が一切見られない、完全にユーザーを小馬鹿にした謝罪文が掲載されたw

 市内の全小中学生に、ツイッター(&自分のアカウントのフォロー)を強制させる法案を通しかねないと思われてる市長ってどんなだよ?!


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posted by TAKA at 06:07 | 神奈川 曇り | Comment(4) | TrackBack(1) | その他

中野剛志VS田中秀臣 論争について・・・A

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 以前書いた記事(『中野剛志VS田中秀臣 論争について・・・』http://achichiachi.seesaa.net/article/268742576.html)のコメント欄が結構盛り上がっているので、今回は一応続編といった感じで、中野剛志さんのインフレターゲットにかんする見解等々について本人の発言も踏まえた上で解説してみたいと思う。

 中野剛志さんは、『レジーム・チェンジ―恐慌を突破する逆転の発想』等々で、インフレターゲットやデフレ時の金融緩和については、効果に疑問を呈しているが、それの効果以上により本質的な部分に触れていると思われるポイントについて、以下の動画で発言を行っている。



「(日銀がインフレ目標を1%を目途に設定した事に関して、デフレ脱却へ向けて)まあ、一歩は前進したと思いますけど、でも一歩じゃどうにもならんっていうか。いや、もちろんその、インフレを目指しますと言って金融緩和をやるっていう事をもっとやるべきだという議論、それ自体はいいと思います。っていうかやらなきゃいけない、というかそんな事もやってなかったのかという感はあるんですけども、やっぱりそれだけじゃダメなんですよね。

 どうしてかって言うと、2つあって、デフレってのは、これ(以前のさくらじの放送で)三橋さんからの説明もあったと思うんですけど、お金を今使えない状態なんですよね。「将来の需要が無いだろう」っていう悲観的な(予測?)で物価が下がっていくと、物価が下がってるって事はお金の価値が上がってるっていう事なので、皆お金を使わないで持っちゃうという状況なので、そこでお金をジャブジャブお金が日銀から流れてきても、やっぱり貯金に回しちゃうようだと、「今使うのは損だ」と思ってるうちは貯蓄に回っちゃうっていうので、どうにもならないってのが一つある。だから、実際に使ってみせないと、使ってとにかく、需要が足りなくて供給が多すぎるので物価が下がってるのを止めるために使わなきゃいけない。で、それを使わないでお金だけ流しても、やっぱり貯金に回っちゃうってのが一つ。

 で、もう一つは、それとも関係あるんですけれども、お金を流しても、たとえば東北の復興のためにお金が流れていくならいいんですけど、お金を流しただけでは、東北の復興にいくとは限らない。例えば、「イラン情勢があるから原油が上がるだろう」って原油の方に流れちゃったら、原油がもっと高くなって、なんとお金をジャブジャブにした結果、原油が高くなって皆がもっと苦しむっていうことだってあるので、そのジャブジャブお金を流した流し先を作って、それが皆の為に良いモノって作ってやらないとダメなんですよ。

 だから、株価がちょっとばかり上がったってですね、それじゃあ、全然安心できなくて、だからさっきの藤井先生の本もそういう趣旨なんですよね。お金をジャブジャブにするのは正しいんだけど、それは一歩に過ぎなくて、必要条件に過ぎなくて、もっとちゃんとやらなくてはいけない。だから、ここで、その公共事業をやって日本中の耐震化を進めるとか、水道が老朽化してるとか、色んな問題がある、橋が老朽化してるとか、それを片っ端から直すために、国とかが財政出動をやって、それで国債を発行すると、そうすると、そこにお金が流れるのであれば、これはみんなの為になるという事で、公共投資っていうのは、需要と供給のギャップを埋めて、物価が下がるのを止めるって役割もあるんですけど、もう一つは、流れていくお金の流れ先をコントロールするっていうところもあるんですよね。

 だから、今もし原油が上がったり食料が上がったりして、ワケの分からないものが上がるっていうのと、もう一つは、これは、その小泉政権時に、財政出動は削ってて、金融は緩和されたんですけど、その結果何が起きたかっていうと、やっぱり、あの時ホリエモンの事件とかああいうライブドアとか村上ファンドとか景気の良い人たちが出てきて、六本木ヒルズのあたりでなんかブイブイ言わしてましたよね?だから、このまま需要を作らないでお金を流すと、六本木ヒルズがブイブイ言うだけなんですよ。

 だから、このまま放っておくと、ホリエモンが牢屋から出てきちゃうっていう。そうすると国民にとって良くない上に、まあそれじゃあなんかムカつきますよね?だから、金転がしが流行っちゃうので、だけど金転がしの人たちが、じゃあ東北を救おう!!だとか別に思うワケないですよね?もっと儲かる所はどこだろう?って考えるだけだから、だからそういう意味でも、実は政府がお金を出すとか、公共事業ってのが大事だっていう、そういう話なんですよ。」


 結構、書き起こしの文章が長くなってしまったが、金融政策で金をジャブジャブにして、通貨の価値を下げることでデフレを脱却させる事を最重要であると考える田中秀臣の思想との関連性において、この発言の意味を捉えるであれば、その本質は一言で言うならば
「何にお金を使うのかを能動的に、政治の力でコントロールしていくこと」
にあると思う。

 実は、中野剛志さんは、過去に、平成以降の日本の政府の経済戦略の無さについて、お金を資源であると捉えた上で、その資源をどのように分配するかという戦略性の無さと、当然のことながら、その戦略を実行する統治能力の無さを批判しているのだが、上記の発言でも、同様の趣旨の内容が説かれている。

 田中秀臣は、「お金の使い先は市場が決定すべきだ」というある種の思想があるのではないかと見受けられるのではあるが、結局のところ、市場のメカニズムが有する合理性は、唯一、ミクロレベルつまり、企業や個人等の利益の最大化というものでしかなく、かならずしも経済的な利益を生むとは限らないが、必要な投資である、環境問題、自然保護、といった分野や、国防安全保障というものは、どうしても市場原理に任せていれば、おろそかにされてしまう。ましてや、東北復興等や防災対策を含めた国家の全体的な戦略とは、そういった市場原理とは相当に相容れないものであって、まさに全体の幸福や社会的な福利の向上という視点から、考えれば、市場原理の持つ合理性、効率性というものは、まさにそれら全体の中のわずか一部の小さな要素にしか過ぎないと言える。

 さらに、議論を単純化するのであれば、田中秀臣はお金を回す事を最大の目的としているのに対し、中野剛志さんは何のためにお金を回すのか?という根本的な問いかけからスタートして、その回答の中の全体的な答えの中にある一つの手段として、お金を回すことが必要だと考えているのではないか?と、まあこういったことが中野剛志さんの見解であると、俺などは思うワケである。

 ここで「なるほど、中野剛志の見解は分かった。じゃあお前自身はどう考えてるんだ?」という疑問を抱いた読者がいるのかいないのかは分からないが、まあ、一応そういう読者の方も何人かでもいると想定して、俺の考えを書かせてもらうと、俺は中野剛志さんの考えや発言が、正しいであろうという前提の上で、さらにこのように考えると分かり易いのではないか?と思っている。

 では、どう考えるのかというと、たとえば、経済というものを考える時に、お金を水に、お金が流通する社会を循環する川、もしくは水道管(一応、以下、水道管のたとえを用いる事とする)のようなモノだと想定する。そう考えた時に、ではデフレ不況とは、どういった状況なのか?というと、当然ながらその水道管や川に水が流れていない状態とたとえる事が出来る。

 では、何故水(お金)がスムーズに流れないのか?そして、どうすればスムーズに流れるようにする事が出来るのか?ここで、財政出動を中心としたケインズ主義的な考え方をする人と、いわゆる金融政策を中心に考えるリフレ的な発想の人の差が出てくる。

 金融政策を中心に考える人は、何故水が流れないのか?と考えた時に、「水の量が足りないからだ!!」と考える。だから、こそ金融緩和という手段を用いて、水(お金)をジャブジャブ流し込む事で問題を解決しようとする。もちろん、水が足りないのに加えて、水道管で、錆ついてるか、詰まりかけてるところがあるから、そこは、金利の調整や財政政策を補助的に用いることで詰まりを改善しましょうということになる。

 それに対して、ケインズ主義的な考えをする人たちは、「この水道管の詰まりこそが根本的な問題であって、これは水の量を増やしただけでは綺麗に問題解決出来ないぞ!!」と考える。だからこそ、相当直接的、人為的(政治的)に詰まりに手を突っ込んでスムーズに流れるように改善し、さらには、水道管を組み替えて、より良い水道管の在り方を模索し、議論し、さらに実際に変化させようとする。もちろん、水道管の詰まりを取り除いて、さらに水道管の組み換えを行っても、そもそも水の量が足りなければ、どうしようもないので、リフレ論者と同様に水の絶対量を増やすために金融緩和という手段も用いる。しかし、水の量を増やしただけでは問題は解決しないのだ。という意識が根本にあるため、金融緩和のみで良しというスタンスには決して立たない。

 このように考えた時に、結局俺の目にはいわゆる金融緩和で通貨の流通量を調整して、後は市場原理に任せましょう的な発想を行う人間は、無気力だが賢くて物分かりの良いニヒリストのように映ってしまうのである。

 ここでまた、過去の中野剛志さんの言葉を借りてくる事になってしまうのだが、中野剛志さんはグローバル化とグローバリズムをの違いを説明して、このように言った
「企業や、ヒト、モノ、カネが国境を越えて自由に行き来するようになるグローバル化と、それを積極的に推し進めようとする思想や政策であるグローバリズムは全く別物である」
と。続けて言うのが、
「グローバル化は、時代の流れで不可避だという連中がいる。確かに、グローバル化はある程度不可避の流れであるかもしれないが、それを積極的に推し進めようとするグローバリズムは違う。ただそれに無気力に流されるだけではなく、抵抗の手段が存在する。例えば、東北の震災を例に挙げれば、震災自体は不可避な自然現象であったが、しかし、その以外の点では、予測の精度を上げたり、建物の耐震化等の防災対策に取り組んだり、さらに、一度震災が起こっても、その後の復興に尽力したりと、無数の抵抗の手段が存在するのだ。なので、不可避な自然の流れと、それに追従する態度は分けて考えなければならない」
ということである。

 つまり、何が言いたいのかというと、市場原理を絶対のまさに至上原理であると勘違いしている連中は、このように無気力に流されている連中と同じなのではないかということ、「政治家や官僚が金を使ってもロクな事に使わない」等の発言は、まさにそれを象徴しているように思える。

 しかし、当然ながら、市場原理と市場原理主義は全く違う。確かに、ソ連が崩壊し、社会主義とマルクス思想が没落していったその時から、我々は否応なく市場原理に引きづられる事となった。しかし、政治的、人為的な介入と対立する市場原理に対して、我々は民主主義という手段を用いて抵抗する事が可能なのである。

 つまるところ、俺は田中秀臣のような連中、ちょっとばかり過去の政治家や官僚が犯した間の抜けた失敗をことさらに強調し、「ほれ見た事か?!政治家や官僚なんてロクなカネの使い方を知らない愚か者だ」などと得意になって騒ぎ立て、あまつさえ、いわゆる主流派の意見に迎合し「だからこそ、お金の使われ方は市場が決定すべきなのだ!!」などと、誰でも考えそうな事を、さも高尚な真理でもあるかのように声高に唱え上げる。こんな態度そのものが気に入らないのである。

 神ならぬ、その自己の能力に限界を持った人間は、必ず失敗を犯す。その時に、
「ああ、もうダメだ・・・」
と絶望し、全てを諦める事も可能であり、また、他者の失敗を見て
「ほれ見ろ!!こんな奴に任せていたらロクな事にならない!!」
とボロクソに批判して、その後決して名誉挽回の機会を与えないよう奪い去る事も出来る。

 一方で、人間は自らの失敗を真摯に反省し、
「自分は間違っていた」
と認めた上で
「しかし、次こそは必ず成功させるのだ!!」
と決意を新たにする事も出来る。

 「人の人たる強さ」などと言えば、大げさすぎるだろうか?しかし、自然発生的な不可避の流れに対して、無気力に流されるのではなく、知恵と気力でもって抵抗すること。自らに降りかかる失敗や絶望に打ちひしがれる事なく、それを乗り越えて再び挑戦すること。こういった人間特有の能力や可能性を否定する悪しき虚無主義のようなものが俺は大嫌いなのだ

 あまりにも主観的に過ぎる議論である。と感じた読者もいるかと思うが、まあ、あくまでも俺自身の持つ一つの意見として読んでもらい、「ああ、こういう考え方もあるのか」と思ってもらえれば幸いである。


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posted by TAKA at 04:48 | 神奈川 晴れ | Comment(1) | TrackBack(1) | その他

藤井聡VS橋下徹 論争についてB〜被災地を見殺しにする小学生市長 その他〜

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 前回の記事(『藤井聡VS橋下徹 論争について・・・A〜地方主権論のウソ〜』http://achichiachi.seesaa.net/article/269324878.html)に引き続き今回も藤井聡さんのFacebookの書き込みから色々と引用して解説してみたいと思う。

皆様、いろいろとありがとうございます。

ところで今ネットを拝見しておりますと、どうやら、中野さん(の小林よりのりとのSAPIOでの対談)に対するツイッター批判が、ネット上で盛り上がっているみたいですね(笑)。ネットを拝見しますと、下記ブログには、SAPIOの対談文章も載っていました。

「俺はね、面識もないのに非常識な物言いをする人間に対して同じ言い方をしてるだけだ。」

....残念ながら、当方にはこのご発言の趣旨は全く理解できません。どこが一体「同じ言い方」なのか。その発言の品位の差は比べるまでもないもので、真っ当な日本人なら、誰の目にも明々白々は雲泥の差があることは、ご理解いただけると思います。

[言論]中野剛志さんに酷い罵詈雑言を浴びせる橋下徹市長。http://d.hatena.ne.jp/manji_ex001/20120427/1335486915


 中野剛志さんと小林よしのりの対談と橋下のツイッターの書き込みはこちらの記事でもチェックしてほしい⇒『橋下徹がツイッターで中野剛志・小林よしのりに激怒 「呼び捨てすんな」「文句言うならお前がやってみろ」http://achichiachi.seesaa.net/article/267405414.html。対談の内容の全文はこちら⇒『小林よしのり×中野剛志の橋下徹市長批判記事全文・・・』http://achichiachi.seesaa.net/article/267905829.html

 上記記事の後に書き込まれた書き込みも・・・

下記は、中野さんに対する新しいツイートの一部です。

あほらしい話ですが、念のため、以前橋下市長が確実にお読みになっていた原稿に、当方が書いていた日本語をもう一度掲載します。

「中央政治をぶっ壊し、地方分権すべし」という主張は、「地方自治をぶっ壊し、中央に権限を集中すべし」という主張と同じように愚かしい極論なのである。・・・中央と地方が、「ぶっ壊す」などと叫び合いながら、「敵対」していていいわけがない。そうではなくて、地方と地方、中央と地方が相互に補完し合おうという態度を持ちながら、一つ一つ具体的な項目について専門的、俯瞰(ふかん)的、総合的な見地から、互いの適正な協調のありようを探り続けなければならないのだ。」

この日本語を読めば、如何に当方が「国家行政組織中心主義」で「ない」かが、おおよそ高校生以上の知性をお持ちの方なら分かると思います。とはいえ、橋下市長、上記を読んだ上で、当方を「国家行政組織中心主義」とレッテル張りされておられるわけですが、そういう事をなさるという事態が生ずるには、基本的には、次の二つの可能性くらいしか考えられません。

(1)橋下市長に、上記日本語を理解する能力がない。
(2)自分自身を批判してきた藤井や中野に悪印象を世論に植え付け、藤井や中野そのものに対する世論からの信頼を失墜させ、藤井や中野の橋下市長に対する批判を無効化し、自らの世論における信頼・人気を確保するために、あえて上記の藤井の主張を無視して、「国家行政組織中心主義」と断定的に当方達をレッテル張りする(←社会心理学の認知的不協和理論に基づく解釈です。批判された時に、その批判を無効化する際に、頻繁に採用される、極めてオーソドックスな戦略です)。

さて、どちらでしょうか。。。?おそらく、早稲田大学政治経済学部のご出身であることを考えると、(1)は考えにくいですが。。。。無論、当方は、いずれなのかなんてつまらないことなぞ知りません(笑)。

※なお、当方が上記のような文章を用意周到に書いておいたのは、上記の様な(メチャクチャ事前想定可能な)橋下氏からの批判がなされた時に、以上の二つの可能性しか残さないようにするため、という意味もございました(笑)。もちろん、当方は、上記日本語を、日本国民全員の幸福を祈念するプラグマティズムの意識に基づいて本気でかいたものであって、自分自身の「権力欲や名誉欲」のために、「嫌々」かいたわけではありませんが(笑)

       ※ 以上、可能なら、適宜拡散ください!

同じ研究室の藤井聡教授と同じく、国家行政組織中心主義ですね。http://hiwihhi.com/t_ishin/status/196422591903313920


 上記の記事で藤井聡さんも、橋下のレッテル貼りによる批判について言及しているが、基本的には、橋下は中野剛志さんの批判に関してはレッテル貼りと、職業差別的発言以外の何も行っていない・・・

橋下徹大阪市長様のストレス発散 http://togetter.com/li/295144

↑こちらに、橋下の中野剛志さんと小林よしのりに対する一連の批判ツイートをまとめてあるが、これらを読めば、如何に彼が具体的な反論を全くしておらず、呼び捨てにされた事に対する怒りと、レッテル貼りと、職業差別以外の何もしていない事が容易に理解できる。

 レッテル貼りの例を軽く挙げるだけでも・・・

>霞が関の官僚で大学の准教授。最悪のタダ飯ぐらいルートだろ。

>まあ僕の嫌いな自称インテリ層の典型だ。

>こういう官僚こそが国賊だね。

>同じ研究室の藤井聡教授と同じく、国家行政組織中心主義ですね。


 他にも、前回紹介したように学者は無責任だとかなんだかんだ好き勝手な事を書きまくり、レッテル貼りのオンパレードなワケだが、なんと驚くべき事に、同時にこのような事も書いている。

>レッテル貼りで批判する一番楽な道を選ぶな。

>あとは改革の動きを全てひっくるめて新自由主義とレッテルをはり、とにかく新自由主義はダメだ、ダメだの連呼。


 どうやら橋下は、相手のレッテル貼りには敏感に反応できる程度には知的であっても、自分がレッテル貼りをしている事に気付けるほどには知的でなかったようである。ちなみに、一見同じに見えるレッテル貼りでも中野剛志さんは、その新自由主義者がどのように日本と世界に悪影響を与えたかについて非常に詳細な説明をしている。つまり、同じレッテル貼りのように見えても、中野剛志さんが行っている「彼は新自由主義者だ」と批判は非常に具体性を有しているのである。

 それから、他にどうしても気になってしまった点は・・・

中野剛志もしょうもない思い上がり識者だったか。残念だ。だいたい、年下のくせに面識のない俺を呼び捨てにすんじぇねえよ。

先に小林氏から呼び捨てにしてきました。 RT @k2guitar: 16歳年上の小林よしのり氏を呼び捨てにしておいてそれですか。RT @t_ishin: 若いしどんなもんだろと思ったんですが、年下のくせに呼び捨てにしてきたもんですから。また偉そうなこと偉そうなこと。

政治には小学生的な資質も必要。 RT @tikamatikama123: 小学生かよ… RT @t_ishin: 先に小林氏から呼び捨てにしてきました。 RT @k2guitar: 16歳年上の小林よしのり氏を呼び捨てにしておいてそれですか。RT @t_ishin: 若いしどんな

小学生ですから。こんなツールでお会いしたこともない方々と議論して何かを掴めるって時代ですね〜


 そうか、そうか、戦後の進歩的言論人たちの活躍故か、とうとう日本は
小学生でも人口数第2位の市の市長になれてしまうほどに、子供の権利が拡大していたのか・・・


 ちなみに、こんなバカバカしい論争について解説するのも嫌になるのだが、一応、少しだけこれらの一連の流れを追ってみると、一番初めに呼び捨てにしたのは橋下の方である。

中野剛志の主張は具体的である。TPPについて、そして経済政策について僕とは全く考えが異なりそうだ。僕は学者じゃないから知識論争をするつもりはない。

大きな方向性、考え方について、中野氏と討論したいものだ。なぜ僕がTPPにこだわるか、デフレ下でも競争にこだわるか、中野氏にぶつけてみたい。価値観、哲学が180度異なるであろう。しかし役立たずの学者連中と違って、同年代でもある氏との議論では建設的なものが生まれると感じている。
http://twilog.org/t_ishin/date-120219


一応、その後すぐに中野氏と呼び捨てではなくなっているが、例の記事を見ると中野剛志さんも一ヶ所「橋下市長」と呼んでいる箇所もあり、「一回呼び捨てにしたが、その後訂正した!!」という言い訳も通じないであろう。

 それにしても、呆れるのが、上記のツイートが2月のものであるのに対して、例の病気ツイートを連発したのは5月の上旬である。3ヶ月もしないうちに

しょうもない思い上がり識者で、最悪のタダ飯ぐらい


と言いきるまでに、評価が変わってしまっているという事実である。橋下はやたらに(自分から先に呼び捨てにしたにも関わらず)呼び捨てにされた事に対して憤慨しているようであるが、もし仮に、呼び捨てにされただけでその人物に対する見方が180°変化し、なおかつ、これほど汚い言葉で公の場で罵声を浴びせるのであるから、まあしょうもないのはどちらの方だよ?と皮肉の一つも言いたくなってしまう。

>病気ツイッターしてたら、家族みんなどっかに行っちゃって一人ぼっちになってしまったじゃないか。

 上記のように、病気であることは橋下本人も認めるところであるが、もうすでに日本は、病気に罹った小学生が、絶大な支持を得て人口数第2位の市の市長になれてしまうほどに政治が劣化してしまったのである・・・


 日本の問題を考える上で、「リケンガー!!」「非効率な構造がー!!」「マスコミがー!!」「民主党がー!!」「ユダヤ金融資本がー!!」「日銀がー!!」「財務省がー!!」とまあ、本当に色々な事が言われているが、これらの問題がどれもほんの些細なことに思えるほどに日本の政治は劣化してしまっているように思える。

 ちなみに、政権交代が声高に叫ばれ、お祭り騒ぎのような選挙で、選ばれ民主党の代表で元総理であった鳩山という男がいたが、彼も相当にクレイジーであった。小泉政権期に狂牛病が問題になった時に、彼が残したコメントはこうである
「狂牛病という言葉は問題だと思う。狂っているなんて言ったら牛が可哀想だ・・・」

!? (´゚д゚`)ポカーン


 さらに、こちらはネット上では非常に有名になった
「日本列島は日本人だけのものではない」
という発言だが、実はこの発言の真意は皆が思っているように
「日本に住む、外国人のものでもあるのだ」
というものではなかったらしい。後に、ある記者がこの発言の真意について尋ねた時に彼はこう言ったという・・・
「日本人だけのものではない。動物や植物たちのものでもあるのだ」

と・・・

ポポポポポ( ゚д゚)゚д゚)゚д゚)゚д゚)゚д゚)ポカーン

┐( ̄Д ̄;)┌????

(*・ω・*)ン?(*「・ω・)ン?ヽ(*・ω・*)ノ・・・ハテ ???

ヮヵラ冫ヽ(。・∀・。)ノ ヮヵラ冫(。ノ・∀・。)ノ  маシ〃┐(。・∀・。)┌ヮヵラ冫

ヾ(´゚ε゚`_) ァリェナィ~ (_´゚з゚`)シ ァリェナィ~ (´゚┰゚`*)ゞニャハ★


 そりゃあ、こんなキチガイをリーダーに選べば、どんなに真面目で優秀な民族の住む国家だって没落するし、20年も失われるだろう。


 最後に、中野剛志さんの懐かしい、かの名言をここでもう一度紹介したい。



「この国はもうダメなんですよ!!期待しろとか希望を持てとか言うけどダメな事を証明したじゃないか!!千年に1度の危機が起きたのに見捨てたじゃないか!!そうでしょ?いい加減日本を信じろなんてふざけた事を言うのを止めろよ!!財政とか細かい議論じゃないんだ!!そういう事だと思いませんか?相当ヤバいですよコレは・・・」

 先日、夕方のラジオ番組で、とあるコメンテーターが次期の総選挙についてこのような解説していた
「次の総選挙では、民主党も自民党もパッとしない中、橋下市長率いる大阪維新の会が確実に台風の目になります。世論調査の結果からすると、衆議院で最大で100程度の議席を獲得する可能性があると思います」
と・・・

 ちなみに、橋下は前回の記事で説明したように、

 東日本復興5ヶ年計画を含む
藤井聡さんの一連の国土計画に関して

>藤井教授の震災復興の著書が、現実の政治・行政を預かる僕の心に全く響かなかった

と、はっきりと述べている。さらに、第一次産業の多い東北の復興に絶望的な大打撃を与えるTPPを推進し、千年に1度の大災害を受け、東北地方全体が息も絶え絶えになっている状況で、自助・自立・努力そして競争の重要性を声高に説く。ハッキリ言って、このような言論から確実に理解できるメッセージの一つは、彼が東北を支援する必要性など全く感じていないという事実である。

維新八策は自助・自立・努力に重きを置く。自立こそが最大の公助。多くの個人が自立すれば、限られた財源の中で本当に助けなければならない人をしっかりと支えることができる。皆が支援をあてにすれば、公助など成り立たない。財政破綻する。ゆえに維新八策は国民の皆さんに総努力を求めるものである。

 この時期に打ち出してきた船中八策という政策は非常に象徴的である。今現在、最優先すべき国家的課題が東北の復興である事は明白である。これは、それが「如何に生産性の向上をもたらすか?」「国際競争力を高めるか?」などという問題とは次元の違う話である。藤井聡さんに倣い、国家を一つの家であるとみなすのであれば、東北の被災、および東北の本格的復興を放置している現状は、家族が瀕死の重傷を負っている状況で、応急処置のみをして本格的な治療を放置しているに等しい。

 いや、それだけならまだしも、現実はさらに悲惨である。今の状況を的確に例えるならこうであろう。今の状況は末弟が瀕死の重傷を負って苦しんで倒れている横で、末弟にはっきりとその会話の様子が確認出来る状況で、家族全員で、
「さて、本格的な治療の前に、まずは彼の治療費を捻出しなければ、彼の治療費の負担で子や孫にツケを残して苦しむようでは大問題なのだから・・・」
などという相談を延々1年以上も続け、さらには何を思ったか、突然キチガイじみた長男だか次男だかが、家のドアの真ん前でスピーカーの爆音で
「自助・自立・努力に重きを置く。自立こそが最大の公助。皆が支援をあてにすれば、公助など成り立たない。財政破綻する。ゆえに私は皆さんに総努力を求めるものである。 」
と大演説をぶちかまし、拍手喝さいを浴びているのである。

 これが、異常な光景と言わずになんというのか?想像するだけでも、あまりにもグロテスクなワンシーンではないか?しかし、これほど異常で、残酷で、グロテスクな状況、これが今の日本の現状であり、これほどの異常な事態に、何も感じない程の精神が麻痺してしまったのが現在の大多数の日本人の現実なのである・・・


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藤井聡VS橋下徹 論争について・・・A〜地方主権論のウソ〜

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 前回に引き続き橋下徹市長と、藤井聡さんの論争について解説していきたいのだが、今回は前回の記事の最後に予告したように、藤井聡さんの橋下のツイッターでの発言に対する反論を紹介したいと思う。

 繰り返しになってしまうが、まずは前回の記事(『藤井聡VS橋下徹 論争について・・・』http://achichiachi.seesaa.net/article/268974002.html)にも転載した橋下の藤井聡さんに対するツイッターでの書き込みから

同じく24日産経「正論」には愕然とした。藤井教授の震災復興で日本を強くするという趣旨の新書を読んでいたが、現実の政治・行政を預かる僕には、何も響かなかった。そして今回の正論。学者論評の典型だが、まず今の中央政府が機能しているという前提から入っている。現在の実態分析が何もない。

行政機構が機能するためには、決定権と責任がはっきりとしていること。そして仕事の役割分担がきちんとなされていること。これが全てである。そして今の中央政府は、これが全くなされていない。だから行政機構を作り直そうと僕は言っているのである。

藤井教授は、一から最適な政体を設計できる万能な人間などこの世にはいないという。確かに世の中に完璧な制度などない。しかし今よりも少しでも良いものを作ることに挑戦するのが政治である。学者は完璧な制度を研究するのが仕事なのであろう。

そして藤井教授は、僕の言うところの地方分権、中央政府の解体が、中央政府の不存在だと曲解している。地方分権とは、中央政府と地方政府の役割分担の明確化である。現在、仕事がオーバーフローして機能していない中央政府を、身軽にして機能するようにする。これが地方分権なのである。

藤井教授は行政機構をマネジメントしたことがない。ゆえに今の中央政府が機能不全に陥っていることが分からない。中央政府がやらなくてもいい仕事を中央政府がやっている。そのことが中央政府を弱くしているのである。

そして国の出先機関を地方に移管することに反対しているが、これは国交省官僚の主張そのものである。まだこんな論を張るのかと愕然とした。確かに今回の東日本大震災において地方整備局は大活躍した。しかし地方へ移管しても同じ機能を発揮させる仕組みを考えれば良いのである。

学者さんが陥るのは、問題提起された新しい制度についての批判点だけを挙げる。現実の政治・行政で重要なのは、現在の制度と新しい制度のどちらが良いのかという比較である。現在の制度の問題点の分析なのである。藤井教授は非常事態に備えて現在の地方整備局を維持せよと言われる。

ところが現在の地方整備局の仕組みで、非常事態ではなく平時において、どれだけの問題点があるのかの分析が全くない。非常事態においては現在の地方整備局の形が必要だ!という主張しかしていない。地方の首長が現実の行政を仕切るにあたって、国の出先機関との関係でどのような問題意識を持っているか

藤井教授の考えの根幹には中央と地方が相互に補完する関係を基調としている。現実の行政とはかけ離れた認識だ。これだけ複雑化した現代日本において行政の仕組みは複雑怪奇になり過ぎた。そして決定権と責任が全く分からなくなってしまった。非常事態が起きたときの行政機構の混乱ぶりは酷過ぎる。

今新しい国づくりとしてやらなければならないことは、国と地方、そして地方部においても広域行政と基礎自治行政の役割分担、決定権と責任の整理・明確化。これが急務である。日本の中央政府を強くするためにも国の仕事をはっきりとさせて決定権と責任を明確化させる。これしかない。

行政機構も現実の人間が動かしている。生身の人間ができることなど知れている。藤井教授は中央政府にとてつもない幻想を抱いているがそれは研究室での話しだろう。普通の人間が適切・的確に仕事ができるような行政機構に改める。国と地方の役割分担。これが地方分権である。

藤井教授は現在の体制で中央政府が強くなるとでも思っているのか?政治家を変える?もっと官僚組織を大きくする?組織が大きくなることと強くなることは全く別物。組織が強くなるということは大きさではない。機能することだ。

国の出先機関、特に地方整備局を地方移管しても非常時に対応できるような仕組みを探る。これが現実の政治・行政論である。藤井教授の震災復興の著書が、現実の政治・行政を預かる僕の心に全く響かなかったのは、藤井教授の政府の実態分析の弱さ、そして組織を動かした経験のないことに起因する。

http://togetter.com/li/288730


↑こちらの書き込みに対しての藤井聡さんの反論(というか反応)がコチラ(Face bookに書き込み)。

こりゃ全く、
『徳低き者は「図星」の批判に対しては頭に血が上ったまま立場を忘れて罵詈雑言を浴びせかけてしてしまうの図』
.....ということでほとんどギャグの世界ですが(笑)、折角なので、当方関連の顛末もあわせて、ご紹介します。

@産経の「正論」にて「正論」を(笑)公表
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120124/lcl12012403220001-n1.htm
Aツイッターにて「藤井教授は行政機構をマネジメントしたことがない」「学者論評の典型」等とご発言。
http://togetter.com/li/288730
B笑ってしまったので、ネット番組である発言をすると、そこを切り取ったこんな動画がネット上で流布。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm16949663

.....いやぁ、恥ずかしながら、当方もこの動画の編集を拝見してさらに笑ってしまいました(笑)。これでこの方が首相になったら、一国の首相を小馬鹿にしたことになってしまって当方の子供達に示しがつかなくなってしまいますから、そのためだけにも、この方には首相にはなっていただきたくないと、こっそり祈念しておきたいと思います。

(Cなお、念のため、真面目言論ヴァージョンとして、こんな論説↓も新聞等でその後公表しました 
http://trans.kuciv.kyoto-u.ac.jp/tba/index.php/b4/job/152-original.html


↓ちなみに、上の書き込みにある動画はこちら。非常に秀逸な動画編集を行っているので是非チェックしてみて欲しい。



「地方分権というのは大きな人気があります。道州制とか、これはねぇ・・・僕にとってはこんな感じに思えるんですよ。国家っていうのは家でしょ?もともと、だから一個の家やと思って、一つのご家庭ね。郊外に住んでらっしゃるお父さんや、お母さんの家庭やと思って。

 で、そん時に、地方の方っていうのが、子供や、息子さんやと思って、ほんでね、息子さんがこう言うてるワケです
「もうウゼェよ!!俺達ゃ俺らでやるんだぜ!!こんな家ブッ潰してやるんだ!!俺達ゃ出来るんだ!!俺達ゃチーム作ってやるんだぜ!!」
って、こう言うてるワケですよ。で、僕となりに住んでてね、客観的な学者として、
「いやいや、君らそんなに力あらへんし、お父さんにごっつぅ守られてますやん・・・」
と。
「そんなんやったら、自分らめちゃめちゃになりまっせ・・・」
って言うたら
「うるせぇよ!!オメ―は、俺の立場全然わかんねぇ!!俺は俺の立場でマネジメントしてんだよ!!オメ―は単なる学者で、象牙の塔でワケわかんねー事言ってんじゃねーよ!!」
とか言われるワケですよ
「いやいや、でも、だってそうですやん。だって・・・ねぇ?」
って他の人に言うたら
「何言ってるのよアナタ?!アナタ、この若い人カッコいいし、ちゃんとリーダーシップもある人だから、アナタ何も分かってないんだから、アナタなんてどっか行きなさいよ!!」
とか言われてるワケですよ。
「えー!!でも、自分ら皆不幸になるで?」
「うるさいわよ!!」
とかって言われてるワケですよ。
「し、死ぬで、もう・・・」
みたいな」


 改めて、書き起こしてみると「実に的確な指摘をしているなぁ」とw
時系列的には

@産経の「正論」にて「正論」を(笑)公表 2011年1月17日http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120124/lcl12012403220001-n1.htm

A橋下がツイッターにて「藤井教授は行政機構をマネジメントしたことがない」「学者論評の典型」等とご発言。http://togetter.com/li/288730  2011年1月24日

B笑ってしまったので、ネット番組である発言をする(『H24/02/13 【超人大陸】藤井聡【地方分権とは日本人総不幸化計画だ!】』http://www.nicovideo.jp/watch/sm16945737) 2011年2月13日

Cすると、そこを切り取ったこんな動画がネット上で流布。(『藤井聡センセイの「わかりやすい地方分権」』
http://www.nicovideo.jp/watch/sm16949663) 

といった感じである。

 一応、一つ一つ発言を対応させていくと・・・

その1


維新の会
 (「地方主権論」における)その「過激さ」は,橋下氏のブレーンを務める上山慶応大学教授の「大阪維新」という書籍からも伺える.

 詳細は本書をご覧頂くしか無いが,氏は「民主主義は市場原理の応用」と解説する.その上で,「日本における政治の課題は今や社会問題の解決,つまり教育・医療・福祉の充実が最大のテーマ」であるのだから,「ますます住民に近い自治体の役割が大きく」なる一方で中央政府は多くの問題を抱えて停滞している,だからこそ「今の日本の課題は,小泉流に言うと『中央政治をぶっ壊す』ことなのです」と断定する。


藤井聡教授
 国家っていうのは家でしょ?もともと、だから一個の家やと思って、で、そん時に、地方の方っていうのが、子供や、息子さんやと思って、ほんでね、息子さんがこう言うてるワケです
「もうウゼェよ!!俺達ゃ俺らでやるんだぜ!!こんな家ブッ潰してやるんだ!!俺達ゃ出来るんだ!!俺達ゃチーム作ってやるんだぜ!!」
って、こう言うてるワケですよ。


その2

藤井聡教授
僕となりに住んでてね、客観的な学者として、
「いやいや、君らそんなに力あらへんし、お父さんにごっつぅ守られてますやん・・・」
と。
「そんなんやったら、自分らめちゃめちゃになりまっせ・・・」
って言うたら

橋下市長
藤井教授は、一から最適な政体を設計できる万能な人間などこの世にはいないという。確かに世の中に完璧な制度などない。しかし今よりも少しでも良いものを作ることに挑戦するのが政治である。学者は完璧な制度を研究するのが仕事なのであろう。

藤井教授は行政機構をマネジメントしたことがない。ゆえに今の中央政府が機能不全に陥っていることが分からない。中央政府がやらなくてもいい仕事を中央政府がやっている。そのことが中央政府を弱くしているのである。

藤井教授の震災復興の著書が、現実の政治・行政を預かる僕の心に全く響かなかったのは、藤井教授の政府の実態分析の弱さ、そして組織を動かした経験のないことに起因する。

藤井聡教授
「うるせぇよ!!オメ―は、俺の立場全然わかんねぇ!!俺は俺の立場でマネジメントしてんだよ!!オメ―は単なる学者で、象牙の塔でワケわかんねー事言ってんじゃねーよ!!」
とか言われるワケですよ


その3

橋下市長
そして国の出先機関を地方に移管することに反対しているが、これは国交省官僚の主張そのものである。まだこんな論を張るのかと愕然とした。確かに今回の東日本大震災において地方整備局は大活躍した。しかし地方へ移管しても同じ機能を発揮させる仕組みを考えれば良いのである。

藤井教授は非常事態に備えて現在の地方整備局を維持せよと言われる。

ところが現在の地方整備局の仕組みで、非常事態ではなく平時において、どれだけの問題点があるのかの分析が全くない。地方の首長が現実の行政を仕切るにあたって、国の出先機関との関係でどのような問題意識を持っているか

藤井教授の考えの根幹には中央と地方が相互に補完する関係を基調としている。現実の行政とはかけ離れた認識だ。これだけ複雑化した現代日本において行政の仕組みは複雑怪奇になり過ぎた。そして決定権と責任が全く分からなくなってしまった。非常事態が起きたときの行政機構の混乱ぶりは酷過ぎる。

今新しい国づくりとしてやらなければならないことは、国と地方、そして地方部においても広域行政と基礎自治行政の役割分担、決定権と責任の整理・明確化。

藤井聡教授
「えー!!でも、自分ら皆不幸になるで?」
「うるさいわよ!!」
とかって言われてるワケですよ。
「(中央の災害対策能力をフルに活用しなければ)し、死ぬで、もう・・・」
みたいな


まあ、細かく個別に見ていくとこのような感じであろうか、しかし、上のツイッターの書き込みを見ていくだけでも橋下の主張は相当に支離滅裂である。

>確かに今回の東日本大震災において地方整備局は大活躍した。

>現在の地方整備局の仕組みで、非常事態ではなく平時において、どれだけの問題点があるのかの分析が全くない。


と書いているところから、おそらくは災害時にいける中央の役割は十分に認識した上で、平時の効率性追求の話をするのかとおもいきや・・・

>決定権と責任が全く分からなくなってしまった。非常事態が起きたときの行政機構の混乱ぶりは酷過ぎる。

 ここで、全く真逆の主張を始める・・・リンクで飛んで書き込み時間を確認すれば分かるが、なんとこの間わずか7分である。柴山啓太さんは中野剛志さんとの対談で、維新の会の政策案について
「しかし、それにしてももう少しそれぞれの政策案に整合性を持たせられないものかね?」
と言っていたが、まさにその通りである。あまりにも支離滅裂だし、ここまでくるとおそらくは自分が主張している内容の意味すら理解してないのではないかと思える。

>藤井教授の考えの根幹には中央と地方が相互に補完する関係を基調としている。現実の行政とはかけ離れた認識だ。

ここでは、中央と地方が相互に補完する関係は実現不能であるという趣旨(であると、少なくとも解釈可能な)発言をしているが

>普通の人間が適切・的確に仕事ができるような行政機構に改める。国と地方の役割分担。これが地方分権である。

直後にこうなるのである。「適切・的確に仕事ができるような国と地方の役割分担」と「中央と地方が相互に補完する関係」の違いとは何なのだ?もちろん、それぞれの言葉の概念をいじくりまわして、観念的にその違いを説明することは可能かもしれないが、少なくとも、この二つの違いを機能主義的な観点から明確に説明することは非常に困難なのではないか?少なくとも不勉強、不見識、かつ現実に行政にたずさわった経験が皆無である俺のような人間にはそのような芸当は到底不可能だ。

 そして、極めつけはこちら

>決定権と責任が全く分からなくなってしまった。非常事態が起きたときの行政機構の混乱ぶりは酷過ぎる。

有事における、意思決定の効率化、迅速化を図るための最も基本的な原則は、一か所に意思決定の権限を集中し、明確化すること。これに限る。逆に、最もやってはならないのは、それぞれに意思決定の機関(つまり権限)を分散させること、これは情報の連絡系統に混乱をきたす最悪の選択である。これは、当然であって、今回のような大災害が発生した時に、地方分権で、それぞれの地域がそれぞれの災害対応の意志決定を行っていれば、当然意思決定に遅れが発生し、なおかつ全ての地域が有機的に機能的にそれぞれの役割を果たすことは非常に困難である。

 藤井聡さんは災害時に広域連合が如何に機能しなかったかについて動画で説明をしているが、これも組織論的な観点からすれば当然の帰結なのである。

 つまり、橋下は地方分権や地方主権を説く上で、その政策にとって最も不都合である有事対応の例を取り上げることで、自ら議論を不利な方向へ導いている。しかし、このあたりも、その主張の支離滅裂さと同様に、結局のところ自分の主張にどのような意味があるのかを全く理解できていない事に起因するのではないか?

 このような事を色々と考えてみた時に、どうしても浮かび上がってくるのが例の

「政治家を志すっちゅうのは、権力欲、名誉欲の最高峰だよ。その後に、国民のため、お国のためがついてくる。自分の権力欲、名誉欲を達成する手段として、嫌々国民のため、お国のために奉仕しなければならないわけよ。....別に政治家を志す動機付けが権力欲、名誉欲でもいいじゃないか!....ウソをつけないヤツは政治家と弁護士になれないよ!嘘つきは政治家と弁護士のはじまりなのっ!」


という橋下の主張の問題なのである。彼の、それぞれの発言や書き込みを様々に総合して考えた時に、どうしても、俺は
「結局彼は、国家や地域がどうしたら良くなるのか?などと真剣に思い悩んだ事も無く、とりあえず、人気の出そうな、支持を得られそうな、そして、一見知的で先進的に見えそうな聞きさわりの良い改革案を適当に並べてみただけなのではないか?」

という結論に行きついてしまうのである・・・


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藤井聡VS橋下徹 論争について・・・

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 最近は「○○VS×× 論争について・・・」というタイトルが、シリーズ化してきてるような気がするwチャンネル桜では最近特に、「言論戦」「思想戦」という言葉を重要視しているが、正直この戦いは、ある程度理解できるようになれば、下手なドラマやバラエティー番組よりよっぽど面白いと思う。

 だから、まあこのシリーズは俺なりの解説というか、それぞれの論戦の注目すべきポイント(?)みたいなものについて、できるだけ分かり易く説明してみたい。

 そんなワケで今回取り上げたいのが京都大学教授の藤井聡さんと、相変わらず色々と注目を浴びている橋下市長との論戦。

 事の発端は、こちらの記事

京都大学大学院教授・藤井聡 中央集権語ること恐るべからず
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120124/lcl12012403220001-n2.htm


 ワリと、長い文章であるので内容を一言で説明してしまうと、「危機」の状況における中央集権、統治論理の重要性を説きつつ、現在大阪維新の会の掲げる地方主権、「中央をぶっ壊す!!」という政策理念の愚かしさについての解説している文章なのである。

↓そして、この記事に対しての橋下の反応はこちら(こちらも、かなり長いのだが、全文掲載させていただく事にする)

【橋下徹・大阪市長】藤井聡教授(京都大学大学院)に愕然!

同じく24日産経「正論」には愕然とした。藤井教授の震災復興で日本を強くするという趣旨の新書を読んでいたが、現実の政治・行政を預かる僕には、何も響かなかった。そして今回の正論。学者論評の典型だが、まず今の中央政府が機能しているという前提から入っている。現在の実態分析が何もない。

行政機構が機能するためには、決定権と責任がはっきりとしていること。そして仕事の役割分担がきちんとなされていること。これが全てである。そして今の中央政府は、これが全くなされていない。だから行政機構を作り直そうと僕は言っているのである。

藤井教授は、一から最適な政体を設計できる万能な人間などこの世にはいないという。確かに世の中に完璧な制度などない。しかし今よりも少しでも良いものを作ることに挑戦するのが政治である。学者は完璧な制度を研究するのが仕事なのであろう。

そして藤井教授は、僕の言うところの地方分権、中央政府の解体が、中央政府の不存在だと曲解している。地方分権とは、中央政府と地方政府の役割分担の明確化である。現在、仕事がオーバーフローして機能していない中央政府を、身軽にして機能するようにする。これが地方分権なのである。

藤井教授は行政機構をマネジメントしたことがない。ゆえに今の中央政府が機能不全に陥っていることが分からない。中央政府がやらなくてもいい仕事を中央政府がやっている。そのことが中央政府を弱くしているのである。

そして国の出先機関を地方に移管することに反対しているが、これは国交省官僚の主張そのものである。まだこんな論を張るのかと愕然とした。確かに今回の東日本大震災において地方整備局は大活躍した。しかし地方へ移管しても同じ機能を発揮させる仕組みを考えれば良いのである。

学者さんが陥るのは、問題提起された新しい制度についての批判点だけを挙げる。現実の政治・行政で重要なのは、現在の制度と新しい制度のどちらが良いのかという比較である。現在の制度の問題点の分析なのである。藤井教授は非常事態に備えて現在の地方整備局を維持せよと言われる。

ところが現在の地方整備局の仕組みで、非常事態ではなく平時において、どれだけの問題点があるのかの分析が全くない。非常事態においては現在の地方整備局の形が必要だ!という主張しかしていない。地方の首長が現実の行政を仕切るにあたって、国の出先機関との関係でどのような問題意識を持っているか

藤井教授の考えの根幹には中央と地方が相互に補完する関係を基調としている。現実の行政とはかけ離れた認識だ。これだけ複雑化した現代日本において行政の仕組みは複雑怪奇になり過ぎた。そして決定権と責任が全く分からなくなってしまった。非常事態が起きたときの行政機構の混乱ぶりは酷過ぎる。

今新しい国づくりとしてやらなければならないことは、国と地方、そして地方部においても広域行政と基礎自治行政の役割分担、決定権と責任の整理・明確化。これが急務である。日本の中央政府を強くするためにも国の仕事をはっきりとさせて決定権と責任を明確化させる。これしかない。

行政機構も現実の人間が動かしている。生身の人間ができることなど知れている。藤井教授は中央政府にとてつもない幻想を抱いているがそれは研究室での話しだろう。普通の人間が適切・的確に仕事ができるような行政機構に改める。国と地方の役割分担。これが地方分権である。

藤井教授は現在の体制で中央政府が強くなるとでも思っているのか?政治家を変える?もっと官僚組織を大きくする?組織が大きくなることと強くなることは全く別物。組織が強くなるということは大きさではない。機能することだ。

国の出先機関、特に地方整備局を地方移管しても非常時に対応できるような仕組みを探る。これが現実の政治・行政論である。藤井教授の震災復興の著書が、現実の政治・行政を預かる僕の心に全く響かなかったのは、藤井教授の政府の実態分析の弱さ、そして組織を動かした経験のないことに起因する。

http://togetter.com/li/288730


 あまりにも、ツッコミどころが満載過ぎて、どこから突っ込もうか迷ってしまうレベルなのだが、落ち着いて一つ一つ解説してみよう(藤井聡さん本人の反論は次回以降の記事に譲る事とする)。

 まず、始めに
>学者論評の典型だが、まず今の中央政府が機能しているという前提から入っている。現在の実態分析が何もない。
↑という論。藤井聡さんは下の動画にて、東日本大震災当時、如何に国土交通省(中央)の地方整備局が活躍したか、それが災害時にどれだけ大きな力を発揮するか、そして同時にそれらの機能は過度な地方分権を行った場合、まず機能し得ないであろうという事について、具体例を挙げつつ、詳細に解説している。



 それに対して、橋下氏は再編成された行政機構が具体的にどのように機能するかはおろか、現状の組織の具体的な問題点すら指摘できていない。

 彼が指摘する中央の組織の問題点を列挙すると

「機能していない」
「決定権と責任がはっきりしていない。仕事の役割分担が出来ていない」
「中央政府と地方政府の役割分担の明確化が出来ておらず、中央の仕事がオーバーフローしてしまっている」
「複雑化した現代日本において行政の仕組みは複雑怪奇になり過ぎ、責任と決定権が分からなくなってしまった」

以上である。さて、これらの指摘から、「具体的な中央組織の問題点が明確に理解出来た!!」と感じ取れた人間がどれだけ存在するだろうか?おそらくは皆無であろう。というより、これらの指摘から具体的な問題点を理解出来たとすれば、奇跡である。なにしろ、何一つ具体的な問題点に触れていないのであるから!!さらに、当然のことながら、問題点が理解できていないのであるから、中央の抱える問題を、地方分権を進めることで具体的にどのように解決するのかも説明できていない。上記の説明では何故地方分権を進めることで問題を解決できるのかに関しても理解が不能なのである。

 彼のやっていることは、ひたすら詭弁と、一見それらしく見える聴こえの良い言葉を並べ立てるだけなのであり、一切中身が存在しない。

「中央は機能不全である!!だから、今こそ権限を地方に移譲すべきである!!」
「地方に権限を委譲して、中央のスリム化を図り、機能的な中央の体制に変革すべきだ!!」

このように聞けば、何も事情を理解していない人間には非常にもっともらしく聞こえるであろう。しかし、上記のように、その主張を全て列挙するならば、具体的な問題の認識も、地方分権によって具体的にどのように行政が機能するのであるかの指摘も皆無。彼は、現実の実務経験を非常に重視しているようだが、ハッキリ言って、冷静に彼の発言を追ってみるのであれば、行政の実務に関する素人だろうが、政治に全く興味がない人間だろうが、「日本語が理解できる」人間であれば、すぐさま、「彼が言っていることは調子が良いけど具体的な事は何も説明出来てないな」という事が理解できるのである。

 次に、こちら
>確かに今回の東日本大震災において地方整備局は大活躍した。しかし地方へ移管しても同じ機能を発揮させる仕組みを考えれば良いのである。
↑こちらも一見正論のように見えるが、全くもって杜撰な指摘である。地方へ移管しても同じ機能を発揮させる仕組みを考えればいいのである。という事が正論であるなら、逆に、中央の権力が混乱しない仕組みを考えればいいのである。結局、これも地方分権という結論ありきで議論がスタートしているため、より根本的な「なぜ地方分権の方が中央集権より優れているのか?」という議論が欠落している。

↓そして、個人的には極めつけはこちら
>藤井教授は非常事態に備えて現在の地方整備局を維持せよと言われる。
ところが現在の地方整備局の仕組みで、非常事態ではなく平時において、どれだけの問題点があるのかの分析が全くない。

↑マジで勘弁してくれ・・・と言いたくなるような書き込みである。ちなみに、補足しておくと、橋下は藤井聡さんの本を読んでいるようであるから、10年以内に、平成関東大震災と西日本大震災が連続して発生する可能性が非常に高い。という事を認識した上でこの文章を書いているようなのである。

 全くもってその神経は理解不能である。10年以内にほぼ確実に、国家存亡の危機に関わる大災害が発生することがほぼ確実視されている現状で、呑気にも
「まあまあ、とりあえず、災害の話は置いといて、平時の行政の効率化の話をしましょうよ・・・借金問題とか、まあ色々あるじゃないですか・・・」
と主張しているのである。これを狂気の沙汰と言わずして何と言うのか・・・

 そして、さらに橋下は
>確かに今回の東日本大震災において地方整備局は大活躍した
という書き込みから分かるように、中央集権的な体制が災害時に大きな力を発揮することを認めているのである。つまり、彼は、10年以内に大災害が連発することが、ほぼ確実視されている状況で、すでに大きな実績を残し、さらに今後の災害においても大きな力を発揮できるであろう中央の地方整備局を解体し、もう一度その権限を地方に分散させた上で、同様の機能が発揮できるように再編成し直そうと主張しているのである(ちなみに、これが不可能であることは上の動画『H24/02/13 【超人大陸】藤井聡【地方分権とは日本人総不幸化計画だ!】』で藤井聡さんが具体的な例を挙げて詳細に解説している)。

 さて、ここで、この文章を読んでいる読者の方にお聞きしたい。今後、アナタが住んでいる地域で大災害が発生した時、アナタは、

1 それまでに様々な災害に対応し、経験とノウハウを豊富に持った、非常事態の対応を最大限に優先する組織である中央の地方整備局


と、

2 非常事態の場合のみらず、平時の効率性を尊重した、責任の所在もそれぞれ地方分権化さた、全く経験もノウハウの蓄積もない新しい災害対策組織


のどちらに頼りたいだろうか?答えは、あまりにも明白であるように思える・・・

 そもそも、今後10年以内に大災害の連続発生が予測される状況で、しっかりとした経験とノウハウを有した災害対策組織を解体して、全く新しい組織形態に生まれ変わらせよう!!という発想がなんとも理解し難い。

 10年以内に戦争が起る事が確実である状況で自衛隊を解体して、一から全く新しい軍隊を作ろうとするバカがどこにいるのか?そのような事態になれば、
「どれほど自衛隊が機能不全であっても、とにかく現在の自衛隊をベースに、国軍化するなり、法律や組織形態を改善するしかない。」
というのが、まともな大人の発想であろう。

 そして、最後にコチラ
>藤井教授の震災復興で日本を強くするという趣旨の新書を読んでいたが、現実の政治・行政を預かる僕には、何も響かなかった。

>藤井教授は行政機構をマネジメントしたことがない。ゆえに・・・

>藤井教授の震災復興の著書が、現実の政治・行政を預かる僕の心に全く響かなかったのは・・・


等々の指摘・・・上の文章中、もう何度書いてるか数え切れないくらいに、「現実の行政」という言葉を連呼し、「自分は現実の行政を知っている、藤井聡は研究室で籠ってワケの分からない研究しているだけで、現実を理解していない」という趣旨の発言を繰り返しているが、皆が知っているように、彼はほんの3年前までただのタレント弁護士であったのである・・・

 普通に考えて、例えばスポーツや武道などを3年ほど経験した人物が
「俺は、実践でバリバリ活躍している!!コーチや監督や評論家は、実践での現実を全く理解していない!!」
などと、言っていれば
「何をこんな素人に毛が生えたようなガキが粋がってんだ?」
と思うだろう。

 まして、政治や行政であれば、それに関わる人物が取り扱う分野は非常に多義に渡り、さらにはどれほど嫌がっても政局の問題にも関わらなければないない場面もあるであろうだろうし、仲間内での関係の調整、さらに有権者とのコミュニケーションと、まさに非常に複雑で多様な能力が求められる事は指摘するまでもない。

 そんな世界で、それまで全くの素人であり、「政治家は権力欲、名誉欲の最高峰だ」などと言っていた人物が、ほんの3年ばかり実務を経験しただけで、
「俺は現実の実務を良く理解している!!実務経験のない学者や官僚風情が俺様の政策に口出ししてんじゃねぇ!!」
などと威張り散らしているのだから、全くもって飽きれてしまう。ちなみに、橋下が
「現実の実務を知らないくせに口を出すな!!」
と何度も吠えている中野剛志さんは京都大学に出向する前に、通商産業省で14年間官僚としての実務経験をこなしている。
「政策の実現プロセスの困難さを理解していない!!」
等の指摘は、むしろ逆に中野剛志さんから橋下になされてもなんら不自然ではないのである・・・

 なんだか、今回は細かい上に、やたら理屈っぽい話になってしまったが、要は、橋下は何か賢そうな事を言っているようであるが、その中身は全くもって空っぽであり、現状に対する鋭い認識も、建設的で創造的な解決策も何一つ提案出来ていないという事さえ理解してもらえればと思う。

 次回以降は藤井聡さんの反論も引用した上で、より多様な観点からこの論争についての解説を行ってみたい。


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posted by TAKA at 03:05 | 神奈川 晴れ | Comment(3) | TrackBack(1) | その他